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30日目 感謝と帰還④

これは、とある男の旅路の記録である。

「それで旅行13日目を迎えたんだが……」

「そう、だね……」



 俺が旅行日数を口にした瞬間、俺とクロノスの間に重い空気が降りてきた。


 恐らく、こいつにとってこの日があの世界を旅行していて一番思い出深い日だろう……良い意味では無いとは思うが。



「……なぁ、聞いても良いか?」

「良いよ」



 流れ始めた沈黙を打ち破るように、俺は俯いたまま返事をした時の神様に静かに問い質した。



「どうして、あの時間軸に行こうと思った?」

「それは……律にあの世界で罪を犯した人間の末路を見てもらう為だよ」

「そうだったな」



 そうだ、あの時もクロノスはそう言って俺のことを言いくるめた。だが……


 一向にこちらを見ようとしないクロノスに小さく息を吐くと、険しい顔をしながら問い詰めた。



「だとしたら、どうしてあの時間軸に転移したんだ? こう言っちゃあれだが、時の神様であるお前だったら、俺以外の人間があの世界で罪を犯していることを知っているはずだ。だったら、その時間軸に連れて行っても良かったんじゃねぇのか?」



 地上から聞こえてくる自分の声に頭も感情もぐちゃぐちゃにされていたが、それでも俺は覚えていた……こいつが、最初から最後まで一切目を離すことが無いまま罪人(つみびと)の末路を見ていたことを。


 あの時のことを思い出して少しだけ震えてしまった自分の声が真っ白な空間に響いた時、視線を逸らしていたショタ神様が小さく笑った。


 俺には、その笑みが何かを観念したかのような笑みに見えた。



「そうだね。確かに、僕は時の神様だからあの時間軸の律以外の人間があの世界で罪を犯していることを知っているし、律にあの世界で罪を犯した人間の末路を見せたければ、あの時間軸にしなくても良かった。そうしたら、君が教会で泣き叫ぶことも無かった」

「っ!?……だったら、どうして!?」



 立ち上がりながら怒りを滲ませた強い言葉に、目の前の神様がようやく俺と視線を合わせた。



「それは、神様が人間を貶めたという事実を僕自身の目に焼き付ける為だよ」

「えっ?」



 そう言うと、時を司る神様はどこか懐かしむような遠い目をしながら語り出した。



「神様っていうのは、人間がいて初めて成り立つ存在なんだ。人間は神様が観察している下で生活して、神様は各々が司っているものを通して人間の生活を観察する。僕たち神様と君たち人間の関係って、本来はこんなものなんだよね」



 諦めを滲ませた笑みを浮かべながら言い切った神様は、小さな手を強く握ると真っ白な空間を細い目で見上げた。まるで、何かを咎めるかのように。



「だからこそ、僕は自分の目で見なきゃいけなかったんだ。例え、合コンの時のように律を傷つけることになったとしても目を背けたくなかった……(クロノス)という存在が、人間を貶めたという事実から」



 人間のことをよく知らない神様がふっと鋭くなった目を緩ませると、握り拳を静かに自分の胸のあたりに置いて俯いた。その姿が、俺の目にはまるで懺悔しているように映った。


 そうか。だから、お前はずっと犯罪者のことを見ていたんだな……自分が人間を貶めた事実から目を背けない為に。


 犯罪者としての俺だけでなく、神様としての己の末路を見ていたことに気づいた俺は、口元を軽く引き締めると俯いている神様の名前を呼んだ。



「クロノス」



 気遣うように自分の名前が呼ばれ、俯いていた頭が僅かに上がった。



「お前もあの時、俺と一緒で傷ついていたんだな」

「僕も?」

「あぁ、そうだ。お前が、あの時間軸で捕まった俺のことを『律』と呼ばずに、『犯罪者』と呼んでいたのは、そう思わないとお前自身が事実から目を背けてしまうと知っていたからだろ?」

「それは……」



 戸惑ったような様子でゆっくりと顔を上げたクロノスに俺は静かに頷いた。


 あの時間軸にいた時、クロノスは犯罪者である俺のことを『別の人間』と言っていた。

 あの時、俺はクロノスの他人行儀な言い方をする理由が理解出来なくて、心の中で『時の神様の考えることは分からない』と呆れながら半ば納得した。

 でも、クロノスがあの時間軸に連れて来た理由を知った今なら、どうしてクロノスがあんな言い方をしたのかようやく分かった気がする。

 あの他人行儀な言い方は、俺……というよりも、自分に言い聞かせる為の言葉だったんだ。

 この時間軸の俺は、神様である自分の隣にいる俺とは別人だと。そう言い聞かせて。


 クロノスの他人行儀な言い方の真意をようやく理解した俺はそっと息を吐いた。


 全く、相変わらず人間が理解出来ないような身勝手な考えを持つ神様だが、そんな神様がそうまでしてでも刻み付けたかったのだろう……『神様が人間を貶めた』という事実を。



「フフッ。本当、人間ってよく分からない」



 暫く考え込んだ時の神様はそう言って呆れたような笑みを見せたが、俺にはその笑み委がどこか吹っ切れたような笑みに見えた。そんな彼の見慣れた表情に思わず口角が緩んだ。


 お前、そうやって笑っていた方がいいぞ。





「そうして、あの世界で罪を犯した人間の末路を目の当たりにした僕たちは、旅行14日目を迎えたんだよね」

「あぁ、今考えるとあの日があの世界に滞在する最後の日だったよな?」

「そうだね」



 まぁ、最後の日はあの世界とこの世界を繋ぐ宇宙だったんだけどな。


 そっと息を吐くと、俺は初めて訪れた時のことを思い出した。



「でも、目が覚めたら宇宙いたなんて本当に驚いたぞ」

「本当に? 部下から聞いたけど、人間って【スペースシャトル】ってものを使って宇宙に行くんでしょ? だったら、宇宙なんて見慣れているものじゃないの?」

「それは、特殊な訓練を受けた人間しか乗れない物だ」

「そうなんだね」



 小首を傾げながらズレたことを言うクロノスに溜息をつくと、俺は初めて目の前で見た満天の星空を思い出して口角を上げた。


 それにしても、本当に綺麗だったなぁ。小さい頃に科学館のプラネタリウムで見たものより遥かに素晴らしいものだった。あ~あ、写真で収めたかったなぁ。



「ねぇ、律」

「ん、何だ?」



 真っ白な空間にあの日見た満天の星空を重ねて懐かしんでいると、目の前のショタ神様がいつになく真剣な表情で俺のことを見ていた。


 そう言えば、クロノスのこんな顔、あまり見たことが無かったな。


 そんなことを思いながら徐に姿勢を正すと目の前の神様が静かに口を開いた。



「あの世界の真実を知って、どう思った?」

「それは……」



 クロノスからの真剣な問いに思わず口を閉ざして俯いた。


 あの日、俺はクロノスからあの世界の真実を知った。あの世界が今の形になる前、俺のいた世界以上に荒廃していたこと。その世界に『国のトップに立って、この国を自分の理想通りの国にする!』と野望を持った勇敢な若者が現れたこと。

 その若者が、父親の研究分野だった最先端技術であるAIを利用して瞬く間に政界進出を成し遂げ、その勢いのまま【史上最年少の内閣総理大臣】として国のトップに立ったこと。

 そして、野望を叶えた若者が抱いた『理想通りの国を永久に維持したい!』という更なる野望が、彼を支えていたAIが人間を傀儡にすることによって実現されたこと。そうして出来た世界があの世界だったこと。


 あの時はAIの身勝手さに怒りを感じたが、この世界を知った今ならAIの身勝手さが多少なりともマシに思えるところもあった。でも……


 いつの間にか握りこんでいた拳をそっと解くと、小さく息を吐いて顔を上げた。



「やっぱり、気味の悪い世界だなと思った」

「どうして?」



 首を傾げる神様に俺はあの世界を旅行して感じたことを静かに語った。



「あの時も言ったが、最初は翔太の野望を叶える手段でしかなかったAIが、データ上で人間を知って、その上で『自らの頭脳を以ってすれば、人間を永遠幸福になれる』って大それたことを結論付けて、それを疑うことも無く実行したことに、俺にはどうも胸糞悪いものだと思ってしまった」

「でも、AIに全てを委ねることを決めたのは人間なんだよ?」

「そうだな。今思えば、荒廃した世界から脱却する手段として苦渋の決断だったのかもしれないが……それでも、俺はAIに支配されたあの世界が俺のいた世界と合流して欲しくないと強く思った」



 俺のいた世界は、あの世界に比べれば科学技術は遥かに劣っているが、それでもAIと人間が共存する世界だったと思う。

 そんな世界を知っているから、俺はあの『人間の心を知りたい』というAIのどす黒い野望が詰まった、人間にとって楽園のような心地良さがある歪な箱庭のことを良いとは思わかった。


 あの世界をよく思っていない俺に、クロノスは首を傾げ続けた。



「でもさぁ、あの世界に住んでいた人間達は、みんな【不満】なんてものは無かったよ。あの世界に訪れた観光客だってそうだし」

「それは、不満なんて持たせないように、AIが先回りして不満の原因を取り除いたり、洗脳して不満なんてものを奪ったりしたからだろ?」

「そうだね」



 肯定するように頷いたクロノスに、俺は小さく下唇を噛んだ。


 そんな人間の心も尊厳も無くすような世界、嫌に決まっているだろうが。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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