27日目 表現と影響④
これは、とある男の旅路の記録である。
そんなガキの頃のことを思い出しながら答えた途端、大樹さんの表情が険しいものに変わった。
「ちなみに、律さんにとって『過激な表現』とは?」
「それは……」
大樹さんからの思わぬ問いかけに、思わず難しい顔をしながら口を閉ざした。
『ベッドシーンとかグロテスクなシーンのことですね』って言えたらどれだけ良いのだろうか……まぁ、お子様達が一緒にいる部屋でそんなことが言えるはずが無いけどな。
というか、千尋さんも大樹さんもいい年した大人なんだから、わざわざ口にしなくても分かるだろうが!
内心で憤慨しつつも当たり障りの無い答えが探していると、元の世界では良い指標になったものを思い出した。
「年齢制限のある、ものですかね」
「年齢制限ですか?」
「はい。こちらでも、その制度は生きていますよね?」
というか、生きていないとこの国の情操教育が終わっているってことだから、それだけは勘弁してくれよ!
『俺が外国で暮らして、ここに来たばかり』という設定を利用して伺うようにこの世界のことを聞くと、目の前の若夫婦は一瞬目を見張って互いを一瞥した後、バツの悪そうな顔をした大樹さんが言いづらそうに口を開いた。
「まぁ、そうですけど……あんなの、あてにならないですよ」
「えっ?」
年齢制限があてならないって……まさか、あの世界と同じでこの世界でも年齢制限というものは形骸化しているのか!?
人の意思を何よりも尊重したあの世界のことを思い出して内心動揺していると、大樹さんと同じよう表情をしていた千尋さんが夫の発言に補足を入れた。
「あの、律さんと時司君がいた場所ではどうだったかは存じ上げませんが、ここでは年齢制限を宛てにする人なんて全くいませんよ」
全くいない? それってつまり……
千尋さんの言葉でこの世界とあの世界の共通点を見出した俺は、確認するように恐る恐るといった体で聞いた。
「それってつまり、ここの人達にとって年齢制限ってものは、形骸化したものだと認識しているってことでしょうか?」
「「形骸化はさせていません!!」」
目の前の2人が仲良く椅子から立ち上がるのと同時に鬼気迫る声で揃って俺の言葉を反論し、そんな2人に圧倒された俺は反射的に後仰け反った。
どうやら、俺は失言をしてしまったらしい。
「パパ~、どうしたの?」
強烈な態度に動悸が収まらないまま顔だけ振り返ると、そこにはビデオ画面を止めて不思議そうな顔をした3人がこちらを見ていた。
そんな3人に向かって、俺はぎこちない笑みを浮かべて安心させた。
「なっ、何でもないぞ。ごめんな、観ている邪魔をして」
「ううん、それよりも蓮君と紬ちゃんにお菓子あげてもいい?」
大人達のやり取りを特に気にしていなかったらしい時司は、首を横に振ると両サイドに座っているお友達に家にあるお菓子をあげていいか聞いてきた。
恐らく、クロノスは今の俺たちのやり取りを気にしているのだろうが……すまん、後で話すからそこにいるお子ちゃま達の世話をしていてくれ。
心の中でショタ神様に謝罪すると、可愛らしく上目遣いをしながらおねだりをする時司に営業スマイルで答えた。
「あぁ、良いぞ。この前のお菓子がまだ残っていると思うから、出来ればそれを出してくれないか?」
「それって、蓮君と紬ちゃんが来た時にあげたお菓子のこと?」
「そうだ」
軽く頷くと、俺と時司の茶番劇を聞いていた小さなお客様達の目が輝きだした。
「時司君。あのお菓子残ってるの!?」
「うん、二人とも好きだよね?」
「もちろんよ!」
「じゃあ、持ってくるから2人はここで待って……」
「「一緒に行く~~!!」」
仲睦まじく我が家のキッチンに向かった子ども達を見届けると、視線を2人に戻して深々と頭を下げた。
「すみません、完全に言い過ぎました」
「そうですね、『形骸化』は言い過ぎです」
「そうだな、形骸化なんてまるでアイツらみたいだから」
アイツら? 誰のことだ?
苦々しく言った大樹さんに引っ掛かりを覚えた俺は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「あの、『アイツら』というのは?」
恐る恐るといった体でゆっくりと頭を上げると、親の仇を見るような目で俺のことを見ていた若夫婦が声を揃えて『アイツら』の正体を教えてくれた。
「「裏切者のことですよ」」
「っ!?」
聞き覚えのある蔑みの言葉に心臓が掴まれたような気持になった俺は、それを表情に出さまいと再び頭を下げた。
裏切者……この世界に住人達にとっては忌むべき存在にして害悪でしかない人間。まさか、『形骸化』という言葉でそこに直結するとは思わなかった。
一応、俺もこの世界の住人達から裏切者って疑われているみたいだから気を付けないと。
そんなことを考えつつ、俺は2人に向かって再度謝罪の言葉を口にした。
「重ね重ねすみませんでした。そこまで配慮が及ばず」
深々と頭を下げている俺に2人は大きく溜息をつくと、力が抜けたかのように大人しく席に座った。
「まぁ、律さんと時司君は最近こちらに来たから知らなくても仕方ありませんもんね」
「そうだな。でも、次は無いと思っておいた方がいいですよ」
「はい、肝に銘じておきます」
冷気を滲ませている大樹さんの言葉に、俺は深々と下げていた頭を少しだけおろした。
『次は無い』か……この世界は、本当に未来の世界なのか?
「話を戻しますが、年齢制限があるにも関わらず、どうしてあてにしていないのですか?」
取り乱した気持ちを一旦落ち着つけようと、空になった3つのマグカップに再びコーヒーを注いだ俺は、3人で仲良く一息ついたタイミングで話を戻すと大樹さんが大きく溜息をついた。
「そもそもなんですけど、ここに住んでいる人達って全員年齢制限ってものをはなから信じていないんです」
「信じていないんですか?」
年齢制限ってものがあるのに信じていない。それは、この世界での年齢制限が俺のいた世界より粗悪なものだからなのだろうか?
それだったら、信じたくない気持ちは分からんでもないが。
「はい。年齢制限って、メーカーや偉いところが決めたものですよね。でも、実際にそれによって決められたおもちゃやゲームって全て年齢に相応しいものじゃないんですよ」
「そうなんですか!?」
「そうなんです。だから、ここに住んでいる人達はそんなものを信じていませんしあてになんてしていないんです」
この世界の年齢制限、どうなっているんだ!?
思わぬ事実に驚くと同時にどこぞのショタ神様と同じようにこの世界の年齢制限に興味が湧いた俺は、少しだけ上目遣いで若夫婦を交互にみておねだりをした。
「もし、よろしければ……ここでの年齢制限の指標みたいなものを見せてもらっても良いですか?」
「良いですよ。ママ、悪いけどおもちゃの方を出して」
「分かった」
申し訳なさそうにお願いすると、大樹さんと千尋さんはあっさりと了承した。
そして、夫婦仲良くポケットからガラケーを取り出して暫く操作していると、俺の目の前に2つのガラケーの画面が差し出された。
「これがゲームの方の年齢制限。うわっ、何度見ても相変わらず酷い基準だな」
「こっちは、おもちゃの方よ。本当、どうして今でもこんな基準があるんでしょうね」
「これが……っ!?」
これが、この世界の年齢制限の基準……!?
不愉快極まりないといった顔で見せて貰ったこの世界の基準に俺は顔を強張らせながら言葉を失った。
「これって……」
もしかしなくても、これは……
2つの画面に映し出されたこの世界の年齢制限の基準は、俺がいた世界で広く使われていた年齢制限の基準だった。
「「律さん??」」
映し出されたものに絶句している俺を夫婦は揃って怪訝な顔を見ていた。だが、そんな2人の表情を気にする余裕を失っていた俺は、ガラケーの画面から若夫婦に目を移すと、切羽詰まったように再びおねだりをした。
「すみません! よろしければ、お借りしても良いですか!? 決してこの画面以外には動かさないので!」
「えっ、えぇ……そういうことなら、ねぇ」
「あぁ、良いですよ」
俺の豹変ぶりに戸惑いつつもガラケーを差し出す2人からもぎ取るように受け取ると、まじまじと2つの画面を見比べた。
嘘だろ、これって俺のいた世界で使われていた基準じゃねぇか!
未来の世界でも使われていたことも驚きだが、これがこの世界では信じていないっていうのがもっと驚きだ!
『年齢制限の基準が信じられない』って言ってたから、てっきり俺のいた世界より粗悪なものが使われていると思っていたが……
元の世界で見慣れた年齢制限の基準に大きく溜息をつくと、両手に持っていたガラケーをそっと持ち主に返した。
「すみません、思わず取り乱してしまいました。お2人とも、貸していだだきありがとうございます」
「それは良いんですけど……律さん、大丈夫?」
「えっ?」
「そうですよ。これを見せた途端、律さんの顔が真っ青になって驚きました」
そうか、あの時の俺、そんな顔をしているのか。動揺しすぎてそこまで頭が回らなかった。
心配そうに俺のことを見ている若夫婦に目を合わせると、本日何度目かの謝罪の言葉を口にした。
「すみません、あまりのことに驚いてしまい」
少し俯きながら見せてもらった時の心情を吐露すると、少しだけ首を傾げた大樹さんが恐る恐るといったように聞いてきた。
「もしかして、海外に住んでいた頃に使われていた基準だったんですか?」
「まぁ、そうですね……」
正確には、元の世界で使われていたものですが。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




