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29日目 決別と偏見②

これは、とある男の旅路の記録である。

「……つまり、『最後の内閣総理大臣』という翔太の発言は、全てAIの洗脳によって齎された発言であったことにして、今まで翔太が行ってきたことが全てAIの指示で動いたことにすることによって、AIの傀儡に成り下がった翔太を『反逆者』というレッテルを貼って総理大臣の座から引きずり降ろしたと。そして、同時に新しい総理大臣を擁立することで、強引に『最後の内閣総理大臣』を無かったことにしたということだな?」

「そういうことだね」



 笑みを絶やさないクロノスからゆっくり目を逸らし、満天の星空に向かって大きく息を吐くと己の手で視界を遮った。


 まさか、そんな力技で無かったことにしたなんて……しかも、渡邊翔太という人間に反論の暇も与えないまま勝手に新しい総理大臣を擁立しているとは。



「ちなみにだが、翔太の後に就任したその『林 恭平』って人物は、翔太以上に政治家として優秀な人間だったのか?」

「いいや、彼は【官房長官】って地位だったみたいだけど、彼自身の政治家としての能力は翔太に比べたら遥かに劣ってたよ」



 だろうな、何せ彼には大きなバックがついていたからな。


 再び大きく息を吐くと視界を遮っていた手を外しながら元の姿勢に戻した。



「まぁ、翔太にはAIがいたからそう思われても仕方ないだろう」

「そうなんだね。彼が、官房長官になれたのも、翔太が彼のことを『最も使える駒』って思ったからみたいだよ」

「うわぁ……」



 その『林 恭平』って人、何だか気の毒に思えてきて……



「まぁ、その【林 恭平】って人間は、周りの人間に対して『自分は翔太の次に有能な人間だ』って言っていたみたいだし、彼が政治家になれたのは単に父親が大物政治家だったみたいだけなんだけどね」



 前言撤回。俺のいた世界にもいた普通の二世議員でした。恐らく、翔太が彼を官房長官に起用したのは、彼自身の能力より彼のお父さんの力が目的だったんだろう。


 翔太の政治家らしい思惑と、そうとは知らずに踊らされていた人物に盛大な溜息をついた。



「それで、そんな無茶苦茶な言い訳で国民が納得したのか?」

「うん、納得したよ」

「納得したのかよ!」



 あんな支離滅裂な言い訳のどこに納得出来る要素があったんだ!? 別世界から来た俺が聞いても徹頭徹尾理解出来なかったんだが!?


 啞然としている俺に、クロノスは溜息をつきながら2つの世界の成り立ちを改めて教えた。



「まぁ、あの世界のことについて話した時にも言ったけど、長達が選んだものは全て『住民投票』で決められたものだからね」

「確かにそうなのかもしれないが……それにしてはあまりにも強引すぎるんじゃないか?」



 納得以前に、長達の暴挙にブーイングの嵐が起こりそうだが。


 そんなことを思っていた俺だったが、クロノスの言葉でそれが杞憂であったと思い知らされた。



「そうなんだけど、前者を選んだ長達が治める場所に住む人間達は、長達の強引なやり方を称賛したらしいよ」

「称賛!? 一体どうして?」



 再び啞然としている俺に、クロノスはこの世界の国民感情を語りだした。



≪前者を選んだ長達が治める場所に住む人間達は、翔太の『最後の内閣総理大臣発言』と『AIと協力して国を治めていた』という事実に【怒り】ってものを感じたんだ。

 もちろん、後者を選んだ長達が治めている場所に住んでいる人間達も、翔太の発言に怒りを感じたけど、彼の今までの手腕とそれが自分達の住んでいる土地にも齎されるという事実に納得して【喜び】というものを感じていたんだ≫



「へぇ~、やっぱり後者の方も翔太の発言には怒っていたんだな」



 てっきりすんなりと納得するかと思ったが、最初は怒っていたんだな。



「そうだね。彼らも前者の方と同じ人間だったってことだよ」

「確かにそうだな」



≪でも、前者の方はそうではなかった。彼らは『人ならざる物が、国の舵取りをしていた』という事実に怒っていたんだ。それと同時に、翔太に対して【憤り】ってものを感じていた。

『今まで信じていたのに!』とか『たかがAIに人間の魂を売りやがって!』とかね≫



「うわぁ、清々しい手のひら返し」

「まぁねぇ。僕も『今までAIによって平和な日常が送れたのにどうして?』って思ったから」



 でも、前者の人達が翔太に対して憤る気持ちは分からなくも無い。

 何せ、彼は国民から厚い信頼があったから。そんな人物だからこそ『実は、AIの傀儡でした』という事実を聞いて、前者の人達は後者の人達以上に『裏切られた』という気持ちが大きかったのかもしれない。



≪だからこそ、翔太の退任と新しい総理大臣を擁立は、前者を選んだ人間達にとって朗報であり歓迎すべき事実だった≫



「彼らは、悪魔に飼われた傀儡がこの国のトップという座から立ち去って欲しかったのさ」





「そんなことをしたって、翔太がこの国の総理大臣だったという事実は消えないのに」



 だって、彼は荒廃した国を立て直したという偉大な功績を成し遂げた人物だったんだから。例え、それが全てAIによって齎された功績であったとしても。



「そうだね。だから、前者を選んだ長達は抹消したんだよ……渡邊 翔太という存在自体を」

「えっ?」



 啞然とする俺に、クロノスは優しく微笑みながら語りだした。



≪『林 恭平』という新しい総理大臣を擁立した後、恭平と前者を選んだ長達は話し合った。そして数日後、恭平は、長達が収めている土地の住人達に対してこう言ったんだ。


『「渡邊 翔太」という悪魔の手先は、私「林 恭平」が国の舵取り役が担うことで姿を消した。しかし、悪魔の手先が我が国の為に尽力したという事実は消えない。だが、ここにいる知事達が随分と前に悪魔の手先から自身の弱点を教えてもらったという。その弱点とは、「自分の功績が誰かに取られる」ということだった。だから、「渡邊 翔太」という悪魔の手先を我が国から完全に追い払うために、彼が今まで行ったことは全て私「林 恭平」がしたということにする。我が国の輝かしい事実を捻じ曲げてしまうことは、国の舵取りとして非常に心苦しい決断ではあるが、これでこれからの国民の平和が守られるのならば、私は自らの手を汚してでもこの決断を下す!』≫





「……要は、国民に対して『翔太の功績は、全て自分のものにします!』って、堂々と事実の捻じ曲げを宣言したってことか?」

「そういうこと」



 優しい笑みを浮かび続けているクロノスから再び目を逸らすと、天を仰いで大きく息を吐いた。


 国民に対して堂々の事実捻じ曲げ宣言。おまけに、事実無根なことまで言っている。父親さえも駒としか思っていない冷酷なやつの弱点が『功績の横取り』のはずがないだろうが。


 再び大きく息を吐くと、姿勢に戻して呆れたように聞いた。



「それで、そんな無茶苦茶な理由で国民は納得したのか?」

「うん。それはもう『喜んで』ってやつだよ」



 未来の世界の国民、思った以上にチョロすぎないか?



≪翔太の功績が全て新しい総理大臣の功績にすると宣言した後、翔太に関するありとあらゆる情報が瞬く間に葬り去られ、同時に翔太の功績が恭平の功績として住民達の間で崇め奉られるようになった≫



「どんだけAIや翔太に対して恨みを持っているんだよ」



 やり方が粗雑すぎて呆れてものが言えない。



「それだけ、彼らの中から『AIに国の舵取り役をしていた』って事実を消し去りたかったんじゃないのかな」



 そんなご都合主義でどうにかなるんだったら、翔太が政治家を目指すことも日本が荒廃することも無かったんじゃねぇのか。


 そんな馬鹿馬鹿しいことを思っていると、クロノスが星空を見ながら小さく呟いた。




「彼らは欲しかったんじゃないのかな。【建前】ってやつを」

「建前、ねぇ……」



 そんな嘘で塗り固められた建前で、翔太の事実が消えることも無いんだけどな。





「ちなみに、あの世界では……って、そもそも歴史自体が見れないんだった」



 あの世界の図書館に行った時、高度な洗脳が施されたお陰で、結局は見ることが叶わなかったらしいから。よく覚えていないが。



「あの世界なら、この世界と比べて事実を捻じ曲げるってことはしていないみたいだよ」

「ただ、人間達には見せないんだよな」

「そうだね」



≪そうして、捻じ曲げられた事実が周辺の事実として広まり、『渡邊 翔太』という人間の存在が人間達の間から完全に抹消されたある日、1つの国に奇妙なものが複数現れたんだ≫



「それって、もしかして……」

「そう」



 笑みを深めたクロノスが日本列島の真上まで歩いていくと、つま先でトントンと軽く叩いた。



「AIによって支配された世界が登場したのさ」





≪後者を選んだ長達が治めて土地に住む人間達を傀儡にしたAIは人間達の心を引き出し、なおかつライフウォッチの具現化をより迅速にして正確に行わせるため、人間達の本能を刺激するとされている【ショッキングピンク】って呼ばれる色で土地ごと覆い、その中にライフウォッチの具現化に適した原子を解き放った≫



「えぇ、あの世界の空の色がショッキングピンクな理由って、そんな理由だったのか!?」

「そうみたいだけど……律、あの空を見て本能が刺激された?」

「確かに刺激されたな。『不快』という感情が」



 あと、『不気味』って感情も刺激された。



「そうなんだ。AIは『繫殖行為を誘発するのに適している色』ってことであの色にしたみたいだよ。でも、あれを見た人間達が『不愉快だ』って声が多かったから、偽りの空を見せることになったらしいよ」

「だろうな」



 あんな不気味な空の色で本能が刺激されてたまるか。人間の本能、なめんな。



「あと、あの世界がドーム型の理由って具現化に必要な原子を解き放つ為でもあったんだな」

「そうだね。この世界にある原子でも十分具現化出来るらしいんだけど、より適した原子をAIが作ったから、それが外に漏れない為にもドーム型で土地ごと囲ったらしいよ」

「そう、なんだな……」



 あと、あの世界のAI、オリジナルの原子を作ったのか!? あの世界のAIの高性能さに久しぶりに恐怖を覚えた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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