28日目 犯罪と私刑②
これは、とある男の旅路の記録である。
『ほら、大人しくしろ!』
『どうして、俺が捕まらないといけないんだよ!』
「律、僕たちも犯罪者の後を追うよ」
「……あぁ、分かった」
クロノスの好奇心でこの世界の警察に捕まった犯罪者を目の当たりし、茫然自失となっている俺の手を掴んだクロノスはそのまま軽々と引っ張り始めた。
あの世界で合コンに行った時と同じように、この時間軸の俺はまたこの神様の好奇心に乗せられて酷い目にあったのか。
パトカーで暴れているのであろう犯罪者の声を聞きながら、俺は先導してくれている時の神様に鋭い視線を向けた。
お前、あの世界の合コンに行った次の日、俺に謝ったじゃねぇか。あの時の言葉は、嘘だったのか?
俺が選挙演説に行った時に、どうしようもなくなった俺を助けてくれた後に言ってくれたお前の言葉は何だったんだよ!?
【反省】という言葉を知らないらしいクロノスに怒りがこみ上げたが、目の前にいる神様の特性を思い出し、何かを諦めたように呟いた。
「そう言えば、お前って人間のことが分からなかったんだったな」
「そうだね。僕は、人間のことは理解出来ないね」
そうだよ、お前はそういう奴だったよ。だから、同じ過ちにも気づかずに平気で俺のことをあんな目に遭わせることが出来るんだよ。俺のことなんて、何一つ考えないままな。
今更なことを思い出した俺は乾いた笑いを零しながら、空中散歩をしている神様を睨み続けていると、先導している神様がこちらを一瞥してそっと口を開いた。
「でもね、これだけは言っておくよ」
「何だよ?」
どうせろくでもないことだろう?
半ばふてくされた返事をした俺に、無表情でパトカーを追いかけている神様は興味の無さなげに今いる時間軸のことを端的に教えた。
「この時間軸では、僕と律はあの世界で合コンに行った次の日、どこにも行っていないんだ」
「えっ?」
それって、この時間軸の俺とクロノスは山に行ってないってことなのか?
思わぬ事実に目を丸くした俺を一切見ないクロノスは雑談をするような口調で今いる時間軸の詳細を話した。
「この時間軸の律って、あの世界で合コンに行った次の日は一日中部屋に引き籠って僕の返事にも一切応じなかったんだ」
「そうだったんだな……」
この時間軸の俺、そんなに綾のことを引きづっていたんだな。まぁ、気持ちは分からなくはないが。
「そして、この時間軸の僕は、合コンで見た律の表情と律が引き籠ってしまった状況に興味を持ち、『律をこの世界のあちこちを見せる』という目的を放棄して、定期的に律のいる寝室に声をかけつつ律がいつ部屋から出てくるのかゲームをしながら待っていたのさ。本当は、律のことを考えつつ目的を果たさないといけないのに」
「……つまり」
この時間軸のクロノスって……
俺の言葉に小さく頷いたクロノスは、無表情を一切崩さないままこの時間軸の自分の行動の結末を口に出した。
「この時間軸の僕は、目的より興味を優先させたのさ。全く、我ながら愚かだと思うよ。あまつさえ、この時間軸の僕は目的なんてものは忘れて……ってことはさすがにないけど、興味や好奇心を赴くままに律を利用した。律のことなんて考えずにね」
「…………」
自嘲気味に小さく微笑んだ時の神様は、そのまま俺の方に顔を向けた。
「だから、この時間軸の僕は律と一緒に森にハイキングに行ってないし、律に対してあの言葉も言っていなんだよ」
「あの言葉……」
『ごめん、律』
茜色に染められた広大な自然をバックに、たどたどしく謝罪の言葉と共に頭を下げたクロノスが脳裏に蘇り、噛み締めるようにそっと目を閉じた。
そうか、この時間軸のクロノスはあの言葉を言っていなかったのか。
そもそも、ラブホで絶望していた俺の顔を見て『あんな顔、見たくなかった』って思わなかったんだな。
脳裏に蘇った言葉をゆっくり自分の中に再び消化すると、そっと目を開いて小さく口角を上げているショタ神様に視線を合わせた。
「どうかな? 『これを言ったら、律の【誤解】ってやつが解けるから』って部下に言われて言ってみたんだけど」
「フッ」
『部下から言われたから言った』って何だよ、それ……でも、お前らしいな。
おどけたように笑う顔が困ったような顔に見えてしまった俺は、小さく噴き出すとそっと口角を上げた。
「そうだな。この時間軸のお前が今ここにいるお前と同一人物じゃないってことだけは分かった」
「それって、誤解が解けたってこと?」
「そう受け取ってくれ」
「分かった」
納得したように笑みを浮かべる俺に、安堵したような笑顔を見せた時の神様は、再び視線をパトカーに向けた。
そうだ。この時間軸にいるクロノスは、俺のことを思ってハイキングに連れ出した慈悲深いクロノスじゃない。
己の好奇心に負けて俺のことを考えてないまま色んなところに連れ出す身勝手なクロノスだ。
「律、そろそろ着くよ」
無表情に戻ったクロノスの視線がパトカーから遠くにある一点を移し、その視線を追って遠くの方に目を向けると、そこには俺のいた世界にもあったコンサートやスポーツに使われていそうな巨大スタジアムがあった。
「クロノス。『そろそろ着く』って、あの場所で合っているか?」
「うん、そうだよ」
行き先確認をしようとスタジアムがある方を指し示すと、こちらを振り返ったクロノスが示した方角に顔を動かして小さく頷いた。
やっぱり。でも、巨大スタジアムを使って何するんだ?
これから起こることが予想出来ず首を傾げる俺を一瞥したクロノスは、視線をパトカーに戻した。
「その様子だと、律はさっき聞いた人間の言葉を理解出来ていなかったみたいだね」
「さっきの言葉?」
さっき……って、犯罪者が捕まったあの時ことだよな?
でも、あの時は犯罪者として捕まった俺と泣き叫ぶ時司で意識が向いて、犯罪者と時司以外の奴の声も聞こえていたがよく覚えていない。
眉間に皺を寄せながら難しい顔をする俺を再びチラ見したクロノスが、大きく溜息をつくと上空からパトカーの行方を追ったまま口を開いた。
「律、よく思い出して。あの時、律の耳に飛び込んできた人間達の言葉の中に『公開尋問』って言葉が無かった?」
「公開尋問?……あっ!」
『これから、政府関係者と警察による公開尋問が始まるということで、私たちも、今から現場に急行したいと思います!』
そう言えば、リポーターのようなお姉さんがそんなことを言ってたな!
クロノスの言葉で思い出した俺だったが再び首を傾げた。
「でも、それと巨大スタジアムがどんな関係が?」
「言ったはずだよ、公開尋問だって」
「っ!?」
クロノスが言わんとすることを理解した俺は言葉を失った。
まさか、そんなことが……
「なぁ、まさか今から?」
「そう、そのまさかさ。まぁ、巨大スタジアムには【収容人数】ってやつがあるから、この世界にいる全員が巨大スタジアムに行けるわけじゃないけどね。というか、巨大スタジアムに入れるのは、選ばれた人間達だけだから」
「選ばれた人?」
再び首を傾げている俺に、小さく溜息を吐いたクロノスは酷くつまんないといった表情で口を開いた。
「そう。今から僕たちが向かう巨大スタジアムには、犯罪者の逮捕を手伝ってくれた人間達、総理大臣をはじめとする政府関係者、犯罪者を連行している警察関係、公開尋問の模様を多くの国民に広める役割を持つ報道関係者、この世界に多大な貢献をしている権力者達、あとはその人達が認めた人間達が入れるんだ」
なるほど、つまりこの国を動かしている人達と秩序を守っている人達が巨大スタジアムの中に入れるってわけか。
全く、未来に行ってもこういうところは変わらないんだな。
「ちなみに、そのスタジアムって収容人数ってどのくらいなんだ?」
「えっとね……ざっと、5万人くらいだったはずだよ」
それって、俺のいた世界でもトップクラスを誇るスタジアムじゃねぇよな!?
国内最大級の収容人数を誇る巨大スタジアムに啞然としている俺に、特に気にも留めなかったクロノスはそのまま話を続けた。
「それに、スタジアムに入れなくても大勢の人間達がスタジアムの周りを取り囲むように集まっているよ。まぁ、そんな人間達の為にスタジアムの周りには【巨大モニター】って呼ばれるものがスタジアムの周りに設置されているみたいだしね。本当、人間ってどうしてこんな無駄なことに全力になるのかな。僕にはさっぱり分からないよ」
小馬鹿にしたように笑うクロノスから真下に視線を向けると、沿道を埋め尽くす大勢の人達がスタジアムに向かって歩いていた。
うわぁ、テレビで生中継される公開尋問を直接見ようと大勢の人達が足を運んでいる。
歩道を埋め尽くすようにスタジアムの方に歩いて行く大勢の人達に驚きつつ、視線を先導してくれている神様に戻した。
「なぁ、確認だがこの人達全員がスタジアムに入るわけじゃないだよな?」
「そうだよ。選ばれた人間達は既にスタジアムの中に入っているはずだから、僕たちの下を歩いている人間達は、スタジアムの周りにあるモニターで見るはずだよ」
「そうなんだな……って、もう中に入っているのか!?」
「うん。それも、既に選ばれた人間達は揃っているはずだよ」
席に埋まっているのかよ!? たかが公開尋問にどれだけ力を入れているんだよ!
裏切者に対する力の入れように呆れていると、クロノスが呆れたような溜息を漏らした。
「さっき僕たちの下にいる人間が言ってたけど、この世界にとって初めての『裏切者』らしいから、大半の人間は興味本位で集まっているじゃないかな」
「そんなこと言ってたな」
ということは、この世界の犯罪者は差し詰め珍獣扱いってことか……平和だな、この世界。
そんな呑気なことを思いつつ地上に視線を落とすと、ふとスタジアムに向かっている途中で信号待ちをしていて空を見上げていた人と目が合った気がした。
あれっ? 今俺、目が合った?
嫌な悪寒が走った俺は、目の前にいる時の神様に何の気なしを装って聞いた。
「なぁ、クロノス。この時間軸の人達に俺たちのことは見えていないんだよな?」
「うん。時の神様である僕の力で見えないようにしているし……そもそも、僕たちはこの時間軸の住人じゃないから彼らが僕たちは見ることなんて不可能だよ」
「そう、だよな……」
だったら、今のって気のせいだったのか?
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




