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29日目 決別と偏見③

これは、とある男の旅路の記録である。

≪突如として現れたショッキングピンクのドームに、この世界に住んでいる人間達は、激しく困惑したんだ。『あれは何だ!?』とか『未確認生物の襲来か!?』とかね≫



「まぁ、気持ちは分からなくも無い」

「そうなの? 人間って、不思議なことを考えるんだね」



 相変わらず人間の感情に疎い神様に、思わず小さく溜息をついた。


 見たことも聞いたことも無い巨大なドームがある日突然現れたんだ。そのドームの正体が『実はAIが作った建造物』なんて、AIを拒絶したこの世界の住人達が分かるはずもないから困惑しても仕方ないよな。



≪恭平と前者を選んだ長達も、突然出来たドームを見た時は困惑していたみたいだけど、ドームが出来た場所を特定した瞬間に『これが、AIに魂を売った人間の末路なんだ』って悟ったらしいよ≫



「へぇ~、ご都合主義で国民から『渡邊 翔太』という人間の存在を消した割には随分と察しが良いじゃねぇか」

「……律、彼らのことをどう思っているの?」

「えっ、お花畑理論で国民を騙して体よく国の舵取りをする偉い人達だと」



 それ以外に何があるっていうんだ?


 至って真面目に彼らの印象を言うと、時の神様が珍しく同情するような呆れた溜息を漏らした。



「あのさ、人間のことをよく分かっていない僕が言うのもなんだけど、少なくとも彼らはAIに洗脳される前の翔太以上に国と自分の保身を考えている人達だよ」

「……何か、俺がさっき言ったことより酷いこと言ってないか?」

「そうかな? まぁ、保身に関して言うなら、恭平は殊更考えていたらしいよ。何せ、『渡邊 翔太』という絶対的な舵取り役を引きずり降ろして得た地位なんだから、何が何でも国の舵取り役として翔太以上の功績をあげながら地位を維持しようと必死だったみたいだからね」

「うわぁ……」



 まるで、荒廃していた頃に跳梁跋扈していた権力者達みたいだな。


 恭平の総理大臣としての器の小ささに少しだけ引いていると、ふとAIを拒絶した彼らがどうやってドームの正体に辿り着いたのか気になった。



「なぁ、どうやってドームがAIによって作られたものだって分かったんだ?」

「簡単さ。ドームが出来た場所と【日本地図】って呼ばれるものを照らし合わせて、そこからドームがAIによって作られたものだって突き止めたらしいよ。この時の彼らは、何だかんだ言いながらもAIの有能さを認めていたからね」

「なるほど」



 確かに、他の長達と連携して情報収集をしながら日本地図と照らし合わせれば、すぐに分かることか。


 クロノスの説明で納得した俺は、そのまま恭平が国民に対してドームのことを何と説明したのか耳を傾けた。



≪突如として現れたドームがAIによって出来たものであると判明した翌日、恭平は長達が治めている土地に住んでいる国民に対してこう言った。


『皆さんもご存知かと思いますが、平和な我々の日常に突如として現れた謎のピンク色をした巨大なドーム。皆さんも大変驚かれたと思います。何せ、この国のトップにして皆さんと同じ一国民である私ですらも驚いたのですから。そこで、私はドームが発見されたその日のうちに勇敢な調査団をドーム内に派遣してドームの実態調査を行いました。その結果、思わぬ事実が発覚したのです! その事実というのは……あのドームが悪魔によって作られたということです! 随分前、我々は自らの手で悪魔の手先をこの国から排しました。ですが、それに対して悪魔はこの国に複数の住処を作ったのです。これは、大変遺憾なことです。しかし、今現在、悪魔やその手先が我が国に入ってきたという事実は確認されておりません。そこで、我が国では緊急措置として悪魔がドームから出ないよう超特殊な結界を張りました。この結界の詳細は悪魔に知られるわけにはいきませんので言えませんが、この結界で我々の平和な日常が取り戻しました! ですから皆さん、ご安心して下さい!』≫





「なぁ、結界ってやつは張られているのか?」

「いいや、全く」

「それじゃあ、調査団を派遣したっていうのは?」

「そんな事実は無いよ。AIを忌み嫌っている彼らがするわけない」



 まぁ、そんなことだろうと思ったよ。本当、国民を騙すのが上手いようで。


 あっけらかんとした表情で答えるクロノスに溜息をつくと、分かり切ったことを聞いた。



「それで国民は納得したわけ?」

「もちろん納得したよ。むしろ、『これで平和が守れる!』とか『もう二度と悪魔に合わずにすむんだな!』って喜んでいたらしい。特にドーム近くに住んでいる人間達は殊更喜んだらしいよ」

「随分とまぁ、お花畑な頭をされているようで」



 まぁ、あの世界のAIが人間に対して危害を加えることはよっぽどなことが無い限り無かったからな。

 というか、この頃からこの世界に住人達は真実だろうが噓だろうが何でも鵜吞みにしているんだな。



「でもね、それがきっかけであの世界に纏わる噂が流れるようになったんだ」

「噂?」



 首を傾げる俺に、小さく笑みを浮かべたクロノスが静かに語りだした。



≪恭平が国民の前で『ドームに結界を施した』と大々的に発表した後、国民の間であの世界に関する噂が流れるようになった。最初は『悪魔は私たち人間と同じ形に擬態しているらしい』。次に『悪魔は、結界の中でしか生きられないらしい』。そこから、『悪魔はスマホやインターネットを使って、我々人間の世界を観察しているらしい』とか『悪魔はアナログが弱点らしい』とか『悪魔は人間の歴史に興味がある』とか……あの世界に関しての無数の噂が流れるようになったのさ≫



「それも、僕たち神様でも把握出来ないくらいにね」

「そうなのか!?」

「うん。さすがの僕も【お手上げ】ってやつになるくらいには噂が流れていたよ」



 それはまぁ……お疲れ。


 少しだけ疲れたような笑みを浮かべながら両手を上げるクロノスに、唖然としながらも俺は心の中で深く同情した。


 それにしても、スマホやインターネット以外にも色んな噂が流れていたんだな。まぁ、思い当たる節はあるが。



「でも、所詮噂は噂だろ? そんな噓か真か分からないようなものなんて無視すればいいのに」

「うん、それは僕も律と同じ意見なんだけど……もし、その噂全てが国のトップによって【肯定】ってやつをしたらどうかな?」

「……はっ?」



 どういうことだ?



≪国民の間であの世界に関する噂が無数に流れていると知った恭平は、この事態を『国民からの信頼を得られる最大のチャンス』と捉え、国民に対してこう言ったんだ。


『今、皆様の間で流れている悪魔に関する噂は全て事実です! ですから、国民の皆様は噂は噂だと無視せず、全て真実として受け止めて下さい! また、噂に該当する人物を見つけましたら、その人物が悪魔の可能性がありますので、その人物に見つからないよう即刻警察に通報してください! これは、つい最近分かったことですが、悪魔は人間の武器に弱いです! ですので、国民の皆様は悪魔を見つけたら警察に通報! 即、通報です!! 大丈夫、悪魔を見分けられる皆様いれば、この国の平和は約束されたものです!』≫





「…………」

「律、大丈夫?」



 この世界の総理大臣の頭の足りなさを痛感した俺は、思わず頭を抱えながら蹲った。


 まさか、本当に『特定の噂に関しては全て肯定して下さい!』なんて愚かなことを本気で言う国のトップがいたとは。よりにもよって、それを言っているのが自国のトップだし。

 諸外国のトップに知られたら、失笑されながら冷たい目で見られること間違いないぞ。


 翔太……というより、国のトップだったら絶対に言わないであろうことを好感度目的で言ってしまった恭平に対して大きく溜息をつくと、ゆっくりと顔をあげて心配そうな顔で見下ろしているクロノスに力なく微笑みかけた。



「あぁ、大丈夫。未来の世界の国のトップの珍発言に少し……いや、かなり頭が痛くなっただけだ。心配してくれてありがとう」

「うん、それなら良いんだけど」

「それより確認だが、その頭の足りない国のトップはその噂を確かめたのか?」



 まぁ、あんな理由で噂を肯定したんだから、恐らく確かめていないだろうな。


 そんな予測を立てていた俺は、クロノスが首を小さく横に振ったことで改めて恭平の頭の足りなさを痛感した。



「いいや、『悪魔に関する噂なんて、わざわざ確認しなくても全て真実だろう。だったら、国民に不安になる前に国のトップである私が肯定すれば、国民は安心するだろうし噂を肯定した私に対して支持率も上がること間違いない!』って言って確認しなかったらしいよ」

「噂を肯定したこと対して、国民から言及されなかったのか?」



 俺のいた世界なら絶対に言及されそうなことだが。というか、噂を肯定した時点でその噂に根拠があるのか言われるはずだ。


 そんな俺に対して、クロノスは再び小さく首を振った。



「あったよ。『噂を肯定してくれてありがとう!』とか『悪魔に噂は全て真実で間違いないなかったんだ』ってものだったけど」

「……なぁ、クロノス。今からこの世界を滅ぼすか翔太と同じ野心を持った政治家として有能な人間を作ってこの世界に派遣してくれないか?」

「それは、僕一人では出来ないことだから」

「……ごめん、無茶言った」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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