27日目 表現と影響①
これは、とある男の旅路の記録である。
「ううっ……おはよう」
「おはよう、律。今日は随分と遅い時間に起きてきたね」
「あぁ、何せ帰って来たのが朝5時だったからな」
昨夜……正確には今日の明け方まで俺は、調子に乗った上司の音頭で他の社員達と共に全員参加の二次会・三次会を梯子した。
その結果、俺が帰宅した時には空の色が少しだけ明るくなっていたのだ。
ううっ、久しぶりに無茶したなぁ。
半分フラフラな状態で帰宅した俺は、着ていたものを全て脱衣所で脱ぐと、そのまま寝室のベッドにダイブして深い眠りに落ちた。
チクショウ、この世界に来てから何だかんだ酒を飲んでいなかったせいで、元の世界にいた頃なら何ともないはずの酒量が今の俺には悪影響しか及ぼさなかったな。
日が高くなった頃に起きた俺は、パジャマに着替えて洗面所で冷たい水を顔から浴びて、眠気が取れた状態でリビングに入ると、頭を押さえながらダイニングテーブルに備え付けられている椅子に座った。
「律、どうしたの? 体に何かあった?」
痛む頭を押さえながら鋭くなってしまった目つきで隣を見ると、金髪碧眼の美少年が困ったような顔で俺のことを見ていた。
「あぁ、クロノス。どうやら【二日酔い】ってやつでな。久しぶりの飲酒で体が不調を起こしたんだ」
「へぇ~、これが二日酔いなんだね」
感心したように頷きながら俺の顔を覗き込んだクロノスは、酷い顔をしている俺をじっくり観察した後、そそくさとキッチンに入ると物音を立てながら何かをしていた。
あいつ、俺の顔をじっと見た後、何か思い付いたような顔をしてキッチンに向かったが……
二日酔い特有の激しい痛みと戦いながらそんなことを思っていると、キッチンから出てきたクロノスがお盆にお椀を乗せて俺のところに持ってきた。
「律、『二日酔いに効く』って部下が用意してくれたシジミのお味噌汁を持って来たよ。飲める?」
「あぁ、ありがとう」
小さく笑み浮かべながらショタ神様が用意してくれたものをありがたく受け取ると、湯気が立つお椀の中身をゆっくりと体の中に流し込んだ。
クロノスの部下の皆様には感謝しかないとな。もちろん、これを二日酔いに聞くと知って俺のところに持ってきてくれた神様にも。
「どう? 少しは良くなった?」
「あぁ、少しは良くなった。ありがとう、クロノス」
俺がしじみのお味噌汁を飲んでいる間、再びキッチンを行き来したクロノスはコンビニで買ってきたであろう納豆巻きと少しだけ甘いカフェオレを用意してくれた。
これも、クロノスと部下の皆様が用意してくれたものだろう。
何だが、この世界に来てからクロノスと彼の部下達にはお世話になりっぱなしだな。
神様とその部下達が用意してくれた朝飯兼昼食を感謝しながら完食し、それをクロノスが片付け終えると、キッチンから出てきたクロノスがエプロンを外しながら再び俺の顔を覗き込んできた。
「うん、さっきに比べて今の方が僕の知っている律に近いね」
「お前の知っている俺って何だよ?」
「えっ、僕の知っている律って……」
ピ~ンポ~ン!
少しだけ元気を取り戻した俺にクロノスが小首を傾げた瞬間、すっかり聞き慣れてしまった呼び鈴が聞えてきて、俺とクロノスは揃って玄関の方を見た。
「来客か? 何だか、この世界に来てから俺たちが住処にしている家に来る人が多くなったな」
「まぁ、あちらの世界では人間が人間と会うことを拒んでいたからね」
「そう言えば、そうだったな」
何せ、住人達全員が引きこもりという奇特な世界だったからな。
クロノスと一緒にあの世界のことを少しだけ懐かしんでいると、再び呼び鈴が鳴らされた。
ピ~ンポ~ン!
「律、もしかすると家に招くことがあるかもしれないけど今のままで大丈夫?」
「あっ……」
クロノスに指摘され、慌てて自分が来ている服を確認した。
マズイ! パジャマ姿のまま来客を迎えるのはさすがに勘弁してもらいたい!
「クロノス、すまないが玄関から出て、来客に『後で俺が出迎えること』を伝えて、玄関先で待っててもらうようにお願いしてきてくれないか? その間に急いで着替えてくるから!」
「分かった」
一昨日見た神業で金髪碧眼から黒目黒髪になった時司が元気よく玄関の方に駆け出していくのと同時に、急いで寝室に戻った俺はいつもの場所に置いている私服に手を伸ばした。
「すみません! お待たせいたしました!」
「いいえ! こちらこそ、突然押しかけてしまいすみません!」
いそいそと来客準備をしている時司を横目で確認し、慌てて玄関のドア開けると、そこには大樹さん一家が玄関先で待っていてくれた。
「「時司君パパ、こんにちは!!」」
「こんにちは、蓮君、紬ちゃん」
屈託のない笑みに柔らかな営業スマイルで答えると、そこから少しだけ目線を上げて子ども達の保護者に困ったような愛想笑いを向けた。
「ところで、本日はどのようなご用件でしょうか? ご家族全員で我が家にいらっしゃるなんて……ただごとではないことは何となく察することは出来るのですが」
もしかして、また俺たち(偽)親子をどこかへ連れて行くのか?
まぁ、この展開に残念ながら慣れたことだし、この世界には旅行目的で来ているから、この世界のあらゆる場所に連れて行ってもらえるのは個人的には大変ありがたいんだけどな。
そんなことを考えながら聞いてみると、紬ちゃんの後ろにいた千尋さんが困ったような笑みで小首を傾げた。
「あらっ、時司君から聞いていませんでしたか?」
「時司、ですか?」
そう言えば、俺が慌てて玄関に行く時に何やらお出迎えの準備をしていたような……
千尋さんの言葉に先程の光景を思い出した俺は、首を傾げながらゆっくりと後ろを振り向いた瞬間、リビングから飛び出してきた時司が満面の笑みで俺の横に立ち止まった。
「蓮君、紬ちゃん! 準備出来たよ!」
「「わ~い! お邪魔しま~す!!」」
「えっ……ええっ!?」
もろ手を挙げて家の中へ入っていく蓮君と紬ちゃんに啞然としていると、満面の笑みを浮かべていた時司が俺の顔を見た瞬間、顔を青くしながら事の経緯を教えてくれた。
「あっ、あのね! 実は、この前お家に遊びに来てくれた時に蓮君と紬ちゃんと『またお家で遊ぼう』って約束したんだ! だから、今日蓮君と紬ちゃんがお家に来てくれて……僕、それがとっても嬉しくて……ごめんなさい、パパに言うのを忘れていました」
しょんぼりとした顔で頭を下げながら謝る時司に優しく微笑みかけると、彼の目の前にしゃがんで頭をそっと撫でた。
「そうか、そうだったんだな。そんな嬉しいことがあったのなら、次からはパパにも教えて欲しかったな。そしたら、パパも時司と一緒に蓮君と紬ちゃんをお出迎え出来たのに」
「パパ、教えてもらっていなくて怒っていない?」
「うん、怒ってないよ。だって時司、ちゃんと謝ることが出来たんだから」
「パパ~! ごめんなさ~い! 次からパパにもちゃんと教えるから!」
涙を溜めながら抱きついてきた時司を受け止め、撫でていた手とは反対の手で優しく背中をさすっていると、頭上からの困惑する大人の声が降ってきた。
「あの……そろそろお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「あっ」
そういや、今って玄関先で来客対応中でしたね。
「すみません、玄関先で」
涙を拭いた時司と一緒に大樹さんと千尋さんを家に招き、廊下の真ん中で待っていた蓮君と紬ちゃんと合流すると、仲良くリビングへと入っていった。
「いいえ、素敵な親子像を見せていただいてとても微笑ましい気持ちになりました。ねぇ、あなた?」
「そうだね。律さんと時司君の仲の良さが垣間見れて得した気分になったよ」
「アハハ……」
本当は、血のつながりなんて無い2人なんですけどね。
そんなことを思いながら照れくさそうな作り笑いを浮かべる俺をよそに、先にリビングに入って蓮君と紬ちゃんと一緒にソファーを占拠した時司が、何やら落ち着かない様子で俺の方を見た。
「ねぇ、パパ! これ、みんなで観てもいい!?」
「これって……」
ソワソワした様子の時司が俺に見せたのは、俺が時司と同じ年の頃に観ていたアニメのビデオだった。
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