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28日目 犯罪と私刑③

これは、とある男の旅路の記録である。

「着いたよ」



 俺とクロノスの空中散歩は、吹き抜けになっているスタジアム上空で終わりを告げた。

 足元にあるスタジアムの中には、クロノスの言う通り大勢の人達と無数のテレビ用カメラで埋め尽くされていた。



「うわ~、本当に集まっているな。犯罪者が捕まってからそんなに時間が経っていないのに、よくこんなに多くの人が集まったな」



 この世界に住人達、実は暇人が多いのか?


 そんなことを思いながら感嘆の息を漏らしていると、隣の神様は呆れたような溜息を漏らした。



「それに関しては僕も同意見だよ」

「えっ? クロノス、どうやって人が集まったのか分からなかったのか?」



 てっきり、時の神様特有のチート能力で把握しているものだと思ったのだが。


 時の神様らしくない発言に目を丸くしながら隣を見ると、お手上げといった感じで両手を小さく上げながら軽く肩を竦めた。



「残念だけど、僕の力を以てしても分からなかったよ。この時間軸を観察している部下達に聞いても僕と同じ答えだった」

「そうか……もしかすると、ガラケーやネットを使って広まったかもしれないな」



 特にネットは、デマ情報だろうが何だろうが手軽に欲しい情報が手に入る汎用性が高いツールだから、不特定多数に広めたい情報を瞬時に発信したり拡散したりするにはうってつけた。

 それも、その情報の世間的注目度が高ければ高いほど、その拡散力は計り知れないものになる。

 犯人が捕まってそんなに経っていないはずなのに、スタジアムに大勢の人達が集まったのも、ネットの恩恵があったのかもしれない。



「なるほど、ネットね。ちょっと待って」



 納得したような表情で頷いたクロノスが、考え込む素振りを見せると静かに目を閉じた。

 地上から響いてくる人々のざわめきが辺り一帯を支配する中、目を閉じていたクロノスが深く頷くと、そっと目を開けて俺の方を見た。



「うん、部下から聞いたんだけど……残念ながら、その可能性は低いって」

「えっ、そうなのか!? というか、今の今まで部下と話していたのか!?」



 神様のチート能力、恐ろしすぎる!


 クロノスの人智を超えた力を目の当たりにして啞然する俺に、クロノスは何の気なしの表情をしながら虚空に目を向けた。



「まぁ、部下の会話に集中したかったから目を閉じたけど、これくらいは普通に出来るよ」

「そっ、そうなんだな……それよりも、ネットで広まった可能性が低いってどういうことだ?」



 時の神様のチート能力も気になるが……それよりも、今はこの世界の情報拡散方法だ。

 ネットの線が低いっていうのは、ネット社会を謳歌していた俺からすればあまり信じられないことなんだが。


 思考を切り替えるように軽く頭を振って隣を見た俺に対し、虚空から視線を戻したクロノスは頭の後ろに両手を組んだ。



「うん。部下が言うには、この世界では律のいた世界に比べて【インターネット】ってものは遥かに()()()()()らしいよ」

「はぁ!? ここ、未来の世界だよな!?」



 そんなことがありえるのか!?


 インターネットそのものが衰退している事実を受け止めらない俺に、クロノスは態度を変えぬまま口を開いた。



「そうだね。何でも、あの世界の影響で廃れたらしいよ」

「あの世界……あっ」



 もしかして、あのことが関係しているのか?


 3日前に行った工場見学で聞いたことを思い出した俺を、クロノスは少しだけ口角を上げて僅かに瞳を輝かせながら上目遣いで覗き込んできた。



「律、何か心当たりがあるようだね?」

「あぁ、ついこの前の話なんだが……工場見学に行った時に、千尋さんとスマホのことについて話していたことがあったんだ」

「へぇ~、それでどんな会話だったの?」



 益々興味の目を輝かせるクロノスに小さく溜息をつきながら、あの時に会話の内容を大まかに教えた。



「俺が仕事でスマホを使っていることを言った時、それに驚いた千尋さんがこの世界でのスマホ事情を教えてくれたんだ」



 そう、あれは忘れもしない千尋さんとの何気ない会話だった。



『別にスマホが悪くとか、ガラケーが良いとか言っているわけでは無いんですよ。ただ、あのピンクのドームが突然現れてから、良からぬ噂が流れてきたんです』

『良からぬ噂、ですか?』

『はい。律さんは最近まで海外に住まわれていたからご存じ無いと思いますが、その噂って言うのが『ピンクのスタジアムを使っている悪魔は、人間が持っているスマホを使って我々人間を洗脳して自分達の配下にすることで、日本を侵略する』というものなんです』



「ピンクのスタジアム……それって、間違いなくあの世界のことだよね」

「あぁ、そうだな」



 俺と話を一通り聞いたクロノスがそっと横に目を向けた先には、ショッキングピンクの巨大ドームが悠然と鎮座していた。



「この世界では『突然現れた』ってことになっているが、『そのせいでスマホが廃れてガラケーが普及した』という点で、ネットが衰退した理由も、もしかしたら同じ理由だったのかもしれないかと思ったんだ」

「なるほど……」



 ピンクのドームから視線を戻したクロノスが、俺からほんの少しだけ離れると再び考える素振りをしながら目を閉じた。

 下から聞こえる喧騒が2人の間に訪れた沈黙をいとも容易く打ち破っている時、静かに目を開いたクロノスが何かを確信したような顔で俺を見た。



「部下に確認をとったら、その可能性は比較的高いって」

「やっぱり……だとしたら、ネットの次に拡散力があるとされているテレビかラジオなのか?」



 俺たちがこの時間軸に来た時、既に図書館の正門前にはテレビクルーらしき集団がいたし、ここに来た時も報道陣らしき人達が各々場所の確保をしていたから。


 そんなことを思っていたが、部下に確認を取る素振りをしなかったクロノスが小さく横に首を振った。



「いいや、それは無いと思うよ」

「えっ、どうして?」



 即答するクロノスに目を丸くすると、つまらなそうな顔をしたクロノスが徐に下にいる報道班らしき人達に目を向けた。



「彼らは、報道関係者でも何でもない人間達……所謂、住民達と同じタイミングで情報を掴んだからさ。むしろ、報道関係者の方がほんの少しだけ情報を掴むのが遅かったのかもしれない」

「ええっ!?」



 報道関係者より先に住民達が情報を掴んでいたのか!?……いや、よく考えてみろ。

 近所で起こったことだとしたら、報道マンよりも先に情報を掴んでいたとしても何も不思議なことじゃない。

 でも、あの時の人だかりは有名アーティストのゲリラライブと同じくらいだったと思うから、図書館周辺に建っていた一軒家やマンションの数から鑑みるに、あの場所に集まった人達全員が周辺住民とは考えにくい。


 図書館周辺の住宅数よりも図書館に集まった人達の方が圧倒的に多いことに首を傾げていると、視線を俺に戻したクロノスが何の気なしにこの世界の住人達の情報伝達能力を教えてくれた。



「ちなみに、この時間軸の警察が図書館に来たのと同じタイミングで大勢の人間達が図書館に集まったらしいよ。報道関係者が来たのはそれから少し後だね」

「えぇっ……」



 この世界の情報伝達能力、俺のいた世界より遥かに進んでいるな。ネットは衰退しているはずなのに。



「それに、犯罪者が捕まったと分かった途端、スタジアムには既に選ばれた人間達が来ていたしスタジアム周辺も大勢の人間達が集まっていたらしいよ」

「……なぁ、犯罪者が捕まったって情報はテレビやラジオで報道された後だよな?」

「いや、彼らがこの場所に来たのは報道される()だよ。あと、僕たちがここに来るまでに見た人間達は図書館前にいた人間達さ」

「…………テレビやラジオで報道される前に号外が出たとか?」

「その【号外】ってやつが、テレビやラジオで報道されるタイミングとほぼ同じに出されることは、同じ人間である律が一番知っているんじゃないかな」

「だよなぁ」



 大きく溜息をついた俺はその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。


 街頭で号外の新聞配っているところ、たまにニュースで見かけるから。


 元の世界のことを思い出して再び大きく溜息をつくとそっと頭を上げて虚空を見つめた。



「だとしたら、ガラケーを使って住民同士で情報を共有したとか?」

「それは……うん、可能性としてはあるかもしれないね」

「そうなのか!?」



 ようやく見つかったこの世界の伝達方法に胸が高鳴った俺は、僅かに口角を上げながらクロノスの方を見上げたが、顎に片手を添えていたクロノスがこちらを見ることなく深く頷いた。



「うん、確定ってわけじゃないけど」

「そうか……」



 スマホが衰退しているこの世界で、スマホと同じくらいの拡散力のあるとすればガラケーだと思ったんだが……


 クロノスの反応に高鳴った気持ちが一気に萎んでいった俺は、再び目の前に広がる虚空を見つめた。



「あとは、手紙・回覧・メモ書きってものがあるけど……どれも確たるものではないみたい」

「そうなんだな。もしかしたら、その全てが使われた可能性があるかもしれない」

「確かにそうかもしれないけれど……」


「「それにしたっては、不思議すぎる」」



 クロノスと俺が同じ結論に辿り着いたところで、俺は真下にある巨大スタジアムに目を向けた。


 神様ですら把握出来ないこの世界の情報伝達能力……本当、どうやって情報を拡散したんだ?



「もしかして、伝言……」



 って、そんなわけないか。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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