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30日目 感謝と帰還②

これは、とある男の旅路の記録である。

「それで、旅行4日目にようやく旅行らしい旅行が出来たんだよね」

「あぁ、その前の3日間が色々ありすぎたからな」

「そうだね。警察ドローンに追いかけられたり、家に閉じこもったり、家の周辺を散策したりして、旅行らしい旅行をしていなかったから」

「それに関しては完全同意だ」



 そんなことを経て、あの世界に来て初めてのまともな旅行らしいをした4日目だったが……ここで俺は、この世界の末恐ろしさを目の当たりにしたんだよな。


 あの世界に来てから3日間のことを走馬灯のように思い出して小さく溜息をつくと、4日目で見聞きものに思わず眉間に皺を寄せた。



「神社・復元された城・大型テーマパーク……俺たちの案内役だったホログラムに案内されて行った場所は、どれもあの世界で人気の観光地だったが、全てがライフウォッチによって造られた精巧な虚像だったんだよな」

「そうだね。まぁ、あの世界の観光地って、全て訪れた観光客が見たいものを見せているだけなんだけど」

「そうだったな。それも、人間の五感すらもご都合主義にさせるくらいの高いクオリティものだったな。復元された城で出会ったバカップルの噛み合わない会話には、今でも戦慄を覚えるが」



『ねぇ、ここ最高じゃない!! さすが安土桃山時代に築城された豪華な城だとは思わない?』

『あぁ、確かにここは最高だね。江戸時代に築城された荘厳な城だと思うよ』



 今思い出しても思わず身震いを起こすな。あれで当人同士は会話が成り立っているんだって思っているだから、ライフウォッチって本当に人間にとって都合の良い万能機械だよな。


 ライフウォッチの有能さに改めて感心していると、クロノスが少しだけ呆れたような表情をした。



「でも、律が一番喜んでいたのはあの世界の車だったじゃん。神様の僕には、宙に浮く無機物にあんなにもはしゃぐ律が理解出来なかったよ」

「べっ、別に良いだろ!? 宙を浮かびながら走る車も空に浮かぶ道路だって、俺のいた世界には無かったんだ!」

「そう言えば、そうだったね」



 少し疲れたような顔をしながら俺から目を背けるクロノスに、思わず気恥ずかしくなった俺はクロノスから視線を逸らした。


 あの時は大人気なく騒いでしまったが、幼い頃に抱いていた夢が叶って純粋に嬉しかったんだ!


 心の中で言い訳していると、不意にクロノスが珍しく嬉しそうにしていた時のことを思い出し、反撃とばかりに意地悪な笑み浮かべながら視線を戻した。



「それに、おまえだってあの世界で初めてハンバーガー食べた時に、それなりに喜んでいたじゃねぇか」

「そうだったかな。神様には【感情】ってものがないから、よく分からなかったけど」



 そう言えば、そうでしたね。


 目の前にいる神様の自己申告に俺は反撃も出来ぬまま大きく溜息をつくしかなかった。





「それで、旅行5日目は『この世界について知りたい』という律の提案で図書館に行ったけど……結果的にAIに記憶を改竄(かいざん)されて終わったんだよね」



 あっさりと痛いところを言われた俺は、思わず苦い顔をしながら少しだけ後ずさった。



「うぐっ……しっ、仕方ねぇだろ! 本棚を流し見していたら、懐かしいラノベと再会しちゃったんだから、つい手に取って……って、お前だって俺の記憶を改竄されるのを分かっていて放置したじゃねぇかよ!」

「あれは、前も言ったけど『律の人格が変わらない』って確信していたから止めなかっただけだよ」



 そうだ、このショタ神様はそういうことを平然とやってのける神様だった。


 あっけらかんとしてるクロノスに衝動的に拳をお見舞いしそうになった俺は、作っていた握り拳をそっと後ろに回した。





「旅行6日目って確か……あぁ、俺が朝からベッドから転げ落ちて肩を痛めたから、クロノスの興味本位で病院に行ったんだよな」



 あの時は、我ながら情けないと思いながらもクロノスの提案に乗れなかったんだよな。

 だって、たかが肩を痛めた程度で病院に行くのは……何だか恥ずかしかったから。


 あの時のことを思い出して思わず気恥ずかしさがこみ上げてきた俺に対し、クロノスは感心したかのように何度か頷いた。



「そうだったね。本当、人間って脆いしよく分からないことをするよね」

「……でも、そのお陰でこの世界の医療技術の進歩を目の当たりにすることが出来たんだよな。しかも、診察室で診てくれたのがアンドロイドで驚いた」



 そう言うと、俺は治してもらった肩をそっと撫でた。


 患者が病院の門を通ったには、患者が装着しているライフウォッチを通して既に患者の症状が病院に伝わっていたし、診察室に入った時には既に病状にあったナノマシン入りの処方箋が用意されていたんだよな。

 お陰で、飲んだら直ぐに完治したんだよな。


 完治した肩からクロノスに視線を戻すと、クロノスがあの後に行った場所について話題に出した。



「そして、その後に僕が行きたかったゲーセンに行ったんだよね」

「そうだな。お前がゲーセンの存在を知っていたことにも吃驚したが……まさか、科学技術が発展した世界にもゲーセンがあったとは」

「まぁ、僕がゲーセンに興味を持ったのは前日に行った図書館で存在を知って興味が湧いたなんだけどね」

「そうだったな。でも、どうしてゲーセンが現存していたんだ?」



 科学技術が発展した世界なら、俺の知らないゲームなんていくらでもありそうな気がするが……


 首を傾げる俺に、時の神様が小さく微笑んだ。



「そう言えば、言ってなかったね。今だから言えるけど、あの世界にゲーセンがあったのは、AIが人間の趣味趣向を知る為に()()()残していたらしいよ。AI曰く、あの場所は人間にとっては【ストレス】ってものがかかるらしいから色んな感情が生まれるんだって」

「なるほど」



 『あえて残す』か。人間のことに興味津々のAIらしい実に胸糞悪い理由だな。


 思わず苦い顔をした俺はそっと息を吐いた。



「それにしても、律は、クレーンゲームの中に入っていたものを一発で取ってたね」

「あぁ、そうだったな。だが、お前だって別のクレーンゲームの景品を一発で取ってたじゃねぇか」



 2人してゲーセンのゲームに夢中なった結果、両手で抱えきれない程の景品を取ったんだよな。


 あの時のことを思い出して小さく笑みを零した。





「それで、旅行7日目は……」

「合コンに行ったんだ、よね……」

「あぁ、そうだったな……」



 そう言うと、俺とクロノスは互いに表情を無くしてそのまま目を逸らした。


 そう、この日は俺にとって忘れたくても忘れられない日になったと思う。良い意味でも、悪い意味でも。



「ねぇ、律」



 逸らしていたゆっくりと視線を戻すと、珍しく視線を彷徨わせたクロノスが俺と目を合わすこともの無く戸惑いがちに口を開いた。



「律は、その……あの世界の合コンに行って、良かった?」



 クロノスの言葉で思わず怒りが一気にこみ上げたが、利き手を強く握ると大きく息を吐いた。


 ここで『お前が言うな!』とこいつに怒りを向けることは簡単だ。だが……


 拳を作った手をそっと開くと、初めて見る不安そうな顔をしているクロノスに優しく微笑んだ。



「あぁ、行って良かったと思うぞ」

「ほん、とうに?」



 俺の言葉に目を見開いたクロノスが恐る恐る俺の方を見た。


 今日のお前、何だか表情豊かだな。俺の出会った時は、不安そうな顔をすることも驚くことも無かったのに。今日でお別れするからか?


 ショタ神様の百面相にそんなことを思いつつ、俺は表情を崩さないまま深く頷いた。



「あぁ、本当だ。まぁ、色々あったけどな……」

「……」



 『色々』という言葉に反応したクロノスが、酷く落ち込んだような顔で俯いた。そんな彼を視界に入れると、そっと目を閉じた。


 あぁ、色々あった。クロノスに乗せられていると分かっていても、俺はあの世界の合コンに興味を持って人知れず胸躍らせていた。

 最初は、あの世界の合コンを観察しようと壁の花に徹していた。だが、『綾』という素敵な女性との出会いで全てを狂わされた。

 俺にとって魅力的な女性だった綾は、こんな俺のことを好いてくれた。そんな彼女に、俺は何もかもを忘れてしまったんだ。

 クロノスと交わした約束も、自分が別世界から来た人間であることも。


 彼女と過ごした濃密な時間を思い出して小さく唇を噛み締めると、ゆっくりと目を開いた。



「でも、あの世界の合コンに行って良かったと思う。あの世界の合コンで、俺は人間同士の繫殖行為目的で行われていることも……俺のことを好きなってくれた人が、実は俺の理想を忠実に具現化したアンドロイドだってことも。その人が、俺との繫殖行為をする為に作れられて、この世界のアンドロイドは人間との繫殖行為が可能性であることも知ることが出来たから」

「律……」



 申し訳なさそうな顔で俺のことを見るクロノスに、俺は優しい笑みを浮かべ続けた。


 確かに、俺は子の一件で珍しく酷く傷ついたしクロノスに対して激しい怒りを感じた。

 全てを知った今でもこの件でショタ神様を許せるかと言われれば……正直、微妙だ。

 だって、彼はこのことを全て知りながら俺を合コンに行かせた。自分の興味を満たす為に、彼は無邪気に人間の心に深い傷をつけた。それは、例え神様相手でも決して許せないことだ。

 でも……



「お前、俺に頭下げて謝ってくれたじゃねぇか」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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