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28日目 犯罪と私刑④

これは、とある男の旅路の記録である。

「律、そろそろ始まるよ」

「始まるって、もしかして……」



 あれが、ついに。


 クロノスの言わんとすることを理解して立ち上がった俺に、無表情に戻ったクロノスが静かに言い放った。



「そう、この世界での公開尋問だよ」



 その瞬間、下から聞こえていた観衆のざわめきがより増した。





『おい、ここはどこだよ!?』

『あっ、裏切者の渡邊 律が登場だ!』

『この裏切者! さっさと裁かれろ!』

『そうだそうだ! この国の平和を脅かす悪魔め!』

『律さん、やっぱり裏切者だったんですね!』




 ぐぐもった声で喚き散らしている犯罪者を乗せたパトカーが、大勢の人達で溢れかえったスタジアム周辺をどうにか通り抜けてスタジアムの中へと入って行くと、罵詈雑言の大喝采を受けながらスタジアム中央に置いてある人ひとり分が座れる台座のようなところに横付けした。


 というか、俺の名前! この短時間で名前まで拡散されているとか信じられんだが!? 俺のことを知っているやつもいるみたいだったが!?



「……クロノス、あれは何だ?」



 この世界の緩すぎる個人情報保護法から意識を逸らそうと台座らしき場所を指差すと、冷たい目をしたクロノスが俺のことを見ることも無く静かに呟いた。



「あれは、犯罪者を尋問する為に作られた場所だよ。いわば、犯罪者専用の特等席さ」

「それは……とても嬉しくない席だな」



 俺だったら、絶対に座りたくない特等席だな。


 即席で作られた特等席に今から座らされるこの時間軸の犯罪者を気の毒に思っていると、パトカーから出てきた警察官が犯罪者を強引に外へと引っ張り出した。



『おい、さっさと降りて来い!』

『いっ、痛てぇ! 痛いからもうちょっと優しくしてくれないか?』

『うるさい! 裏切もの風情が我々人間に口答えするんじゃない!』

『わっ、分かった! 降りる! 降りるから!』



 どうやら、裏切者認定されたら人権は剝奪されるらしい。


 そんなことを思いつつパトカーから出てきた犯罪者を見ると、警察官に連れ出された犯罪者には、いつの間にか頭から麻袋のようなものが被せられ後ろ手にロープで縛られていた。


 おい。ここ、未来の世界で合っているよな?



『ほら、さっさと歩け!』

『分かったから、歩くって……うわっ!』

『何をしている! 寝転がっていないでさっさと歩いてそこに座れ!』

『寝転がってねぇし、視界も奪われている状態で歩いて座れとか滅茶苦茶なことを言うな!』

『うるさい、口答えするな!』



「……この世界の犯罪者って、こんな扱いを受けるのか?」

「まぁ、そうだね」



 表情も変えずに言われたことに、俺は言葉を失った。


 この世界の犯罪者の扱い、まるで中世ヨーロッパみたいな扱いだ。





『これより、裏切者の公開尋問を始める!』

『『『『『『わーーーーーー!!!!!!』』』』』』



 警察官の手によって犯罪者が特等席に無理やり正座させられた瞬間、木槌を鳴らす音が響き渡りスタジアム全体に静寂が訪れた。

 そんな中、客席ど真ん中に設置された専用席に座っていた恰幅のいい男性が徐に立ち上がると、公開尋問の開始を高らか宣誓した。

 すると、男性の宣誓に応えるようにスタジアムの内外いた観衆から地響きのような歓声が聞えてきた。



「なぁ、あの人誰?」

「あの人って?」

「ほら、今『公開尋問を始める!』って言ったおっさんだよ」



 失礼を承知でおっさん呼ばわりした人物を指差すと、男性の正体を知っていたらしいクロノスが酷くつまらそうな顔をしながら教えてくれた。



「あぁ、あの人間のことね。あの人間はこの世界では【最高裁判長】って立場の人間らしいよ」

「つまり、この世界で一番偉い法の番人ってことか」



 クロノスから『最高裁判長』と教えられた人物に目を向けると、そっと息を吐いた。


 犯罪者の扱いからして既に期待薄なんだが、なるべく法に則った公正な裁きをして欲しい。


 そんな俺の願いは、公開尋問が始まってすぐにあっさりと砕け散った。





『まずは、皆の前にその愚かな者の面を晒してくれ』

『『はっ!!』』

『なっ、何だよ!?』

『ほら、大人しくしろ!』

『うっ、うわっ!』

『おっ、悪魔が俺たちに面を出したぞ!』

『うわっ、本当に人間みたいな顔をしている』

『これが悪魔なんて……本当に信じられないわ!』

『律さん、本当に悪魔だったんですね!』



 最高裁判長の指示で後ろに控えていた三人の警察官の内の1人が頭から被せていた麻袋を取り外した瞬間、スタジアム内外で再び罵詈雑言が飛んできた。


 まぁ、中には俺のことを知っている奴もいたみたいだが……



「『人間みたい』じゃなくて、人間なんだが。何だか、この時間軸で捕まった俺が物凄く可哀想に思えてきた」

「そう? 僕からすれば、人間が人間を貶める光景なんて、とても愚かに思えるんだけど」

「そうですか」



 無表情で足元に広がる地獄絵図を見ているクロノスに肩を竦めると、再び鳴らされた木槌によって静寂が訪れた。

 すると、最高裁判長が酷く疲れた顔で大きく溜息をつきながら口を開いた。



『この時点で、貴様の判決は確定したな』

『「えっ?」』



 検察からの理不尽な証言も被告人の反論もすっ飛ばしていきなり判決!? それはあまりにも不憫すぎませんか!?


 突然の判決に啞然としている俺に対し、判決を言い渡された犯罪者は必死の形相で最高裁判長に懇願した。



『まっ、待ってください! この場が裁判だというなら、被告人である俺の反論を聞いた後でも……』

『黙れ!!』

『っ!?』



 大声を上げた最高裁判長に声が出ない犯罪者に、最高裁判長は再び大きく溜息をつくと金箔で縁取られたいかにも高そうな専用椅子に深く腰掛けた。



『裏切者である貴様の意見なんて()()()()()()()だろうが。貴様が、この国に入ってきた時点で()()()()()()()()!』

『「えぇっ……」』



 そんな理不尽、この世界では通用するのですか?


 怒りを露わにする裁判長の意見に同意するようにスタジアム内外からの『そうだ! そうだ!』の大合唱が聞えてきた。

 民衆の声に圧倒的不利な状況だと気づいた犯罪者が顔を真っ青にしていると、本日3度目の木槌が鳴らされた。

 三度訪れた沈黙の中で、裁判長は軽く咳払いしてから側近らしき人物から渡された紙を手に持った。



『まぁ、今回は突如として現れたピンクのドームから出てきた初の来訪者だからな。今回は()()()貴様の罪状と判決を言い渡してやる。まぁ、人の皮を被った悪魔でしかない貴様には、我々人間の言葉をなんて理解出来ないだろうし、私自身もこんなことで時間を取りたくないが……()()()()()()()、致しかたない。()()、この国の形式に乗っ取って罪状を読み上げてやる』



 おいおい、国の偉い人とか大勢の国民が見ている前で、そんな私情たっぷりなことを言っても良いのか? これが終わった直後に肩書を失っても知らないぞ。


 犯罪者に対して尊大な態度を取る最高裁判長に要らぬ心配を抱きながら辺りを見ると、スタジアム内外にいた人達が、全員最高裁判長のありがたい言葉に深く頷いていた。


 どうやら、本当に要らぬ心配だったらしい。





『それでは、貴様の罪状と判決を言い渡す。本当は、悪魔である貴様と会話することも貴様の声すらも聴きたくないのだが』



 最高裁判長の盛大なぼやきにスタジアム内外から『頑張れ』コールが木霊したが、最高裁判長の大きな咳払いで厳かになった。


 この世界の集団行動能力スゲー。俺のいた世界も見習って欲しいくらいだ。


 そんなことを思っていると、最高裁判長が威風堂々とした態度で犯罪者の罪状と判決を読み上げた。



『被告! 貴様は、悪魔の住まう忌まわしき場所に我々人間を連れて行こうとした。これは、我が国の平和を脅かしたと共に人類における反抗であり、極刑に値することである。よって、被告には我が国における極刑を……と言いたいとこだが、貴様がいた痕跡すらもこの美しい土地を不浄にする可能性が十二分にあるので、貴様には我が国の持てる技術を結集させた特製のチョーカーを付けて元の場所に帰ってもらう!』

『そっ、そんな!?』



 動揺する犯罪者を無視し、紙に書いてあった罪状と判決を読み終えた最高裁判長は、再び高らかに宣言した。



『これにて、公開尋問は終了とする。被告人は警察の指示に従い、元の地に帰ってもらおう!』

『えっ、ちょっ、まっ……』



 何とか反論しようと体を捩じった犯罪者だったが、すぐ近くに控えていた警察官に取り押さえられた。



『大人しくしろ! おい、早くチョーカーをつけろ!』

『はっ! 裏切者風情が大人しく人間様に従うんだ……終わりました!』



 真っ赤なチョーカーを付けられた犯罪者は、警察官の手によって麻布を被せられて台座らしき場所から立たされると、そのままパトカーがある方に連行された。



『よし、さっさとこいつを元の場所に帰すぞ!』

『『はっ!!』』



 罪状を読み上げた最高裁判長と犯罪者を勇敢に取り押さえている警察官達にスタジアム内外から拍手喝采が送られる中、麻袋を被さられた犯罪者は三人の警察官に取り押さえられながら横付けされているパトカーに強引に乗せられた。


 そんな様子を啞然として表情で見ていた俺は、隣で冷たい目を見ている時の神様に向かって、この世界の公開尋問を見て思ったことを聞いた。



「なぁ、これって公開尋問っていうより公開処刑じゃないのか?」

「どうやら、そうみたい。尋問っていうのは、罪を犯した人間から話を聞くのが当たり前らしいね」

「『らしい』じゃなくて、そうなんだよ。それに、最高裁判長の読み上げた罪状と判決って、この世界で定められている法律に則ったものなのか?」



 それにしてはあまりにも私情と偏見が入ったものだった気がするが。


 法律に則って決定されたもの到底思えない罪状と判決に顔を顰める俺に、無表情を張り付けた時の神様はそっと首を横に振った。



「いいや。犯罪者に言い渡されたものは、全てこの世界に住んでいる人間達の【民意】ってやつが大きく反映されたものだよ」

「それって……」



 冷たく突き放すように言われた真実に、俺は悔しさで顔を歪ませながら片手で拳を作った。


 それって、ただの公開私刑じゃねぇか。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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