4日目 乗物と観光④
これは、とある男の旅路の記録である。
「クロノス、それは……」
今の今まで口を閉ざしていたショタ神様がホログラムに対して投げられた質問に、思わず口出してしまった。
ようやく口を開いたかと思えば……
俺の声に気づいたクロノスは、今度は俺の方に無表情な顔を向けてきた。
「何? 僕に言いたいことでもあるの?」
ホログラムへの質問を遮った俺を責めるわけでもなく、でもとげかトゲのある冷たい言い方をされ、ほんの少し顔だけ強張らせた。
「いや……ただ、神社を訪れてからずっと黙ってたから純粋に驚いただけだ。それで、ようやく口を開いたかと思えば、ここに祀られている神様のことだったからな。つい」
『ようやく口を開いたかと思えば、時の神様が他所の神様についてかよ』とは、さすがにホログラムがいる手前言えなかった。
でも、時の神様であるクロノスが、この世界で一体どんな神様が祀られているなんて知りたいと思うは当然と言えば当然か。
何せ、同業者みたいなものなのだから。
「そう。でも、ここで祀られている神様のことについては知らないよね?」
言われてみれば、拝殿に来るまでに境内のあらゆるところを見て回ったが、この神社に祀られている神様についてのパンプレットのようなものは置いてなかったし、看板も無かった。
それに、ホログラムもこの神社の案内をする際に『観光地として人気の神社』と言っただけで、何の神様が祀られているのか明言していない。
そもそも、神社というのは読んで字のごとく『神の社』だ。
つまり、この場所に祀られている神様のことはガイド役であるホログラムは知っているはずだ。
昔からある神社ならば尚更。ここまで見た限り、ここ最近立てられた神社でもなさそうだしな。
「確かにそうだな。それで、ここはどんな神様が祀られているだ?」
クロノスの言い分に納得してホログラムに目を向けると……営業スマイル全開の案内役が自信満々で答えてくれた。
「はい! ここは、多くの人々が崇め奉ってる神様が祀られております!」
……ん? 祀られている神様の説明にしては、やけに抽象的すぎないか?
「つまり、具体的にはどんな神様が祀られているだ? 例えば、学問の神様とか商売繫盛の神様とか……」
「はい! ここには、学問の神様や商売繫盛の神様が祀られていて……」
「それは俺が例えで言ったことだろ! だから、ここには一体どんな神様が祀られているんだって言って……」
パチン!
祀られている神様について聞きたいのに、同じような答えしか言わないホログラムに対して苛立ちがつのり、目くじらを立てながら問い詰めようとした時、指を鳴らす音が聞こえた。
その瞬間、俺の視界に映っている世界がモノクロになった。
「うわぁ! いきなり何だ!?」
目に映る景色の色が急変したことに驚いた俺は、慌ててその場から離れると、忙しなく周囲を見回した。
俺が並んでいた社務所や拝殿の行列が動いていない……ということは、この境内にいる人の全ての人の動きが止まったのか。
「でも、それだけじゃないな」
苦虫を噛み潰したよう顔で空を見ると、元気よく青空を飛んでいただろう可愛らしい小鳥の群れが虚空に留まっていて、先程まで俺の頬を優しく撫でていた風が吹いていなかった。
「つまり、この境内に流れているありとあらゆる時間が止まってるのか?」
と、言うことは……
異様な光景を作った人物に目を向けると、この光景を作り出した張本人は俺と同じようにモノクロに染まらず、いたずらっ子のような笑みで俺のことを見ていた。
俺、このショタ神様とは出会ってから4日しか経っていないが、無表情より今の表情の方がショタ神様に似合っていると思う。
「それで、どうして時を止めたんだ?」
この場の時間を止めたショタ神様に呆れ顔で近づくと、不貞腐れた顔をされた。
「だって、この世界の人間達に聞かれたらマズイことになるからだよ」
「マズイこと?」
「うん」
「それってもしかして、俺たちがこの世界を旅行していることに関係しているのか?」
「そうだね、大いにある」
ということは、昨日クロノスと一緒に行ったコンビニやスーパーで知った『この世界における等価交換』みたいに、この世界の仕組みに大きく関わることなのだろうか?
正直、あんな悪質な茶番劇は勘弁して欲しいのだが。
「だったら、昨日と同じようにすれば良いんじゃないのか?」
「昨日と同じようなことって……もしかして、僕がどうにかするってこと?」
「そうだな」
「まぁ、それでも良いんだけどさ……でも、神社じゃないと律が納得しないと思うから、わざわざ時を止めたんだ」
神社じゃないと俺が納得しない? どういうことだ?
「……分かった。それで、その聞かれたらマズイことって?」
「その前に、律はこの神社を訪れてどんな感想を抱いた?」
えっ、感想?
「唐突にどうしたんだよ?」
「良いから、律はどう思ったの?」
「そっ、そりゃあ……昔からある由緒ある神社だなと思った。そして、この世界にもまだ古き良きものを残す良心があったんだなと思った」
この神社を訪れて感じたことを口にすると、ショタ神様の口角がほんの少しだけ上がった。
「へぇ~、律にはそう見えたんだ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、別に。それよりも、どうしてあのホログラムは、神社に祀られている神様のことを知らなかったのかな?」
「それは……」
確かに、この世界のことなら何でも知っていそうなホログラムが、観光客に人気のある観光地の1つである神社に祀られている神様のことを知らなかったんだ?
問いに対する答えが思い浮かばず首を捻っていると、小さく笑う声が横を通った。
「フフッ、簡単だよ」
横を通った声を追って後ろを振り返ると、後ろ手に拝殿の方に歩いて行ったクロノスが、くるりと半回転して立ち止まり、神様とは思えない意地悪な笑みを浮かべた。
「だって、ここには祀られている神様なんていないからだよ」
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