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27日目 表現と影響③

これは、とある男の旅路の記録である。

「そう、なんですか?」



 まさか、このアニメがこの世界で放送されていたとは……


 ガキの頃に観ていたアニメがこの世界ではつい最近に放送されていた事実に言葉を失っている俺と、ふと脳裏にとある言葉が浮かんだ。


 そうか、そういうことなら……


 1人納得している俺のことを懐疑的な目で見てくる2人に、俺は営業スマイルを崩さずに問いかけた。



「もしかして、このアニメってつい最近再放送されていたのですか?」



 もし、そういうことなら納得がいく。俺がいた世界でも昔のアニメが再放送されることなんてよくあったからな。


 腑に落ちた答えを含んだ問いかけで、俺は目の前の2人は納得したように首を縦に振ってくれるはずだと思っていた……が、目の前の2人はそんな俺の思いを見事に裏切るように仲良く難しい顔をしながら首を横に振った。



「いいえ、再放送ではありませんよ」

「そうそう。このアニメ、つい最近まで新作として放送されていました」

「えっ……」



 だって、このアニメ俺がガキの頃に観ていたアニメで……


 若夫婦の言葉に啞然としていると、テレビの方から間延びした偽息子の声が聞こえてきた。



「あれっ? パパ、知らなかったの?……あっ!」

「どうした、時司?」



 何かを思い出した時司の方にゆっくりと顔を向けると、テレビから顔を外した時司と目が合った。



「そう言えば、このビデオ買った時に『お酒飲み過ぎて調子に乗って買うものじゃありません!』ってパパがママに怒られていたね」



 俺が架空の奥さんに怒られた? そんなこと、あるわけ……あっ。


 時司の口角が微妙に上がったことに気づいた俺は、時の神様がついた嘘に合わせるように思い出したかのようなリアクションをとった。



「あれか! パパが酔っ払いすぎて買ったものがこれだったのか!?」

「そうだよ。パパ、ママに怒られたことだけ覚えていて、何で怒られたのかは覚えていなかったんだ」

「そうだったのか……てっきり、去年のクリスマスプレゼントか今年の誕生日プレゼントで送ったものかと思った」

「違うよ。去年のクリスマスプレゼントも今年の誕生日プレゼントも、どっちも僕がずっと前から欲しかったボードゲームだったよ」

「そうだった」



 酷く落ち込んだフリをして2人の様子を盗み見ると、夫婦揃って不快感を滲ませつつも納得したよう顔で俺と時司のことを見ていた。


 良かった。この世界での俺の評価が少しだけ下がったかもしれないが、俺が別の世界から来た人間であることがバレずにすんだようだ。ありがとう、時司(クロノス)



「誠実そうな律さんでも、飲み過ぎとそんな無茶をするんですね」



 あからさまに嫌悪感を示している千尋さんに少しだけ心を痛めながらも、顔を上げて申し訳なさそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。



「そう、みたいですね。どうやら、その日は酷く酔っぱらっていたらしくて……正直、あまりよく覚えてはいないのですよ」

「そうだったんですね。あの、こんなことを言うのは大変烏滸がましいとは思いますが……お酒は程々にされて下さいね」

「はい、妻にもそう言われました」



 久しぶりに大人に本気の同情をされて少しだけ気持ちが落ち込んだのは、ここだけの話とする。





「それじゃあ、この棚にある本達も酔っ払った勢いで買ったんですか? どれもここ5年以内に発売されたものだけが並べられていますけど」



 そう言って椅子から立ち上がった大樹さんは、近くにあった本棚の前に立って収納されている本達を(いぶか)しげに見始めた。


 というか、その本達もこの世界では随分と最近に出たのか。この家族が帰ったら、クロノスに確かめないと。


 そんなことを考えながら大樹さんの隣に立つと、先程ついた噓を基にでっち上げた話を聞かせた。



「それは、私が細々と集めていたものですね。なぜか時司が気に入ってしまって、こちらに来るときに一緒に持って来たんです」



 本当は神様の有能な部下の皆様が用意してくれた物をさも自分が持ってきたような口調で言うと、目を輝かせた大樹さんが本棚から俺に視線を移した。



「そうでしたか! 実は、俺も少ないお小遣いで集めているんです……あっ、このシリーズも持っているんですか! 俺もこれ好きで持っているんです!」

「そうだったんですね! 私、このシリーズには一目惚れしてしまって、それからずっと集めているんです」

「分かります! 俺も一巻表紙のキャラに惹かれて手を取ってからずっと好きで集めているんで!」

「ということは、大樹さんの好きキャラはその子なのですか!?」

「いえ、実は中盤に出てくるキャラで……あっ、この子です! この表紙のキャラの子! この子のエピソードが大好きで!」

「分かります。良いですよね! ちなみに、私の好きなキャラはこの子なんですけど……」

「あぁ、良いですねそのキャラ! もしかして、このキャラの活躍シーンに惹かれたんですか?」

「その通りです!」



 未来の世界で同士を見つけた俺は、思わず取り繕うことを忘れて大樹さんと本を片手にヲタク談議に花を咲かせていると、後ろから酷くつまらなそうな声が聞こえてきた。



「私、このアニメ正直好きじゃないんですよね」





「えっ、そうなんですか?」



 酷く冷めた声に驚いて振り返ると、マグカップ片手にとても恨めしそうな顔をした千尋さんが、ヲタク談議に花を咲かせている俺と大樹さんに見向きもせず、テレビに向かって声援を送っている子ども達のことを見ていた。

 すると、本を熱く語っていた大樹さんが急に気まずそうな顔をした。



「あぁ、それに関しては……俺も同意だな」

「えっ!?」



 妻の言葉に同意する大樹さんに啞然としつつも裏切られた気持ちになった。


 そう、なのか……俺がガキの頃、おふくろや親父はアニメに大はしゃぎしている息子2人を止めなかったし、今だって子ども達が喜んでいるから良いと思ったんだが。

 でも、もしかすると千尋さん自身がアニメをあまり好きじゃないのかもしれない。大樹さんも千尋さんの言葉に何だか難しいそうな課をしていたし


 2人の反応に内心落ち込みつつ、俺と大樹さんは大人しく席に戻るとマグカップを静かに置いた千尋さんが大きく溜息をついた。



「まぁ、うちの子ども達が大好きで観ているものなので別に良いんですけど……その、子どもに悪影響が出ないか心配なんです」

「悪影響、ですか?」



 そう言われてテレビの方に視線を向けると、画面の中では丁度ヒーローがカッコ良く悪役怪人と対立しているところだった。


 もしかして、千尋さんは子ども向けるアニメではよくある誇張された勧善懲悪が子ども達に影響しないか心配しているのか?

 確かに、子ども達が大好きヒーローや悪役怪人の真似をして周りの人達に尊大な態度をとってしまうことがあるが……


 そんなことを考えていると、テレビから視線を外した千尋さんが心配を滲ませたような顔で少しだけ俯いた。



「はい、言葉遣いが移らないか心配で」

「えっ?」



 そっちですか!? まぁ、確かにそういう側面で心配する気持ちは分かりますが……


 思っていた心配事とは違った心配をしていた彼女に驚いて視線を戻すと、マグカップの中身を飲み終えた千尋さんが俺の顔を見て切実に訴えてきた。



「だって、つい最近『怪人のものまねだ~!』って言って、蓮が紬に向かって『クソ』とか『てめぇ』って言葉を使っていたんですよ! 今だって、怪人さんが『クソッ!』って言ってましたし……こうして、私が知らないところで悪い言葉を覚えていってしまう子どものことが心配で心配で……この前も、近所に住むお母さん達とその話で持ちきりになって」

「そっ、そうだったんですね……」



 悲壮感漂う千尋さんを見て同情するように頷くと、ふと元の世界で偶然見かけたニュースのことを思い出した。


 そう言えば、『怪人が言った言葉を子どもが意味も知らずにそのまま使っていることが、子どもの成長を考える親にとって悩みの種だ』ってニュースで聞いたことがあるなぁ。

 まぁ、子ども達は『ヒーローや悪役怪人が使っているから使う』って至極単純な理由で使っているみたいだから、決して故意的に使ってるとは思っていないんだが……、言葉の意味を知っている親からすればたまったもんじゃないよな。

 特に、自分の子どもが周りの人達に使った時の反応が……


 千尋さんの言葉を聞いてそんなことを考えていると、神妙な面持ちの大樹さんが恐る恐る聞いてきた。



「律さんは、時司君にアニメを見せる時に考えなかったんですか?」



 大樹さんからの問いかけに、俺は考える素振りをしながら思考を巡らせた。


 考えたことも何も……このアニメ、俺がガキの頃に観てたアニメだから時司が観ても大丈夫だと思うんだが。

 それに、こいつの中身って神様だから特に気にしていなかった。あの世界にいた頃も俺と一緒にゾンビゲーしていたから。


 そんな特殊すぎる理由が言えるわけでもなく、俺の答えを待つ若夫婦に当たり障りのないことを口にした。



「まぁ、過激な表現のものはさすがに止めますが……今、時司達が楽しそうに観ているアニメも作品自体は過激な表現は一切出てきませんので、時司のような子どもが観ても問題無いかと思います。言葉遣いに関しては、その都度親である私がきちんと言います」



 俺がガキの頃も、言葉遣いに関してはある程度の年齢になるまではおふくろからよく注意されていた。

 だが、アニメを観ること自体はよっぽどのことが無い限り両親から止められることが無かった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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