4日目 乗物と観光②
これは、とある男の旅路の記録である。
「うおっーー! 見てみろよ、クロノス!俺らがいた場所が、あっという間に小さくなってる! この世界の物理法則って、本当どうなってんだよ!?」
ホログラムの出発の合図で、ゆっくりと宙に向かって上がっている車に童心に帰った俺は、大はしゃぎしながら写真を撮った。
そんな俺とは正反対に、冷静なクロノスはつまらなさそうな顔しながら、下の様子を眺めていた。
きっと、神界で飽きるほど見た光景なのだろう。
「あのさ、律のいた世界では【飛行機】とか【気球】とか【観覧車】とか、地上から離れる方法がいくらでもあるって聞いたことがあるよ。そんな方法があるなら、地上から離れた場所で風景を見ることだって出来たはずでしょ」
「あのな、飛行機や観覧車とか滅多に乗らないからな。それに、気球なんてものは、俺の人生の中で乗ったことすらない乗り物だぞ」
俺が知る限り、見渡す限り草原みたいな場所ところじゃないと乗れない物なのだが……というか、気球なんて代物がどうやって乗れるか俺が知りたい!
「ふ~ん、そうなんだ。それよりも上を見てみなよ」
「上?……おぉ!!」
クロノスに言われるがまま上を見上げると……そこには、途轍もなく大きな半透明のパイプが宙に浮かんでいた。
あっ、あれはもしかして……
「この世界の道路か!?」
半透明のパイプを指しながら期待の眼差しで隣を見ると、大きく溜息をついたショタ神様が興趣の薄そうな横目で見てきた。
「そうだよ。この世界の唯一の車専用道路で【カーロード】って言うんだって」
「おぉ!!」
あれが、この世界の道路! しかも、車専用!
あれか、俺のいた世界でいう高速道路ってことなのか!
マンガやアニメで見ていたものが、まさか現実でお目にかかれるとは!
幼い頃にアニメで見ていた光景に目を輝かせながら写真撮っていると、乗っている車がカーロードに近づき、半透明で見えなかったカーロードの中が見えてきた。
大きなパイプの中は、色とりどりのたくさんの車が所狭しに走っていた。
そんな光景に我を忘れた俺は、歓声を上げながら一眼レフカメラで矢継ぎ早に切り取っていく。
「うるさいよ、律。君って、そういう人間はだったの?」
一頻り撮り終えた俺に、隣からの迷惑そうな声が聞こえてきた。
「すまん、クロノス。どうやら、幼少期に抱いていた願望が叶って我を失っていたようだ」
「『ようだ』じゃなくて、完全に我を失ってからね」
「本当、すまん……」
「まぁ、良いよ。律の新たな一面が見れたし」
クッ、クロノス……
「それに、そろそろカーロードの中に入っていくみたいだよ」
窓枠で頬杖をつきながら満足げな笑みを浮かべるクロノスの視線を追うように上を見上げると、俺たちが乗っている車がカーロードに入っていく瞬間が見えた。
透明の筒の中に入った瞬間、外で見えた以上の無数の車が往来している光景が目に飛び込んできて、思わず大きくたじろいだ。
「なっ、何だ!?」
「ここは、カーロード。先程、クロノス様が説明された通り、車専用道路でこの世界で唯一、車両の走行が許された道路となっております。そのため、地上の道路は全て歩行者専用道路となっています。ですので、地上の道路で車を走行させた場合、即刻逮捕となりますのでご注意ください」
「おっ、おう……」
即刻逮捕かぁ~。相変わらず、この世界の警察は容赦ないな。まぁ、俺のいた世界でも歩行者専用道路を走行した場合には罰則があったから、そういう意味では変わらないのかもしれないな。
というか……
「この車って、俺たちにでも運転出来るの?」
元の世界の知識と照らし合わせる限り、地上で走らせるなんて出来るのは、運転免許証を持った人間か目の前にいるホログラムかアンドロイドぐらいだと思う。
しかし、人間に従順なホログラムやアンドロイドが、そんなバカな真似をするとは到底だが思えない。
だとすれば、そんなバカなことを率先してしようとするのは、良い意味でも悪い意味でも好奇心旺盛な人間だけだ。
「もちろんです! 現在、この車はクロノス様のご希望で自動走行モードになっておりますが、渡邊様がご希望されるのでしたら今からでも手動走行モードに切り替えることが出来ます。いかがされますか?」
「……いや、このままで良い」
「かしこまりました~! ここでは、ご自身で運転されることは滅多にございませんからね」
だろうな。カーロードの中を走っているたくさんの車を見る限り、それなりのスピードで走っているにも関わらず、正面衝突する気配が全くない。
きっと、この世界の高性能AIが完璧の自動運転走行をしているからだろうな。
そう考えたら、人間が自ら運転しようなんて気が起きるはずがない。
だって、そんなの自分から交通事故を起こしに行くようなもんだからな。
俺としては、そんな面倒なことは起こしたくない。
「ところで、今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
カーロードの中の様子をある程度カメラに収めると、目の前でニコニコしているホログラムに話しかけた。
「クロノス様から日帰りの定番の観光地を巡りたいとのご要望でしたので、今回は人気観光地を3ヶ所ご案内致します」
「へぇ〜」
まぁ、ベタと言えばベタだな。
「それで、最初はどこに行くだ?」
「はい! 最初は神社をご案内致します!」
「おぉ!!」
科学技術が発展した世界にも、神社仏閣は現存していたんだな!
でも……
「クロノス。お前、神社行っても大丈夫なのか?」
「ん~? どうして?」
「だって、今から他所様の神様が祀られているところに行くわけだから……ほら、色々とな?」
縄張りとか掟とか、人間には到底理解出来ない神様同士の決まりとか暗黙の了解とかありそうな気がするから。
まぁ、あくまで人間側のイメージだけどな。
「色々?……あぁ、そういうことね。それなら大丈夫だよ。僕が行っても咎められないし……というか、咎められるわけがないし」
「おっ、おう」
さすが時を司る神様。余裕の笑みですね。
不敵な笑みでこちらを見るクロノスに苦笑すると、そのまま意識を外の風景に向けた。
そこから俺は、合間合間で行き交う車達をカメラに収めていきながら、神社までの道中を呑気に楽しんだ。
だが、この先で出会った事実にクロノスが言っていた言葉の真意を知った俺は、苦笑していた自分を激しく後悔することになる。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




