28日目 犯罪と私刑⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
『あっ、悪魔が今から元の巣穴に帰って行くぞ!』
『悪魔の野郎、二度と人間の住まう領域に来るんじゃねぇ!』
『早く帰って、私たちの平和を返して!』
『律さん、時司君のことは私に任せてね!』
『そうだ! 時司君は責任を持って私たちが育てるからな!』
「うわぁ、出迎えも罵詈雑言だったけど、見送りも罵詈雑言かよ」
というか、罵詈雑言の中に時司の育て親宣言している奴がいなかったか!? 子どもは悪魔扱いされないのか!?
行きも帰りも騒がしいスタジアム内外に呆れたような声を漏らすと、隣の神様も同じように呆れたような声を漏らした。
「まぁ、僕からしたら人間同士でくだらないことをやっているとかしか見えないんだけどね」
「お前にはそう見えるかもしれないな。でもそれは、この世界に住人達が悪魔の正体を本当に知らないか、はたまた『悪魔が本当は自分達と同じ人間である』という事実を認めたくないか……」
『悪魔が関わっている』という根も葉もない噂でスマホやネットを衰退させたように。
この世界の偏ったものの見方に理解を示すと、クロノスから再び呆れたような声が聞えてきた。
「『認めたくない』ね……神様の僕には全く理解出来ない考え方だね。あと、この世界では裏切者だろうが反逆者だろうが一応子どもは保護されるみたいだけど、その後はこの時間軸の律と同じ扱いになるみたい」
「そうなのか!?」
それって、どちらにしても公開私刑一択ってことか!?
「それよりも律、パトカーが走り出したし、僕たちも後をついて行くよ」
「……了解」
啞然としつつも酷く落ち込んでいる俺の手首が躊躇なく引っ張られ、パトカーの後を追おうとしたその時、地上で空を見上げていた人とまた目が合った気がした。
あれっ? また……
「なぁ、クロノス。本当に、この時間軸の人達には俺たちのことは見えてないんだよな?」
「もちろんだよ。どうしたの、律?」
そうだよな、何せ時の神様の加護なんだから。
小首を傾げる時の神様に軽く頭を振ると、心配させまいと小さく微笑んだ。
「いや、何でもない。それより、早くパトカーを追いかけよう」
「そうだね」
不思議そうな顔で小首を傾げたクロノスは、俺の顔を見て特に気にする素振りをしない態度をみせると、パトカーの後を追うように俺のことを引っ張りながら来た道を戻った。
そうだ、時の神様であるクロノスのチート能力が、たがが人間如きに簡単に打ち破られてたまるか。単に偶然が重なっただけだ。
『おい、今からどこに行くんだよ!』
『うるさい! 今から貴様を忌まわしき場所に送り返すんだよ!』
『忌まわしき場所!?』
『そうだ。貴様のような人の皮を被った悪魔に相応しい場所だ!』
『悪魔って、俺はれっきとした人間……』
『まだ言うかこの悪魔! 俺たち人間がわざわざ貴様のような汚らわしい存在を元の住処まで送って行ってやってんだから、いい加減その口を閉じやがれ!』
パトカーで警察と元気よく抵抗する自分の声を少々呆れながら聞いていると、不意にこの時間軸の俺が警察に捕まる状況になったのか知りたくなった。
「そう言えば、どうしてこの時間軸の俺が裏切者ってことで捕まったんだ? この時間軸の俺、何かしたのか?」
例えば、うっかりあの世界のことを喋ったとか。
今更とも思える疑問をぶつける俺を、後ろを振り向いたクロノスが呆れたような顔で見てきた。
「律、覚えてないの? この世界の図書館に訪れたことを」
「もちろん覚えているぞ」
何せ、言い出したのは他でもないこの俺だから。
でも、あの時は受付嬢の態度に驚きながらも時司と受付の前で別れて、それから大人専用の図書館に足を踏み入れ、そのままこの世界の歴史が記されているだろう本棚を探して……はっ!
「もしかして……」
それが原因で、俺は警察に捕まったのか?
本棚を探した後の顛末とクロノスから聞いたこの時間軸の俺とクロノスの関係で、俺の中で全て繋がり、思わず顔を青ざめた。
そんな表情の俺を見たクロノスは溜息をつくと顔を前に戻した。
「そう、この時間軸の律は、この時間軸の僕の興味に踊らされ、図書館に設置された罠に見事に嵌まり、僕に助けられることも無いまま、周囲にいた人間によって警察に通報されて、敢え無くお縄に頂戴したってわけさ」
「『お縄に頂戴』って、お前いつそんな言葉を覚えたんだよ?」
「それはもちろん、見たドラマやアニメだよ」
このショタ神様、この世界でもテレビっ子になっていたんだな。
クロノスの人間らしい古い言い回しに呆れたことで、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、そっと息を吐いた。
「でも、お陰で分かった。この時間軸の俺は、クロノスとこの世界の住人達によって誤認逮捕されたってことに」
大変遺憾であることこの上ないが。
「それにしても、どうしてこの世界の住人達はあの世界から来た者を尋問しないんだ? 誤認逮捕であっても、一応はあの世界の人間だって断定したから捕まえたわけで……言い方は悪いが、折角来てくれた未知なる存在を知りたいとか思わないのか?」
それこそ、物騒極まりないが鞭打ちや磔台など拷問に近い手酷い尋問でもして、あの世界のことを色々吐かせればこの世界の為にもなると思うが。
我ながら鬼畜なことを思いながら口にすると、クロノスは再び呆れたような溜息を吐いた。
「それは、あの世界を知ろうと思わないんじゃなくて知ろうとしないんだよ」
「知ろうとしない?」
首を傾げる俺を一切見なかったクロノスは、パトカーから視線を外すと遠くを見るように真っ直ぐ虚空を捉えた。
「そう、この世界に住んでいる人間達にとって、あの世界に住んでいる人間達は脅威でしかない。だから、知る必要なんてないと思っているのさ」
「知る必要が無い?」
「そうだよ。彼らからすれば、人ならざる者が住んでいる世界のことなんて知るなんて無駄みたいだし、知ったところでやることなんて同じなんだけど」
「それって、今日みたいに公開私刑してそのままあの世界に送り返すってことか?」
「そういうこと。彼らにとってあの世界は自分達を害するものでしかないんだよ」
「でもそれじゃあ、あの世界のことなんて全く分からないままじゃねぇか」
確かに、あの世界は人ならざる者……AIに支配されてはいるが、人に害を与えることなんて絶対にしない。何せ、あの世界では人の意思が何よりも尊ばれているみたいだから。
それに、あの世界ことを少しでも理解出来れば、こうして一方的に憎まなくて済むし、お互い共存出来る方法が見つけ出せそうな気がする。
そんなことを考えていた俺に、クロノスは小さく息を吐きながらどこか寂しげな眼をしながら見えてきたピンクのドームに目を向けた。
「それで良いんだと思うよ。それが、この世界にとって【治安を保つ】ってやつになるんだからさ」
「例え、それが誤解や噓偽りで塗り固められた事実無根なことの上で保たれている治安だったとしても?」
「うん。むしろ、この世界に住んでいる人間達はそれを望んでいるんだよ」
「そう、なんだな……」
虚空を見つめるクロノスから地上の人達に視線を移すと、そっと肩を落としながら小さく息を吐いた。
この世界に住人達は、治安を守る為にあの世界のことを知らないまま憎んでいるのか……本当は同じ人間のはずなのに、何だか物凄く寂しくもったいないことをしていることのように思えた。
「律」
「何だ?」
視線を戻すと、クロノスが何かを諭すような目をしながら俺のことを見ていた。
「僕たちの目的は、この世界を旅行すること。だから、『この世界を変えよう』なんて考えちゃダメだよ。別のところから来た僕たちには、この世界を変える権力も資格も無いんだから」
「あぁ、分かってるよ」
分かってるさ、そんなことくらい。
クロノスの諦めにも似た強い言葉の前に、俺はただ、静かに頷きながら唇を噛み締めることしか出来なかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




