27日目 表現と影響②
これは、とある男の旅路の記録である。
懐かしいなぁ。俺、このアニメ大好きで、休みの日はよく弟と一緒に朝から晩まで観てなぁ……って、どうしてビデオ? ここ、未来の世界だよな?
時司が持っているものを見て懐かしく思いつつも、未来の世界では廃れていてもおかしくない代物に小首を傾げていると、自信満々に掲げていた時司が俺の顔を見て不安を滲ませるような顔で伺うように口を開いた。
「パパ、だめ?」
ハッ! こんな可愛いおねだりがダメなわけがないだろうが!
潤んだ目で上目遣いをしながらおねだりをする偽息子に我に返った俺は、慌てて営業スマイルを張り付けた。
「あっ、あぁ……良いよ」
「わ~い! やった~!」
「時司君、早く観よう!」
「そうよ! 早く! 早く!」
「うん!!」
慣れた手つきでテレビ台の下に設置されているビデオデッキにセットしている時司を釈然としない気持ちで見ている俺に対し、隣に立っていた大樹さんと千尋さんは子ども達の様子を微笑ましい気持ちで見ていた。
『我が正義を以て、悪を滅する!』
『クソッ、どうしてお前のようなやつに!』
「いっけぇ~! エフティマン!!」
「ちょっと、蓮! うるさい!」
「フフッ!」
画面の中で大立ち回りを繰り広げるヒーローに興奮する蓮君、鬱陶しく思いながら蓮君を注意する紬ちゃん、そんな2人を見て楽しそうに笑っている時司。
何だか、ガキの頃の俺を思い出すな。よく、友達を家に連れてきて、こうしてリビングのテレビを貸し切って友達と仲良くアニメを観たりゲームをしたりしていたなぁ。
子ども達3人の賑やかな様子を見て懐かしく思いながら、キッチンから大人3人分のコーヒーを持って出た。
「はい、どうぞ。テーブルの上にある砂糖とミルクはご自由に使って下さい」
「まぁ、律さん! お気遣いどうも!」
「いえいえ、大樹さんもどうぞ」
「これはどうも。突然の訪問で申し訳ありません」
「良いんですよ。これくらい、大したことではありませんし、時司も2人のお子さんが来ることを楽しみにしていたと思いますから」
俺とクロノスがいつも座っている椅子に座っている夫婦にこやかな愛想笑いを浮かべながら2人にコーヒーを差し出すと、そのまま来客用に出してくれたであろう椅子に座った。
俺が玄関に出て大樹さん一家の応対している間、時司が気を利かせて2人用のダイニングテーブルに来客用の椅子を用意してくれた。
まぁ、これもクロノスの部下の皆様が用意してくれたものだと思うけどな。
「パパ~、何か言った~?」
そんなことを思っていると、自分の名前が呼ばれたと勘違いした時司が顔だけこちらに向けた。
不思議な顔をしている彼に、俺は小さく笑みを零しながら軽く首を横に振った。
「何でもないよ。それより、そろそろ喉が渇いていないか? 渇いているなら準備するから」
「あっ、パパ! それは僕が準備する!」
「えっ、良いのか?」
ソファーの背もたれから身を乗り出しながら立候補する偽息子に驚いていると、さっきまでテレビに夢中だった彼が、満々の笑みを浮かべながら力強く頷いた。
「うん! だからパパは、蓮君と紬ちゃんのパパとママとお話しててね!」
任せてと言わんばかりに目を輝かせる時司に、俺は再び小さく笑みを浮かべた。
「分かった。それじゃあ、気を付けるんだぞ」
「うん!! 蓮君、紬ちゃん、ちょっとだけ待っててね」
「あっ、僕も手伝う!」
「私も!」
「2人とも……ありがとう!!」
リモコンを使って画面を一時停止した時司は、蓮君や紬ちゃんと共にソファーから降りてキッチンに向かい、慣れた手付きでコップに3人分のジュースを注いだ。
そして、1人1つずつコップを持った3人は、ソファーに戻ってビデオの続きを見始めた。
そんな子ども達の様子を俺たち保護者達は穏やかな気持ちで見ていた。
「子ども達、楽しそうね」
「そうだな。ところで、このアニメは律さんが持って来たものなんですか?」
子ども達から目を離して首を傾げながら聞いてきた大樹さんに、俺は営業スマイルを維持したまま頷いた。
「はい。海外に住んでいた頃に買ったもので、時司が好んで観ていたのは知っていましたから」
「それじゃあ、テレビの両脇に置いてある縦長の棚の中にあるビデオや漫画も全て律さんの私物?」
ダイニングテーブルから見える大きな棚を一瞥した千尋さんに対して、同じように棚を一瞥した俺は彼女に向かって軽く頷いた。
「まぁ、そうですね。長期滞在になることは分かっていたので、少しでも子どもの寂しさを紛らわせようと」
「そうだったんですか。こんな大量になると持ってくるのも一苦労だったのでは?」
「アハハ……そうですね。妻には『多すぎ!』って怒られてしまいました」
まぁ、正確にはクロノスの部下の皆様が用意してもらったものなんだけどな。
照れくさそうに笑いながら視線を再び棚に移すと、テレビの両脇に1つずつ置かれた縦長の大きな棚の中には、俺が昔好んで観ていたり読んだりしていたアニメやマンガが綺麗に収められていた。
よく見たら、棚に入っているものって、全部俺がガキの頃に観ていたり読んでいたりしていたものじゃねぇか。
クロノスお前、まさかこんなものまで部下達と一緒に用意していたのか?
クロノスとその部下の皆様の用意周到さに内心呆れつつ視線をダイニングテーブルに戻してコーヒーを一口飲むと、ブラックコーヒー派の俺にとって甘々のカフェオレを作って飲んでいた千尋さんが徐に口を開いた。
「それでは、一昨日お邪魔した時に時司君の部屋にあったゲームもなんですね?」
一昨日遊んでいた……あぁ、時司が蓮君と紬ちゃんを引き付ける為に遊んでいたやつか。
俺も一瞬しか見ていないからどんなゲームがあったか分からないが、恐らくあれも彼らが用意していたやつだろう。
使われていない綺麗な空き部屋で3人が遊んでいたことを思い出した俺は、今から話すことが嘘だとバレないように口角を上げながら咄嗟に作り上げた話を2人に話した。
「あれは、ここに来る前に時司が『どうしても持って行きたい!』と駄々をこねて仕方なく持って来たものなんですよ。まぁ、それで息子の寂しさが紛れるのならそれに越したことではないんですが」
「「へぇ~」」
良かった、何とか信じてくれたみたいだ。
張りぼての話を信じてくれた2人に内心安堵してると、千尋さんが続けざまに聞いてきた。
「ちなみに、あれを買ってあげたのは律さんなのですか?」
「そうですね。とは言っても、お誕生日やクリスマスの時にしかおもちゃやゲームは買ってあげないんですけどね」
「そうなんですか!? てっきり、時司君が『欲しい!』って言ったら買っているものかと思っていました!」
「アハハ、そうしたら妻の雷が落ちてしまいます」
コップを置いて信じられないような目を向ける若夫婦に、俺は乾いた愛想笑いを浮かべた。
実際、俺がガキの頃は両親から【お小遣い】なんてものは貰ったことは無かったし、自分が欲しいと思った物は、全て農家をやっていた母方の祖父祖母からバイト代として貰ったお小遣いかお年玉から買っていたから。
まぁ、そのお陰で俺は早いうちからお金の大切さを学べたんだけどな。
遥か昔のことを思い出して懐かしんでいると、今度はミルクだけ入れたコーヒーを飲んでいた大樹さんが口を開いた。
「そうなんですね。それにしても、律さんってこういうのが好きなんですか?」
「はい。今の時司と同じ頃に観ていましたから」
「「えっ??」」
「えっ?」
頭を掻きながら照れくさそうな作り笑いを浮かべながら言った俺に、目の前に座っていた夫婦が一瞬顔を見合わせると、そのまま言葉を失ったような顔でゆっくりと俺のことを凝視した。
あれっ、このアニメって俺がガキの頃に観ていたものだよな? だとしたら、俺の言ったことに驚くことなんてないはずだが……
自分が思っていたリアクションと違う表情をする2人に困惑していると、あからさまに戸惑っている千尋さんが、俺に時司達が観ているアニメのことを教えてくれた。
「律さん、つい最近まで海外にいらっしゃったから知らなかったのかもしれませんが、このアニメ……実は、1年前に放送されたアニメなんですよ」
「えっ?」
このアニメ、つい最近まで放送されていたのか!?
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




