28日目 犯罪と私刑⑦
これは、とある男の旅路の記録である。
『おい、自衛隊は来たか!? 早くどうにかしてくれよ!』
『既に到着しますので、皆様は安全な場所に避難して下さい!』
『だったら、拳銃であいつらを撃ってくれ! 今だったら良い的だろう!?』
『そうですね、分かりました! 全員、構え!!』
『準備完了! 目標、悪魔!』
俺がクロノスの豹変ぶりに動揺している間に、地上にいた無数の警察官が俺たちに向かって拳銃を構え、いつの間にか来た最大戦力を携えてきたこの世界の陸海空の自衛隊が標的を俺たちに絞っていた。
それに気づいた俺は、時すでに遅しといわんばかりの光景に思わず悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! どうするんだよ!? なぁ、どうするんだよ!?」
このままじゃ、この世界で俺とクロノスは……!?
絶望的な状況にみっともなく涙を流しながらクロノスに縋りついた俺に、顔を俯かせたクロノスが小さく笑った。
「アハッ!」
「クロ、ノス?」
聞いたことも無い笑い声に滝のように流れていた涙が止まった瞬間、思いっきり顔を上げたクロノスが天に向かって笑い声を上げた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
クロノス……?
狂ったかのように大笑いをする彼は、俺を異世界に連れてきた時の神様ではなく、何かに取り憑かれた別人のように見え、俺は壊れたように笑う彼からそっと手を離した。
すると、一頻り笑った彼がゆっくりと顔を俯かせると、今まで見たこと無いような恍惚とした笑みを浮かべながら両手を見た。
「何これ! これが【嬉しい】って感情!? それとも【怒り】って感情!? もしかして【楽しい】って感情!? 分からない! 分からないけど、これが【感情】ってやつなんだね! スゴイ! すごすぎるよ! 僕たちの足元にも及ばない力しか持っていない人間が、神を視認出来たことも驚きだったけど、愚かにもその神に刃を向けようとするなんてね! お陰で僕は、【高揚感】ってやつを理解することが出来たよ!」
クロノス、お前は一体何を言っているんだ?
無邪気に笑うクロノスを呆然と見ていると、満足したように大きく息を吐いたクロノスが、ゆっくりと顔を正面に戻すと神様とは思えない蔑んだ笑みを浮かべた。
「でもまぁ、時の神様である僕に挑むなんて、正気の沙汰じゃないよね」
「クロ……ノス?」
この時間軸のクロノスが浮かべていた下卑た笑みとは比べてものにならない、悪魔のような笑みを浮かべたクロノスがそっと片手をあげた。
「とりあえず、神に刃を向けた報いとして、一回【神様の天罰】ってやつを受けてみようか?でも、そんなことをしたらこの時間軸そのものが無くなっちゃうかもしれないけど」
楽しげに笑いながらいとも簡単に時間軸を消滅させようとするクロノスを見て、焦燥感に駆られた俺は再び縋りついた。
「頼む、クロノス! それだけはやめてくれ!」
「どうしたの、律? この時間軸の人間達が愚鈍にも神に刃を向けたたんだよ。だったら、それ相応の報いを受けなきゃいけないんじゃないの?」
「くっ……!」
確かに、そうなのかもしれない。でも!!
軽蔑するような笑みで至極当然といったように言うクロノスに、一瞬怯んだ俺だったが恐れを振り払うように縋っていた手に力を入れた。
「あぁ、そうなのかもしれない。自分でも都合のいいことを言っているのは自覚している」
「でしょ? だったら……」
「それでも! やめて欲しいんだ!」
必死に懇願する俺に対し、クロノスは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「どうして? このままだと律が亡き者にされちゃうよ。そんなの、別の場所から連れて来た僕が見過ごせるはずがないじゃない」
「確かにそうだが……」
「ほら、じゃあ……」
「でも!!」
お前が俺のことを考えて、こんなことをしているのは何となく分かっている! だとしても!
奥歯を軽く噛むと、目に見えて暴走している神様を落ち着かせようと表情を引き締めながら説得した。
「お前が俺の為にこんなことをしようとしているんだったら、いつものように俺を元の時間軸に戻せば良いだけの話だ! この時間軸自体を無くす必要は無い!」
「でも、僕に刃を向けているのは間違いなくこの時間軸の人間達だよ。それってつまり、僕に対して【敵対心】ってやつを持っているってことだよね? だったら、時の神様である僕が直々に手を下したって良いはずだよね?」
こいつ、やっぱり……
クロノスの言葉で、今やっていることが『俺のため』ではなく『自分のため』だということを確信した俺は、恐怖で震えている足を根性で立たせると、強引にショタ神様の胸倉を掴んだ。
「良いわけあるか!! この時間軸の人達が俺とお前に銃口を向けているは、未知の脅威に対する人間の【防衛本能】ってやつが働いているからだ! そもそも……」
掴んでいた胸倉を力強く引き寄せると、互いの鼻先が付く距離感で時の神様の目を覚まさせた。
クロノス、お前が手を下すことなんてない! だって、この状況は……
「この状況を作ったのは、この時間軸の人達じゃない!! 時の神様であるお前だーー!!」
至近距離で放たれた絶叫を聞いて僅かに目を見開いた時の神様は、ゆっくりと手を降ろすと柔和な笑みを浮かべた。
「そう、だったね。この状況を作ったのは他でもないこの時間軸の僕だったね」
「クロノス……」
これで、この時間軸が無くなることは無いんだな。
クロノスの笑顔に安堵した俺は、大きく息を吐きながら掴んでいた胸倉を離して表情筋を緩めて……
「でも」
あれっ? 急に眠気が……
突如襲ってきた強烈な眠気に俺は必死に抵抗しながらも膝から崩れ落ちた。
「落とし前くらいつけさせてもらっても良いよね?」
「クロ……ノス……おま……え……」
体が前に倒れていきながら薄れゆく意識の中で、俺はクロノスの愚行を止められなかったことをひどく後悔した。
「おっと」
倒れてきた律の体をしっかり受け止めるとそのまま仰向けに寝かせた。
「フフッ、どうやら、律は『時の神様である僕に対して刃を向けているこの時間軸の人間達を誰一人として残さず亡き者にしようしている』って【勘違い】ってやつをしていたみたいだね」
小さく笑みを零しながら頬を伝う雫の後をそっと拭き取ると静かに立ち上がった。
「そんなの、時の神様である僕がするはずないじゃん。だって、僕たち神様は人間がいてこそ初めて自分の存在があるんだから。でも……」
再び虚空を見つめると、大きく片手を上げた。
「時の神様としての落とし前くらいはつけさせてよね」
パチン!
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