30日目 感謝と帰還③
これは、とある男の旅路の記録である。
「それは……」
驚いたといった顔で目を見開いたクロノスが、途端に気まずそうに俺から目を逸らした。
そう、目の前にいるショタ神様は、合コン翌日である旅行8日目に傷心の俺をハイキングに連れて行きそこで頭を下げて謝った。
謝罪の言葉はあまりにも身勝手で『お前は、俺に謝る気持ちがあるのか?』と人の感情をよく知らない神様に対して思わず怒りをぶつけようとした。
まぁ、そもそも人知を越えた存在である神様が人間である俺に対して頭を下げさせていること自体、恐れ多いことなのだが……
珍しく目を合わそうとしないクロノスに小さく微笑みかけると、8日目にクロノスが俺にしてくれたことをあげていった。
「お前、傷心の俺に珍しく気を遣って色々と準備してくれたじゃねぇか。写真を撮ることが大好きな俺の為に、ライフウォッチが管理している自然豊かな山に連れて行ってくれたり、ライフウォッチが使えない場所だからとレジャーシートやお弁当に飲み物まで用意してくれたりしてくれたじゃねぇか」
「それは、部下が『そうした方が良い』とアドバイスしてくれたから、僕はそれに従っただけで……」
視線を彷徨わせながら珍しく言い訳するショタ神様に更に笑みが零れた。
こいつ、部下のアドバイスに従っている時点で『俺の為にしました!』って白状しているのと同じだっていうのを気づいていないのか?
まぁ、本当は俺にライフウォッチに管理された場所を見せたかったのかもしれないが。
白状したことに本気で気づいていないクロノスに気づかれないように小さく溜息を零すと、俺は素直な気持ちをぶつけた。
「それでも、俺は嬉しかった。お前が俺のことを考えて色々と考えてくれたことが」
そして、俺のことを思って不器用ながらも頭を下げたことも。
ゆっくりと立ち上がって、未だに俺と目を合わせようとしないクロノスの前にしゃがむと、そっと彼の小さな両手を取った。
まるで、小さな子どもに言い聞かせるように優しく彼の手を握った。
「だから……あの時はありがとう、クロノス。お陰で、俺は今日まで『旅行を辞退したい』なんてことを思わず旅行をすることが出来た」
「律……」
優しく微笑んでいる俺とようやく目を合わせた相棒に、クリクリとした目を一瞬だけ見開くと安堵したような優しい笑みを浮かべた。
「そんなことがあった翌日、俺たちは小学校に体験入学に行ったんだよな」
何だか気恥ずかしくなった俺は、頭を掻きながら立ち上がって元の場所に戻ると再び胡坐をかいた。
そんな俺を見届けたクロノスは満足げな笑みを浮かべながら軽く頷いた。
「そうだね。律は元の世界では小学校に通っていたんだよね?」
「もちろん。何せ、俺のいた世界では学校に行くことが義務付けられていたからな」
「へぇ~、そうだったんだ」
「でも、まさかこの世界は小学校が観光地になっていたとは思いも寄らなかった」
そう言うと、あの世界の小学校で見聞きしたことを思い出した。
あの世界の小学校は、観光客向けの観光地になっていて、観光客は『生徒』と『先生』になってこの世界の授業を体験することが出来た。
その為、見た目は小学生、中身は大人という人間があの世界の授業を受けていた。
「しかも、授業内容はあの世界に好印象を持ってもらう為の洗脳っていうのは……最初聞いた時は恐怖で思わず体が震えたぞ」
「フフッ、でも、律の場合は僕の加護のお陰で洗脳から逃れることが出来たんだけどね」
「あぁ、激しい頭痛と自我が遠くに飛ばされたお陰で」
あと、あの世界の小学校に体験入学に行った途端、自分が小学生になった時は物凄く恥ずかしかったな。
けど、今思えばショタ化した自分がどことなく時司に似ていたんだよな。
「旅行10日目は工場見学に行ったよね」
「あぁ、旅行も3分の1を迎えてタイミングで、俺はあの工場見学でライフウォッチの具現化の仕組みを理解したんだよな」
そう口にすると、俺はライフウォッチを嵌めていた手首をそっと撫でた。
あの日、いつものホログラムに案内されてあの世界のレタス工場を訪れたんだよな。
工場内は見学スペース以外全て無菌状態で、レタスの育成から栽培まで全てAIと専用ドローンで賄われていた。
まぁ、工場内に人1人いない理由として『人間は未知の菌を持っているので』って言われた時は少し傷ついたな。
でも、工場の仕事が全てAIとドローンで賄われている様子には流石に胸躍らせたな……クロノスが本当の工場内部を見せてくれるまでは。
その後に見た光景を思い出した俺は思わず溜息をついた。
「まさか、ライフウォッチが具現化として使っているのが目に見えない原子とは」
「そうだったね」
笑顔で頷いたクロノスに、俺は徐に白い世界に覆われた空間に目を向けた。
そして、その原子を集めて装着者の要望通りの物を一瞬で具現化するんだよな。あの世界のAIって本当に有能だと思う。
「旅行11日目は、律があの世界の会社に行ってお仕事したよね」
悪気無く言ったクロノスの言葉に、思わず俺は項垂れながら大きく溜息をついた。
「本当だよ。最初聞いた時は『異世界に来て楽しい旅行をしているのに、どうして会社に行って仕事しなきゃいけなかったんだ』って思ったぞ……何だろう、今思い出しても気分が落ち込んできた」
「フフッ。でも、そのお陰であの世界のお仕事が知れて良かったんじゃないのかな?」
「まぁ、そうなんだが」
不貞腐れながら返事をする俺に時の神様は面白そうに笑った。
「それに……今だから話すが、俺はあの世界の会社で仕事をしている時、ずっと『この会社に入りたい』と本気で思っていた」
「へぇ~、それはどうして?」
笑うことを止めたクロノスが、俺のところに来ると興味深そうな目で俺の顔を覗き込んできた。
そんな好奇心旺盛な目から逃げるように目を逸らした俺は、大きく息を吐くと白状するようにあの世界の会社について話し始めた。
「それは、まぁ……あの会社に働いていた人達がとても気さくな人達で、分からないことも遠慮なく聞けるくらい風通しの良い職場環境だったから。特に、あの会社の上司が部下想いのとても良い人で『この人の下でなら働きたい!』って本気で思った」
何せ、俺が知っている上司は、部下に回ってきた自分の仕事を押し付けることと、部下をいびり散らすことと、目上の人間におべっかを使うことが自分の仕事だと本気で思っているどうしようものない上司だった。
それ故に、心が多少あの会社の上司に傾いても仕方ないだろうが。
そんなことを思いながら話した俺に対し、クロノスは感心したように頷きながら元いた場所に戻った。
「ふ~ん、それが自分の理想で出来た会社だとしても?」
「……まぁ、今となっては、あの世界の会社自体が観光客向けのアトラクションだって知ってるから、あの時ほど勤めたいって気持ちは無いんだけどな」
でも、あんな会社が元の世界であったら絶対転職する。
「旅行12日目は、どこにも行かずに一日中2人でゲームしたね」
楽しそうに話すクロノスに、俺は申し訳なさそうな顔をしながら謝罪した。
「あぁ、俺が久しぶりに仕事して疲れたお陰で一日ゲームすることになったんだよな。あの時は、気を遣わせてしまってごめん」
「ううん、良いよ。人間が神様に比べて脆いのは知っているから」
「あぁ、そうですか……」
邪気を感じさせない容赦のない言葉に少しだけ傷つくと、あの時のことを思い出して思わず口角が上がった。
「そう言えば、一日中ゲームしたのって学生時代以来だな。社会人になってからは、ゲームに費やす時間なんてめっきり減ったからな」
「そうなんだ。でも、モンスターを倒すゲームをする時に『このゲームは初めてだな』って言ってたのに難なくモンスターを倒してたじゃん」
「それは、あのゲームの過去のシリーズを俺が学生時代に遊んでいたから、その経験が活きただけであって、あのゲームをすること自体は初めてだったぞ」
「そうだったんだね」
「それに、クロノスだって2日目に比べれば遥かにゲームが上手くなっていたぞ。モンスターの急所を容赦なく攻めていたし」
「まぁ、神様には【睡眠】って概念が無いから、律が寝ている間に色んなゲームをやっていたのさ」
つまり、睡眠を必要としないから毎晩のように貫徹をしていたと……何だか、羨ましいな。
ショタ神様の桁外れの体質に深く溜息をつくと、ふとゲームをしていて分かったことがあったことを思い出した。
「でもまぁ、お前と一緒にゲームしたことで分かったこともあったな」
「何? あの世界には色んなゲームが溢れていること?」
「まぁ、それもそうなんだが……あの世界には【年齢制限】ってものが存在していないってことだ」
「どういうこと?」
首を傾げるクロノスに俺は元の世界にあった基準を教えた。
「俺のいた世界では、あの世界と同じように色んなゲームで溢れていたから、それを適切な年齢で楽しく安全に遊べるように年齢制限を設けているんだ。だから、お前のような見た目の人間は、その年齢制限に引っ掛かって本来はゾンビゲーやモンスターを倒すゲームは出来ないんだ」
「僕、神様だよ」
きょとんとした顔をしながら話を逸らそうとしているショタ神様に、俺は同意するように軽く頷いた。
「うん、それは知っているから。つまり、年齢制限があるお陰で子どもが遊べるものは限られるってことだ」
「そういうことね」
納得したように頷くクロノスに小さく溜息をついた。
まぁ、元の世界の年齢制限に『神様は例外』なんて文言は無かったと思う。
「だが、あの世界は人間の意思を尊重しているから、お前のような見た目の人間でも平気で遊べることに驚いたんだよ」
「ふ~ん、そうだったんだ」
それに、あの日は学生時代に戻ったかのように遊んでいたから、珍しく仕事の残業以外で夜遅くまで起きていたな。
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