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28日目 犯罪と私刑⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

「どうやら、着いたみたいだね」

「あぁ、そのようだな」



 パトカーの後を追いながら時の神様との空中散歩をしばらく楽しんでいると、遠くに見えていた見覚えしかないショッキングピンクの巨大ドームが壁のように悠然と聳え立っていた。



『放せっ! 放せったら!!』

『貴様、最後まで大人しくしろ!!』

『あっ、裏切者の律さんがパトカーから出てきたぞ!』

『本当だ! とっとと自分の巣穴に帰れ! この悪魔が!』

『そうよ! そして、二度と私たちと関わりを持たないで頂戴!!』

『律さん、あなたはもうこの国の住人じゃないから、さっさと帰ってください!』

『そうだぞ、律さん! 諦めてさっさと帰れ!』

『皆様、ご覧ください! 我が国の平和を脅かそうとしていた悪魔が、ようやく元居た場所へと帰って行きます! これでようやく、我々の平和が戻ってきます!!』



 そっと足元を見ると、ピンクのドームの前に止まったパトカーの周りには大勢の人だかりが出来ていた。

 そして、パトカーから犯罪者が出た途端、ご近所迷惑なんてそっちのけの罵詈雑言が怒号のように犯罪者に向かって容赦なく浴びせていた。



「クロノス、この人だかりって……」

「うん。さっきドーム周辺にいた人間達だね。結局、パトカーと一緒についてきたのさ」

「そうらしいな」



 全く、この世界に住人達の野次馬根性には敬意を覚えてしまう。


 真下で繰り広げられている誹謗中傷のオンパレードに呆れながらそんなことを思っていると、パトカーから出てきた犯罪者の体を強く捩じりながら何かを探すように辺りを忙しなく見回していた。



『クソッ、放せ! 放せったら!』



 パトカーから出た犯罪者の抵抗に違和感を覚えた俺は、顔を顰めながら小首を傾げた。


 ん? このタイミングで何を探しているんだ? 自分のことなのに全く思いつかな……



『時司! 時司はいるか!』

「っ!?」



 声を張り上げながら偽息子を探す男の姿に、顔を強張らせた俺は胸が締め付けられたような感覚に陥った。


 そうだ、この時間軸の俺はクロノスに嵌められたとも知らずに警察に逮捕されてそのまま……


 そんな男の心情を嫌でも理解してしまった俺は苦い顔をしながら必死に偽息子のことを探す男を凝視した。



『クソッ! この際、俺のことはどうなっても良い! でも、あいつだけは……時司だけは!!』

『おい、お前いい加減にしろ!』

『うるさい! 時司! 時司~! いるなら返事をしてくれ~!』

「くっ!」



 男の悲痛な叫びに俺は膝から崩れ落ちると、何かを堪えるように両手で強く拳を作りながら奥歯を強く噛みしめた。


 そうだよな。まさか、時の神様の手の上に転がされているなんて思わないよな。

 それに、お前は自分のことをより他人ことを考えるやつだったな。

 だって、あの世界で警察ドローンと鬼ごっこしてた時、真っ先に考えたのは目の前で走ってくれている子ども……クロノスをどうやって追っ手から逃がすことだったから。

 そうだ、そうだよ。知ってる、分かっているさ。何故なら……



「お前は、俺なんだから」

『はっ、放せ! 時司! 時司~!』



 頬に生温かい雫が伝っていくのを感じながら苦し紛れに出てきた言葉は、詈雑言の喧騒の中に消え、この世界で犯罪者として扱われた悪魔(おれ)は、抵抗空しく大勢の警察官と善良なる国民の手によってショッキングピンクの向こう側へと消えた。





「なぁ、クロノス。あいつはどうなったんだ?」



 犯罪者の末路を見届けた俺は、頬に伝った雫を拭いながら立ち上がって隣にいる無表情の神様を見ると、神様は静かにショッキングピンクの向こう側を指し示した。



「彼なら、あそこにいるよ」

「あそこ……って」



 クロノスの指し示す方角に視線を向けると、そこには力なく倒れている俺とそれを嬉しそうな笑みをしながら隣に立つ金髪碧眼の見知った美少年がいた。


 あれって、間違いなくクロノスだ。けど……


 倒れている俺の前にしゃがみ込んだクロノスの表情は、見た者の恐怖心を駆り立てるような歪な笑みを浮かべていた。



『やぁ、律。この世界の警察はどうだった?』

『あぁ、クロノスか。それなら一言だ。最悪だ』

『そう。最悪だったんだね』



 うつ伏せになりながら不貞腐れたような返事に笑みを深めたクロノスは、ゆっくり立ち上がると、ショッキングピンクの外側にいる俺とクロノスに目を合わせた。


 あっ、こっち見た。というか、俺たちのことが見えるんだな。時間軸が違っても、流石は時の神様。


 そんな吞気なことを思っていると、底意地の悪いそうな笑みを浮かべた時の神様はゆっくりと片手を上げた。



『それじゃあ、少しだけ休もうか』




 パチン!




 指を鳴らした瞬間、ショッキングピンクの中にいた俺とクロノスが一瞬で消えた。



「うわっ、消えたぞ! クロノス!」

「そう、みたいだね」



 初めて見た瞬間に驚いて隣を見ると、少しだけ苦い顔をしたクロノスが地上を見下ろしていた。



「ん? クロノス、一体どうし……」



 今まで見たことないような表情をするクロノスに首を傾げた俺は、ゆっくりとその小さな肩に触れようとした瞬間、地上から何かを見て驚嘆する声が聞こえてきた。



『おい! あれは何だ!?』

「えっ?」



 男性の声に吃驚した俺は慌てて下を見ると……地上にいた1人の人間と目が合った。





『おい、あれは何だ!?』

『ねぇ、あれって悪魔じゃない!?』

『それにあれってもしかして……律さん!?』

『嘘!? 律さんだったら、今さっき私たちの手で追い払ったのに!』

『だとしたら、隣にいる悪魔が一瞬で律さんをここに連れて来たのか!?』

『皆様、ご覧ください! 無事に悪魔を住処に帰した途端、上空に子どもらしき人物と大人らしき人物が現れました! これは、悪魔が我が国の平和を再び脅かそうとしていることでしょうか!?』



 1人の叫びをきっかけに突如向けられた大勢の視線に思わず腰を抜かした。


 おいおい、これは何だ!? この時間軸のクロノスが唐突に指を鳴らしたかと思ったら、この世界に住人達が俺たちのいる方に向かって何かを叫び始めたじゃねぇか!

 というか、この距離でどうして俺だと分かるんだよ!?

 クロノスは……って、今のこいつは金髪碧眼の美少年だから、こいつが黒髪黒目の時司だなんて気づかないか。


 俺たちがいる方向を指差しながら阿鼻叫喚する人達に狼狽えながら俺は隣に立っている時の神様にすがりつくように声をかけた。



「クロノス、これは一体どういう……」

「ほう」



 突如として状況が一変したことに酷く取り乱している俺とは反対に、この時間軸のクロノスが浮かべたのと同じ残虐な笑みを浮かべたクロノスが、地獄絵図になっている地上を悠然とした態度で見下ろしていた。



「クロ、ノス?」

「やってくれたね、この時間軸の僕。これは流石に僕でも予測出来なかったよ」



 そうは言いながらもどこか楽しそうな冷たい笑みを浮かべるクロノスに、俺は得体の知れない恐怖を感じながらも彼の名前をもう一度呼んだ。



「あの、クロノス?」

「ん、何だい? 律」

「ヒッ!」



 クロノスの顔を見た瞬間、思わず悲鳴にも似た声を上げた。


 怖い、怖すぎる! 地上の地獄絵図の方がよっぽど可愛いと思えるほどに、今のクロノス浮かべている笑顔が怖すぎる!


 今まで見たことの無い歪な笑顔を見せるクロノスに、俺は両手が震えているのを感じながらもそっと息を吐くと、平静を装いつついつもの調子で声をかけた。



「あっ、あの……これはどういうことなんだ?」

「あぁ、これね」



 歪な笑みを深めたクロノスが再び地上に視線を向けた。



「まぁ、簡単に言うとこの時間軸の僕が別の時間軸から来ている僕の力に干渉しちゃったんだよ」

「えっ!? それじゃあ……」

「そう。その結果がこれさ。全く、彼は時の神様である僕の分身のような存在でしかないのに、どうしてそんな愚かなことが出来たんだろう。我ながら理解不能だよ」



 いや、楽しそうに語っていますけど、要するに今の状況って途轍もなくピンチってことですよね!?


 楽しそうに笑っているクロノスに思わず内心でツッコむと、俺はこの時間軸に来てからこの場所に来るまでに感じた違和感の正体に気づいた。



「じゃあ、俺がこの時間軸に来た時から感じていた地上からの視線って……」

「それも、分身でしかないこの時間軸の僕が、本体である僕の力に干渉した結果なんだろうね。本当、やってくれたよ。この後のことを考えてやったのかな。まぁ、この時間軸の僕は興味本位でしたことだろうから、そんなことは考えて無さそうだけど」



 軽い口調でそんなことを嬉々とした表情で言うクロノスに、強烈な悪寒を感じた俺は思わず自分の体を強く抱き締めていると、地上から恐ろしい言葉が聞こえてきた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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