30日目 感謝と帰還⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
「それで、大変不快感極まりないあの世界の真実を知った翌日、俺たちはこの世界に来たんだよな」
「まぁ、僕たちの旅行日数も残り半分になっていたから、タイミングとしては丁度良かったんじゃないかな」
「確かにそうだな」
あの世界で色々あったからついつい頭から抜け落ちがちだが、俺とクロノスの旅行日数は30日間なんだよな。その半分をあの世界で過ごしていたなんて……今考えると、あの世界に長期滞在していたんだな。過ごしている間は、あっという間だったが。
感慨深げにそんなことを考えていると、別世界を決まった時の心境を思い出した。
「でも、いきなりお前が『別世界に行く』って行った時は本当に驚いたぞ」
「そうだったね。それに、律は自分が書いた小説に出てくるような【剣と魔法の世界】ってやつに行くかと想像していたね」
「……それは言うなよ」
良いじゃねぇかよ。あの世界も十分ファンタジー要素満載の世界だったが、別世界って聞いたら、つい想像して胸躍らせるだろうが。
色んな媒体の異世界ものを観てきた影響を実感して少しだけ不貞腐れていると、この世界に来る前に言われたことを思い出して小さく溜息をついた。
「まぁ、俺の憧れはお前から言われた『制約』によってあっけなく砕け散ったけどな。それに、お前はお前で部下達と一緒に用意周到に準備していたみたいだししな」
「そうだね。この世界で律が生きていく為にはどうしても必要だったから」
そのお陰で、次の世界では何不自由無く暮らすことが出来たんだけどな。本当、時の神様とその部下の皆様には感謝してもしきれない。
「ちなみに、どのくらいかかったんだ?」
「う~んとね、人間界の時間に換算すると、一晩で終わったかな」
「一晩!?」
一晩で、俺とクロノスの関係や設定あの家や家の中の諸々を用意したってことか!?
予想以上の準備期間の短さに啞然としてる俺に、クロノスはどこか自信に満ちた笑みを浮かべながら頷いた。
「そうだよ。僕、時の神様だからその力と部下達の力があれば造作も無いことだよ」
さすが時の神様とその部下の皆様。上司がチート級ならその部下もチート級なのだろうな。
そんなことを思っていると、俺はこの世界での設定について口にした。
「でも、俺とお前が親子関係っていうのは、なんかちょっと……変な感じだったな」
「そう? その割には、周りの人間に怪しまれないよう僕が言ったことに合わせてくれたじゃん」
「あれは、お前が『僕に合わせて』って言ったからそれに従っただけだ!」
それに、臨機応変に誰かに合わせるなんて、ブラック上司を持つ俺にとっては朝飯前なんだよ。
元の世界で培われた適応能力に小さく溜息をつくと、不意にクロノスの金髪碧眼に目がいった。
そう言えば……
「そう言えばお前、変装なんて出来たんだな」
「うん、部下から教わったから」
「そうだったんだな……教わったら出来たのかよ!?」
「うん、僕にとっては大したことじゃなかったけど」
「えぇっ……」
確かに、クロノスの変装は凄かったが……まさか、教えてもらっただけで出来たとは。さすが、時の神様。
クロノスの変装能力にしばらく驚いていると、俺はこの世界に来た頃のことを思い出した。
「しかし、この世界の住人達が、まさかあの偽設定を本当に全員知っていたのは本当に驚きだった。しかも、この世界に来てからお前が用意してくれた家に着くまで色んな人に声をかけられて……来た時は、本当に疲れた」
何せ、着いた途端に寝室にあった真新しいベッドにダイブしたんだからな。
「それで翌日、【疲れ】ってやつが出た律は家に一日中引き籠ったんだよね」
「『引き籠った』って言うな」
「えっ、事実じゃん」
「うっ、それはそうなんだが……」
もうちょっと言い方があっただろうが……って、人間のことをよく分かっていない神様に言っても無駄だな。
無遠慮な言い方をするショタ神様に小さく溜息をつくと、俺はこの世界に来てから訪れたクロノスの変化に改めて驚いた。
「でも、お前が俺に『料理を教えて欲しい』って言った時は本当に驚いた」
何せ、あの世界にいた頃はそんなことは一言も言ってなかったからな。
心の底から驚いた表情をする俺に対し、クロノスは不思議そうな顔をしながら可愛らしく小首を傾げた。
「そう? 部下から『人間は共存しないと生きていけないんです』って言われたから、それに従っただけなんだけどね。それに、あの世界にいた頃から、僕は人間が作る料理には興味があったよ」
「そう、だったんだな」
あの世界にいた頃から料理に興味を持っていたことに深く頷いていると、俺はあの世界でいつの間にか定着していた料理当番制を思い出した。
でも、クロノスに俺の知っている料理を教えた日から、クロノスが朝飯当番で俺が昼飯と晩飯当番ってルーティンが定着したんだよな。
とはいっても、最初の頃はクロノスの朝飯作りを俺が手伝っていたし、俺が昼飯と晩飯を作っている間は、クロノスは野菜を切ったり作った料理をテーブルに運んだりして手伝ってくれた。
今思えば、あの時だけは本当の親子みたいだった。
「それで、翌日はこの世界のスーパーに買い物に行ったんだよな」
「そうだったね。僕のオレンジジュースを買いに行ってもらう為に」
「本当だよな……」
まぁ、他にも買いたいものがあったから別に良かったんだが……あの時は、オレンジジュースの消費の速さとクロノスと部下の皆様が用意してくれた資金の多さに失神しそうになった。
その時のことを思い返して苦笑いを浮かべると、買い物に行った時の出来事を思い起こした。
「でもまぁ、あの時も色んな人に声をかけてもらったんだよな」
「そうだったの?」
「とはいっても、この世界に来た時に比べればそんなに多くなかったが」
今思えば、俺はこの日にこの世界の異常さを目の当たりにしたんだ。
他人様の迷惑を考えない言動だったり、その内容が一方的で偏ったものだったり……あぁ、思い出しただけでうんざりしてきた。
蘇ってきた会話の内容に思わず頭を抑えると、クロノスが再び俺のところにきて顔を覗き込んできた。
「律、どうしたの? 急に黙って」
心配そうに小首を傾げるクロノスを視界に捉えて軽く頭を横に振ると、顔を上げて苦虫を噛み潰したような微妙な表情をした。
「いや、ただ……あの日のことで思い出したことがあって」
「思い出したこと?」
「あぁ、俺はこの日にこの世界の理不尽さに初めて触れたなと」
「そうなんだ」
『あの、クレジットカードを使って支払いをしたいのですが?』
『申し訳ございません。当店では、現金のみ支払いになります』
『そう、なんですね。分かりました』
スーパーのレジに並んでいた時に何となく視界に映った店員さんとお客の会話で、俺はこの世界の異常さを感じた。
まぁ、その後に聞こえてきた女性の醜い井戸端会議が聞こえてきて、俺はクロノスに言われた外出先においての心得を己に課すことを改めて誓ったんだけどな。
「旅行18日目は、この世界の観光地を一緒に巡ったんだよな」
「うん、これも僕の提案で行くことになったんだけどね」
「うっ、そう言えばそうだったな……」
元の場所に戻ったクロノスの言葉に俺は痛いところを突かれたような顔をした。
このショタ神様は、人間のことがよく分からないって言っておきながら、人間のあれこれを何だかんだ知ってるんだよな。
まぁ、大方は部下達から聞いた話とドラマやアニメで得た知識なんだろうけども。
「でも、俺、この時ほど『あの世界の観光地の方がよっぽどマシだ』と思った日は無かったぞ」
「えっ、全部ポップアップで出来た観光地の方がマシなの? 『人間は、偽物より本物の方が何よりも尊ばれる』って聞いたことがあるんだけど」
「それはそうなんだが、その本物が見れるのは限られた人間っていうのはどうかと思う」
首を傾げているクロノスに対し、俺はこの日のことを思い返して苦い顔をした。
行く先々で色んな人に筋の通っていないいちゃもんをつけられて追い出されるし、挙句の果てには時司を拉致らされそうになるし……これなら、自分の理想を具現化している観光地の方がマシだと思うだろうが。
誰にも文句言われないし、自由に観光地を巡れるんだから。
小さく溜息をつく俺に、クロノスは徐にこの世界の観光地について口を開いた。
「そうなんだ。ちなみに、僕たちが訪れた神社は建てられて間もないものだったよ」
「そうなのか?」
あの世界で訪れた神社と同じ古き良き時代に建てられたような雰囲気がしたが。
神社やお城に行った時、『この建物は、古くからあるもので……』って会話が聞こえたから、てっきり古くから現存しているものかと思った。
「うん。それに、お城の中にあった【展示品】ってやつは全て偽物らしいよ」
「へぇ~、展示品が全て偽物っていうのも……まぁ、セキュリティーのことを考えてそういう対策を取ったと思えば」
それに、この世界はあの世界と違って観光客と余所者には厳しいからな。どうしても厳しくしたくなるんだろう。
あの世界の観光地で受けた仕打ちを思い出して乾いた笑い漏らす俺に、クロノスがあっさりと展示品の秘密を教えた。
「あぁ、それなら『あぁ言っておけば観光客は簡単に信じてくれるし、観光客相手に本物を見せたら汚される』って思って展示品を全て偽物にしたらしいよ」
「頼むから、さっきの俺の気持ちを返してくれ」
感心してた俺がバカじゃねぇかよ。
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