29日目 決別と偏見④
これは、とある男の旅路の記録である。
「というより、いくら国のトップが噂を全面的に肯定したからって、国民もそんなしょうもないことは失笑で済まして聞き流せば良かったのに」
俺のいた世界で在任している首相が同じことを言ったら、国民からの失笑を買った上で、そのまま辞任の追い込まれると思うが。
未来の首相の頭の足りなさと国民の考えの足りなさに心底呆れながら言う俺に、クロノスも呆れたような顔をしながら答えた。
「それは、悪魔に対してだったからじゃないかな。彼らにとって、悪魔は未知の存在みたいだから」
「その悪魔の正体が高性能のAIだとしても?」
「どうやら、この世界では『人ならざる物』で『未知の存在』だったら、悪魔として定義づけられるみたいだよ」
何とも安直すぎる定義づけだな。
≪恭平があの世界に関する噂を全て事実と認めたことで、あの世界に関する噂は更に多くなった。それに伴って、この世界に住む人間達はある時代を重んじるようになったんだ≫
「ある時代?」
「そう。その時代っていうのが、律がいた時代……というより、律のいた時代より前の時代のことなんだ」
クロノスの言葉で、俺はこの世界に来て感じていたことが間違いで無かったことに内心溜息をついた。
薄々思っていたが……やっぱり、時代退行が起きていたんだ。
未来の世界とは思えない既視感の多さを思い出して少しだけ顔を俯かせると、意を決して目の前にいる神様に問いかけた。
「どうして、俺のいた時代より前の時代が重んじられるようになったんだ?」
「それは、恭平が噂を認めたからだよ」
「恭平が?」
あの頭の足りなさそうな人物が関係してくるんだ?
≪律のいた時代より前の時代は、正直言ってこの世界に比べて何もかもが劣っていた。特に、律のいた時代より前の時代は、インターネット自体がこの世界に比べて遥かに普及していなかった。それ知ったこの世界に住んでいる人間達は、インターネットやスマホが普及していない時代を深く重んじるようになったのさ。『悪魔はアナログに弱い』って噂も肯定されたし、この世界に住んでいる人間達曰く『あの時代が、人間にとって一番いい時代だった』らしいから≫
最後の言葉を聞いた俺は、啞然としていた表情をゆっくりと俯かせた。
「それで俺がいた時代より前の時代のことが重んじられるのは……正直、かなり複雑だな」
それでも、この世界がどうして時代退行しているのかは分かった。とても理解出来る理由では無かったが。
複雑な心境でいる俺をよそに、クロノスは俺が生きていた時代より前の時代を重んじたこの世界の住人達の生活の変容を語りだした。
≪この世界に住んでいる人間達が、律のいた時代より前の時代を重んじるようになってからはスマホやインターネットなどは瞬く間に衰退の一途を辿り、ガラケーや【固定電話】って呼ばれるものが急速に普及し始めた。
また、インターネットで行えた【手続き】って呼ばれるものは、噂が肯定されたことで紙を使っての手続きに変わった。それにより、衰退していた【FAX】って呼ばれるものや手紙も再び普及し始めたのさ≫
「まるで、俺の親父……というより、俺のじいちゃんが若い頃に過ごしていた時代に戻ったみたいだな」
「そうなの?」
「あぁ、俺のじいちゃんが俺と同じ歳の頃、『主な連絡手段はガラケーか固定電話で、仕事では主に紙を使って仕事していた』って聞いたことがある」
そう言えば、この世界のブラック企業で働いた時も文章作成以外でパソコンを使わなかった気がする。
何かを調べる時は資料室みたいなところに保管されているファイルから調べていたし、業務連絡はメールじゃなくて口頭やメモ書きで行われていた。
それに、パソコンで文書作成をしたものはわざわざ紙で出して上司に提出していた。
「ちなみに、噂を肯定したことで法律も変わったんだ」
「えっ!? たかが噂で!?」
そんな馬鹿馬鹿しい理由で変わるのか!?
元の世界では到底考えられない理由での法律改正に啞然としている俺にクロノスは小さく首を縦に振った。
「うん。色々あるんだけど……一番分かりやすいのは、【選挙権】ってやつが18歳以上から20歳以上になったことかな。何でも『悪魔は主に未成年者を狙うらしい』って噂が流れたらしいよ」
それを聞いて『悪魔はロリコンなのか?』と思ってしまった。まぁ、悪魔は人間であれば誰でも尊重する博愛主義者だからそんなわけは無いんだけどな。
「あと『未成年にこの国の決定を委ねるにはあまりにも未熟すぎる』って声が多かったらしいよ」
「悪魔関係無いな」
「そうだね」
≪律のいた時代より前の時代が重んじてから、この世界に住んでいる人間達は生活スタイルだけでなく考え方も変わった。何でも『あの時代の考え方が、一番人間らしい考え方だから』らしい≫
「なるほど。だから、俺はこの世界に住人達と何もかもが合わなかったんだな」
クロノスの言葉に納得しつつも、俺はある仮説と希望を立てた。
もしかすると、俺より俺の親父やじいちゃんの方がこの世界の住人達とまともに交流出来たのかもしれない。叶うことなら、連れて来たかったな。
「だとしたら、俺がスマホを使っているのは、この世界の住人達にとっては異様に取られただろうな。最悪の場合、『裏切者だ!!』って逮捕されていたかもしれない」
まぁ、結局は別の理由で逮捕されたんだけどな。
昨日見た凄惨な光景を思い出して気持ちが落ち込んだ俺に、クロノスは小さく溜息をつきながら軽く頷いた。
「そうだね。本当にこの世界に住んでいる人間だったら間違いないなく捕まっていたね」
「そうなのか!?」
「うん。だって、この世界に住んでいる人間でスマホを使っている人間なんて誰一人として存在しないから」
前にスマホのことで千尋さんと話したことがあるが……まさか、スマホ使っている人自体がいなくなっていたとは。
工場見学の時に言われた言葉と今言われたクロノスの言葉に啞然としつつ、俺はどうして拭えない疑問をぶつけた。
「だったら、どうして俺はあの時までお縄に頂戴されなかったんだ? 俺も一応、この世界に住んでいたのに」
「それは、あの世界における僕と律の立場が【余所者】だったからだよ」
「あっ!」
『【余所者】ですが、この人達は海外から我が国に長く住む人のことを言います。ここで言うなら、時司君や時司君のお父さんのような人のことですね。この人達は、我が国に対してとても親切な人達なので、仲良くなっても大丈夫ですよ!』
青空教室の時に大先生が言っていた、あの胸糞悪い差別用語のことか!
≪あの世界に関する噂が湯水のように出てきては瞬く間に広がる中で、国民達はこの世界に住んでいる人間達とあの世界に住んでいる人間達を区別するためのある言葉を作った≫
「それが、あの言葉ってわけか」
「そう」
肯定するように頷いたクロノスは再び小さく溜息を漏らすと静かに口を開いた。
≪最初は、この世界に住んでいる人間達のことは【地元民】、あの世界から来た者は【悪魔】と2つの区分しかなかった。でも、『この国から悪魔の住まう場所に行きたい奴がいるらしい』という噂が流れてから、【地元民】【悪魔】2つの区分から【地元民】【裏切者】【反逆者】の3つの区分へと変わった≫
「へぇ~、最初は2つしかなかったんだ。しかも、自分達を指す言葉も作っていたんだな」
青空教室に行った時は【地元民】って言葉は出てこなかったから。
「何でも、区別する言葉だから一応作ったみたいだよ」
「一応、ねぇ……」
この世界の住人達の偏った差別意識に思わず溜息が出た。
一応で差別用語を作るものなのか?……まぁ、だとしたら
「だとしたら、どうして【余所者】と【観光客】なんて言葉を作ったんだ? そもそも、悪魔だの何だのって、この世界に住む人間同士の問題だろ? だったら、日本以外から訪れた人を区別する必要なんて無いんじゃねぇのか?」
寧ろ、この下らなすぎる問題に海外から訪れた人達を巻き込まないで欲しい。バレたら、絶対に失笑を買うし汚点になるから。
「それはそうなんだけどね……」
珍しく苦笑いを浮かべるクロノスを見て、俺は目の前の神様が言わんとすることを何となく察した。
「まさか、また噂か?」
「違うよ」
「えっ?」
再び首を横に振るクロノスに、俺は収まっていた頭痛がまた来そうな予感がした。
≪3つの区分を作った後、ある人間が『俺は見た! 悪魔は、観光客に紛れてこの国に足を踏み入れているところを!』って言ったらしい。もちろん事実無根のただのでたらめだったんだけど、そのことを知った恭平は、国民に対してこう宣言したんだ。
『観光客には、【観光客専用カード】を持たせて、動きを制限しつつ、皆さん24時間いつでも把握出来るようにします!』と。
そうして、この世界に住んでいる人間達は、悪魔だけでなく【海外】と呼ばれる日本以外から来た人間達と自分達を区別するための言葉を作ったんだ≫
「それが、【余所者】と【観光客】ってわけか」
「そうだね」
聞いていて頭痛が来そうな理由に思わず呆れたような溜息をつくと、ふと2つの言葉を作ったと言っても過言ではない人間のことが気になった。
「でも、どうしてそんなでっち上げが生まれたんだ?」
「う~ん、それは僕もよく分からないんだけど……部下が言うには『何でも、日本以外から来た人間の言葉が理解出来なかったからでたらめなことを言った』らしいよ」
「ただの八つ当たりじゃねぇか!」
もはや、悪魔が関係ねぇ!
1人の人間の八つ当たりによりこの世界の住人達の嫌悪対象が拡大していることに額を抑えている俺をよそに、クロノスは2つの言葉の違いを教えた。
「でも、日本人の【余所者】と【観光客】に対しては少しだけ優遇されるらしいよ」
「少しだけかよ」
しかも、ちゃっかり差別しているし。
差別しないと気が済まない国民性であることに気づいた俺は、深く溜息をつきながら落としていた視線をそっと上げた。
「……ちなみに、そのでっち上げの事実確認は?」
「もちろんしてないよ」
「はぁ……」
呆れてものが言えなくなった俺は、再び深く溜息をついた。
この世界の首相様よ、頼むからバカは休み休み言ってくれ。これで諸外国に睨まれても何も言えなくなるから。
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