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閑話 失態と自嘲

これは、とある男の旅路の記録である。

「おや、随分と来るのが早かったね」



 律を元の時間軸に戻した後、時の神様である僕は人間達が僕という存在に刃を向けさせた張本人がいると思われる場所を訪れた。

 その場所は、時の神やその部下達しか入れない特殊な場所で、主にここで無数にある時間軸の観察をしている……いわば、僕にとっての【ホーム】ってところさ。

 その場所には、既に僕と姿形が全くの同じ張本人が悠長に待っていた。



「うん、『こういうのは早い方が良い』って前に部下に聞いたことがあるから」

「フフッ、そうだったんだね。でも、僕としてはもう少しゆっくりしても良いと思うんだけど」



 既視感を覚える笑みを浮かべる僕の分身体である張本人に、本体である僕も悠然とした態度で答えた。



「残念だけど、それは無理なことだね」

「ふ~ん、どうして?」

「待たせている人間がいるからね」

「それって、律のことかな?」



 へぇ~、さすが僕。分かっているじゃないか。


 自分と同じ姿形をしている分身体のことを感心するように軽く頷いた。



「そうだよ。あの人間とはもうすぐで旅が終わるからね」

「そうなんだ……ところでさ」



 僕との間にあった人間1人分の距離を一瞬で僕の目の前まで詰めた分身体は、歪に口角を上げた。



「どうしてあの時、あんなことをしたの?」

「あんなことって?」

「ほら、頭下げてたじゃん」

「あぁ……」



 律をラブホに行かせた次の日にハイキングに行った時のことね。


 分身体の言葉で思い出した僕は、興味が失せたような顔で分身体のことを見た。



「ねぇ、どうしてなの?」

「純粋に律に【謝罪】ってやつをしたかったのさ」

「謝罪?」



 醜悪な笑みで目を輝かせる分身体に再び既視感を覚えつつ、僕はあの時に考えていたことをそのまま口に出した。



「あの時の律の顔をして、単純に『見たくなかった』って思っただけさ。だから、頭を下げた。それだけだよ」

「へぇ~」



 表情を変えないまま何度か頷いた張本人が、何を思ったのか少しだけ僕と距離を取った。



「時の神様が人間風情に頭を下げるね……でもさ、あの顔を見て思わなかった? 『興味をそそられるな』って」

「それは……確かに思ったよ」



 彼の言葉に同意しつつ小さく手を握る僕に対し、分身体は笑みを深くしながら興味が尽きないような目を向けた。



「でしょ! だったら、そのまま彼のことを放置して観察しても良かったんじゃないのかな!」



 あぁ、やっぱり僕も……


 とても部下には見せられない笑みを浮かべる分身体に小さく溜息をつくと、そっと口角を上げた。



「でもさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 本体である僕の言葉を聞いた分身体は、大きく目を見開くとゆっくりと口を開いた。



「君、その言葉の意味を分かって言ってるの?」

「もちろん」



 だって、この言葉は、前任者『クロノス』がよく口にしていた言葉なのだから。


 表情を変えずに返事をする僕に、分身体は安心したような顔で僕のことを見てきた。



「そう、やっぱり君も()()()()だったんだね」

「そうだよ」



 だから僕は……


 時の神様になった時のことが脳裏の蘇った僕は、冷めた目で分身体のことを見ながら握っていた手にそっと力を込めた。



「だったら、安心した。今のクロノスって、前のクロノスとは全然違うからさ」

「そうだね。ところで、聞いても良いかな?」

「うん、良いよ」



 醜悪な笑みを浮かべ続ける分身体に途轍もない既視感を抱きながら、僕はこの時間軸で起こしたことに対する理由を聞いた。



「どうして、律をこの世界の警察に逮捕させたのかな?」



 まぁ、この感じだと恐らくアレしかないと思うけど。


 答えを知りつつ聞いた質問に、分身体は待ってましたとばかりな満面な笑みを浮かべながら意気揚々と答え始めた。



「もちろん、()()()()()()からだよ! 別世界から来た律が、この世界の警察に捕まったらどうなるのか気になったし知りたかったからね!」

「それじゃあ、律にかけていた僕の加護に干渉したのも?」

「それも、()()()()だよ! 同じ神様の力がぶつかったらどうなるのか気になったし、加護が解けた時の君と律、そして周りの人間達の反応が見たかったからね!」



 やっぱり、そうだよね。


 前任者がいつも浮かべていた醜い笑みを浮かべる分身体に大きく溜息をつくと、僕は神様にとしての責任を果たそうと、笑みを潜めて目の前にいる彼に向かって片手を伸ばした。



「時を司る神クロノスの名を以て、我が分身体である汝の存在自体を抹消する」




 パチン!!





「ふぅ。とりあえずこんなものかな」

「クロノス様~!」



 この時間軸のクロノスを亡き者に裁きを下し、時間の流れに大幅な齟齬が出ないよう数多の時間軸を改変し終えると、真っ白の羽に白いワンピースを身に纏った僕の部下……この時間軸を管理している時の使者が駆け寄ってきた。



「あぁ、お疲れ。ごめんね、この時間軸を観察しているみんなに協力してもらって」

「良いんです! 元はと言えば、この事態を引き起こしてしまった我々が悪いわけで……」



 酷く落ち込んでいる部下の頭を優しく撫でた。



「それを言うなら、全ての時間を管理している僕の責任でもあるんだから気にしないで」

「そっ、それは……!?」



 大きく目を見開くと部下に小さく笑みを零すと、撫でていた手をそっと離した。



「まっ、起きちゃったものは仕方ないってことで。それよりも、まずは状況把握をしないとね。一応、僕もこの時間軸にいたからある程度は把握出来ているけど、直接観察している君たちには及ばないから……説明、お願いしてもいいかな?」

「わっ、分かりました!」



 上司である僕に頭を撫でられて口角を上げていた時の使者は、慌てて顔を引き締めると両手で後生大事に持っている時の記録帳を開いて、そこに記されている事実を読み上げた。





「ふ~ん。つまり、僕の分身体が興味本位で本体である僕を困らせたかったから、こんなことを起こしたってわけね」

「そういうことになります」



 時の使者からの報告を一通り聞き終えた僕は、遠くに目を向けながら大きく息を吐いた。


 これは、神界に戻った時に何か言われるね……主にゼウスから。


 僕と同じタイミングで『ゼウス』の名と記憶を賜った元同期は、神々から与えられた地位に着いた途端、元々備わっていた真面目な性格がより拍車をかけてしまった。


 まぁ、彼の地位が『全ての神々を管理する神』だから彼が変わってしまったのは仕方ないことだし、()()()()があった後だから尚更だよね。



「でもまぁ、それは僕も同じなんだけど」

「クロノス様?」



 自嘲気味に言った呟きが聞えて首を傾げた時の使者に、僕は安心させるような笑みを向けると首を軽く横に振った。



「いいや、何でもないよ。それで、他の神々の使者から何か言われた?」

「はい。他の神々の使者からは、迅速かつ的確な対応をされてたクロノス様に対し、感謝の言葉に述べられていました」



 『述べられた』ねぇ。ということは、他の神々は今回のことに関して、特に言及しないってことなのかな。


 部下達の返事にそっと目を閉じて少しだけ考えて込むと、再び目を開いて部下達にお礼を言った。



「そう。でも、これは僕だけじゃなくて君たち時の使者のみんなのお陰だからね」

「そっ、そんなことは……」



 俯きながら黙った時の使者を他所に、僕はそっと自分の手のひらを見つめると、不意に僕の脳裏に二つの光景が蘇った。


 1つは、僕が部下達と合流する前に自らの手で亡き者にした分身体の愉悦に満ちた顔。

 そしてもう1つは、時の使者でしかなかった僕が『クロノス』という名と記憶を賜ることになったきっかけとなったあの一件……()()()()()()()()()()前任のゼウスと前任のクロノスが企てた『人間を神々の玩具にする』という全ての神々が総出で止めたとても愚かな出来事だった。


 あの時の顔、前任のクロノスがいつも浮かべていた顔そのものだったな。

 まぁ、あの一件があったお陰で僕とゼウスは今の地位に就いて、僕以外の全ての神々がより一層人間から距離を置いたんだけどね。


 それに、僕は『クロノス』という名前と記憶を他の神々から賜った時から、前任のクロノスのようにならないよう、僕なりに時の管理や他の神々と交流をしてきたつもりだったんだけど……



「やっぱり、僕も『クロノス』だったんだね」

「クロノス様?」



 再び小首を傾げる時の使者に向かって再び小さく笑いかけると、手のひらを軽く握った。



「とりあえず、みんなのお陰でこの時間軸の改変は終わったから、あとのことは頼んだよ」

「わっ、分かりました!」



 元気よく返事をしてから飛んでいく時の使者を見送ると、大きく伸びをした。



「さて、ゼウスから何を言われるのかな? 僕が人間界に行く時にも散々言われたから、今回はそれ以上に言われることを覚悟しておかないとね」



 肩の力を抜くということを忘れた元同期を思い出して小さく笑みを零すと、律のいる時間軸に戻ろうと景気よく指を鳴らした。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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