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29日目 決別と偏見①

これは、とある男の旅路の記録である。

「うっ、ううっ……」

「あっ、起きたね。律」

「クロ……ノス……?」

「うん、僕だよ」



 意識が浮上し始めると同時に聞こえたショタ神様の声に、眠気眼のまま声をした方に顔を向けると、そこには何時ぞや見た満天の星空の中、胡坐を掻きながら穏やかな笑みを浮かべている金髪碧眼の美少年がいた。


 そう言えば、俺どうして寝ているんだ? 

 確か、突然別の時間軸に転移されて、そこで俺は公開私刑を目の当たりにし、その後はその時間軸のクロノスが何かをした途端、神様の加護で見えていないはずの俺たちが地上にいた人達に見えて……



「はっ! クロノス! あの人達はどうした!?」



 地上にいた人達に対して物騒なこと言いながら無い下卑た笑みを浮かべていた思い出した俺は、慌てて体を起こして隣にいる神様を睨み付けると、隣の神様は小さく溜息をつきながら下を指した。



「ほら、見てみなよ」

「えっ?」



 呆気にとられながら恐る恐る下を見ると、そこには緑とショッキングピンクに彩られた日本列島があった。


 良かった、どうやら無事みたいだな。


 力が抜けたかのように肩を降ろす俺に、クロノスは呆れたように神様としての矜持を教えた。



「時の神様である僕が本気で人間を滅ぼそうなんてするわけない。人間ありきに神様なのに」

「それじゃあ……」

「うん、あの時間軸にいた人間達は、誰一人亡き者にしていないよ」



 見慣れてしまった柔和な笑みに再び安堵した俺は、その場で胡坐を掻くと大きく溜息をついた。



「そうか……あの時のお前、今まで俺が見たことも無い表情をしていたから本気で心配したんだぞ」



 願わくば、二度と見たくもない悪魔のような表情だった。うっ、思い出しただけでも寒気が……


 あの時間軸にいた人達に向けた笑みを思い出して顔を強張らせながら体をさする俺を見て、クロノスは困ったような笑みを浮かべた。



「どうやら、本当に律を誤解させたみたいだね。ごめんね、律」



 人間のことに関してはポンコツな時の神様の謝罪に、少しだけ目を見開いた俺は小さく笑みを零して軽く頷いた。



「クロノス」

「何?」

「本当に誰一人亡き者にしていないんだな?」

「うん、本当だよ」

「それなら、良かった」



 いつものような笑みを浮かべるクロノスに大きく息を吐くと、目の前に広がる満点の星空を眺めた。


 お前が、旅行目的以外でこの世界に対して神の力を使わずに済んで。



「というか、ここって宇宙、だよな?」

「そうだね」



 いつもの調子で肯定するクロノスに思わず強張らせた。


 そして、俺に対して相変わらず突拍子もないことをすることも。





「えぇっ!? またかよ!?」



 目に映る無数の星空を前に今更恐れおののくと、隣から大きな溜息が聞こえてきた。



「全く、これが初めてじゃないんだから、いい加減なれ……」

「慣れるわけがないだろうが!」



 目が覚めたら本物の宇宙にいるなんてことに慣れろというのが無茶なんだ!


 無理難題を押し付ける神様に怒りを露わにすると、大きく溜息をついたクロノスがゆっくりと立ち上がるとあてもなく歩き始めた。



「まぁ、人間の律が言うなら恐らくそうなんだろうね」



 『恐らく』じゃないんだけどな。


 吞気な顔をしながら肯定するクロノスに肩を落とすと、あてもなく歩いていたクロノスの足がとある場所で止まった。



「でもまぁ」



 日本列島を間に挟んで俺の真正面に立ったクロノスは揺るがない事実を口にした。



「ここで話すのも、()()()()()なんだけどね」

「それって……」



 二の句が継げずにいる俺に、時の神様は優しく微笑んだ。



「律、前にここで話したこと、覚えている?」





「あぁ、もちろん」



 あの世界で旅行をしていた頃……今思えば、それがあの世界で旅行する最後の時だった。

 唐突に宇宙に連れて来られた俺は、初めて歪な色をした日本列島を見て酷く驚いた。

 そして、俺はこの場所でクロノスからあの世界の真実について教えてもらったんだ。


 あの世界が出来る前の日本が荒廃していたこと。そんな日本を憂いて立ち上がった人間がいたこと。その人間がAIと共に日本を変革していったこと。そして……その人間に協力していたAIが野望を持ってしまったこと。その結果、日本に2つの世界が出来てしまったことを。


 深く頷いた俺を見て安心したような笑みを浮かべたクロノスが静かに口を開いた。



「良かった。それじゃあ、始めようか」

「始めるって何を?」

「それはもちろん」



 満足げな笑みを深めた神様は語り出した。



「僕たちが旅行した、()()()()()()()()()()()さ」





≪『日本国最後の内閣総理大臣』と名乗った渡邊 翔太……もとい、彼を傀儡としたAIから齎された提案。『AIを借りずに今まで通り自分達の手で地方を治めるか』それとも『AIに地方自治の全権を委ねるか』≫



「さて、ここで律に問題です」

「なっ、何だよ。突然」



 自信あり気な笑みを浮かべながら人差し指を立てたクロノスに少しだけ困惑すると、目の前の神様はそんな俺を宥めすかすような仕草をみせた。



「まぁまぁそう言わずに……今、僕たちが旅行をしているのは、前者と後者、どちらかな?」

「それはもちろん、前者だろうが」

「正解。ちゃんと分かってて安心したよ」

「だから、『分かってる』って言っただろうが!」



 何と失礼な神様なのだろうか。


 俺の言葉を信用していなかったらしい神様に対して少しだけ不貞腐れていると、目の前がクスクスと笑い出した。



「フフッ、こういうの、一度やってみたかったんだ」

「お前なぁ……」



 人間界に来てから、変なことを覚えたんじゃないのか? 出会って間もない頃は、もうちょっとお淑やか……でもなかったか。


 そんなことを思っている俺に、時の神様はこの世界の成り立ちについて続きを語り始めた。



≪前者の提案に選んだ長達に対し、翔太と後者を選んだ長達は必死で説得した。『どうして賛同してくれないんだ!?』とか『今の平和があるのは間違いなく渡邊首相と彼に加担したAIのお陰なんですよ!』とかね≫



「あっ……」



 それって、俺が昨日見た夢のことでは? 強烈な悪夢だったから今でも覚えている。


 クロノスの言葉で昨日見た夢の内容を必死に思い出した。



≪そんな人間達に、前者の提案を選んだ長達も強く反論した『今日を持って機械から人間社会を返してもらう!』とか≫



「「人間の手で人間社会を平和にしてみせる!」とかね……って律。どうして僕の言わんとすることが分かったの?」



 不思議そうな顔で小首をクロノスから咄嗟に目を逸らした俺は片手で口元を覆った。


 間違いない。これは昨日、俺が見た夢の内容だ。まさか、あの醜い罵り合いが現実で起こっていたなんて。



「律、どうしたの? 急に黙って」



 小首を傾げ続けるクロノスに大きく溜息をつくと、観念したかのように悪夢の話をした。



「ちょっと……昨日見た夢の内容と一緒だったから驚いたんだ」

「あぁ、律が昨日魘されていたあれね

「そうだな……って俺、魘されていたのか!?」



 思わず事実に目を丸くする俺に、クロノスはあっけらかんとした表情で頷いた。



「うん。珍しかったから思わず観察していたけど……それにしても、夢で翔太達のことを知っていたんだね」

「あぁ、大変遺憾ではあるが」



 何せ、今まで見てきた悪夢の中で5本の指に入るくらい酷い夢だったからな。あと、魘されているんだったら、観察していないでさっさと起こして欲しかった。





≪前者を選んだ長達は、翔太と後者を選んだ長達と【決別】ってものをした後、前者を選んだ長達同士で新しい内閣総理大臣を【擁立】ってやつをしたんだよ≫



「えっ、翔太が既に『自分が日本最後の内閣総理大臣である』ということを国民の前で宣言しているのに、そこから新しい総理大臣を擁立出来たのか!?」



 既に周知の事実であるはずの『渡邊 翔太の最後の内閣総理大臣宣言』から、どうやって新しい総理大臣を誕生させたんだ?


 元の世界では考えられない出来事に啞然としている俺に、クロノスは新総理大臣擁立のお粗末な経緯を教えた。


 それは、あまりにも単純なものだった。




≪新しい総理大臣を擁立した長達は、自分達が治めている場所に住んでいる国民のみに対して、こう言ったんだ。


『先日、『自分が日本最後の内閣総理大臣になる』と仰っていた渡邊首相ですが、あれはAIという悪魔に洗脳されて言わされたことであるが発覚しました。しかも、渡邊首相が我が国のトップに立った時点で、既に悪魔に洗脳されていたことも判明しました。これは、我が国始まって以来、最悪の反逆行為です! 何せ、彼は今の今まで悪魔の手先であることを隠しながら、この国を支配していたのですから。これは、人として許されざる行為です! そう思った我々は、各々の力を結集させて『渡邊 翔太』という悪魔に魂を売った裏切者を内閣総理大臣の座から引きずり降ろし、ここにいる『林 恭平』殿を国のトップに据えました! 彼は、渡邊 翔太以上に優秀な人間です。ですので、国民の皆様はご安心して下さい! これからは、今まで以上に平和な世の中になることをお約束しましょう!』≫


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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