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25日目 見学と家族(中編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「は~い、ここから先は親子での自由見学になります! 良い子のみんなは、お父さんお母さんと逸れないように工場の中を見て回ってね~!」

「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」



 千尋さんからこの世界のスマホ事情を聞いてから暫くして、一行が親子での自由見学可能エリアに着くと、お姉さんの案内で二列に並んでいた子ども達が一斉に親元へと駆け寄った。



「パパ!!」



 一斉に散らばった子達に混じって時司が満面の笑みで俺のところに勢いよく抱きついてきた。


 全く、こういう時のコイツって本当の子どものように甘えてくるから、一瞬だけ時の神様であることを忘れてしまうんだよな。


 屈託のない笑みで見上げてくる時司と目を合わせると、その場にしゃがみ込んだ俺は小さい頭を優しく撫でた。



「時司、ここの工場見学は楽しいか?」

「うん! 蓮君と紬ちゃんと一緒に色んな場所が見れて、とっても楽しいよ! それにね、さっき見た機械! 『あれ、カッコいいね!』って近くにいた子達と一緒にお話したんだよ! パパ、連れて来てくれて本当にありがとう!!」



 ひまわりのような笑みでお礼を言う時司に、思わず泣きそうになってしまうが、周りから注がれる生暖かい目に気づいて慌てて引っ込めると、立ち上がって時司の小さな手を握った。



「そうか。それじゃあ、今度はパパと一緒に回ってくれるかな?」

「うん!!」



 元気よく返事をする時司の手を引いて、俺は【順路】と記載された立札が置いてある場所に向ってゆっくりとした足取りで歩き出した。





「ねぇ、パパ! これ、スゴイね!!」

「あぁ、そうだな」



 銀色の大きな機械達が音を上げながら稼働している工場内部がガラス越しに映り、その様子を足を止めてガラスに張り付きながら大興奮している時司に思わず目を細めると、不意に懐かしい思い出が蘇った。



「そう言えば、ガキの頃に家族全員で行ったことがあったな」

「家族って……パパもおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に行ったことがあったの?」

「あぁ、そうだな」



 正確には、この世界に住む偽の家族ではなく、元の世界にいる本物の家族なんだけどな。


 時司の好奇心に満ちた澄んだ瞳が工場内部から俺に移ったタイミングで小さな手を取ると、俺は子どもの歩調に合わせて見学ルートを歩きながら、この世界での設定を忘れた在りし日の思い出話を聞かせた。



「俺、両親が共働きだったんだ。親父は地方公務員で、おふくろはパート主婦で。特に、親父の方の仕事は激務だったようでな、家族全員が家にいるなんてことは滅多になかった。そんなもんだから、親父に遊んでもらったこともどこかに連れて行ってもらったことなんてあまり無かったんだ」



 それでも、親父はおふくろと一緒に俺と弟が自立するその時まで一生懸命育ててくれた。それは、社会人になった今なら物凄いことなんだと実感しているし感謝もしている。例え、それが分からなかったガキの頃に2つ下の弟と一緒に寂しい思いをしていたとしても。



「だからだろうな、ガキの頃の思い出を今でも覚えているのは。あれは確か、親父が休みの日に、俺と弟とおふくろに親父が『工場見学に行こう』って珍しく言い出したんだよ。当時の俺と弟は、普段遊んでくれない親父が珍しくどこかに連れて行ってくるって大はしゃぎした。それで、困惑していたおふくろを何とか説得した親父は、自分の運転で近くの工場に見学に行ったんだ。まぁ、ここみたいに大きい場所でもなかったし、その工場に見学に来たのは俺たち家族だけだったから、こんなに賑やかでは無かったけどな」

「ふ~ん。それで、その工場見学は楽しかったのかい?」



 感心したような口ぶりで聞く時の神様に一瞥した俺は、人の流れを邪魔にならないところで足を止めると小さく笑みを零した。



「あぁ、今の時司みたいに工場内で稼働しているベルトコンベヤーに大興奮して、弟と一緒にガラス窓にバカみたいに張り付いて、後ろで苦笑している両親に向かってベルトコンベヤーを指差しながら『スゴイ! スゴイ!』ってその場でぴょんぴょん跳ねながら2人仲良く大合唱するくらいには楽しかったよ」



 息子2人のはしゃぎように当時の親父がどう思っていたのか知らないが……俺が工場見学ではしゃいでいる時司を見て抱いた温かい感情を持ってくれたらいいな。

 そうだな、元の世界に帰ったら親父と酒を酌み交わしながら聞いてみるか。


 そんなことを思いながら時司の頭を撫でようと手を離した瞬間、後ろから(いぶか)しげに問いかける女性の声が聞こえてきた。





「へぇ~、律さんのご両親って、そんなにお仕事が激務だったんですね?」



 撫でようとした手を降ろしてそっと振り向くと、蓮君と紬ちゃんに両手を塞がれた千尋さんが小首を傾げていた。



「おや、聞かれてしまいました。これは、大変お恥ずかしいことを聞かれてしまいましたね」



 まぁ、誰に聞かれてもおかしくない場所で話しているのだから、千尋さんに聞こえてしまっても仕方ないんだが。


 頭を掻きながら照れくさそうな笑みを浮かべると、千尋さんが慌てたように頭が大きく左右に振れた。



「いっ、良いんですよ! 不意に耳に入ってきただけですから、お気になさらないで下さい!」

「そうですか。それじゃあお言葉に甘えて」



 掻いていた手を降ろして爽やかな営業スマイルを浮かべると、千尋さん親子が俺たち親子がいるところまで来てくれた。



「それに、とても素敵な話でしたし『私たち家族には真似出来ないな』と思ってしました」

「はぁ、そうですか」



 妙に棘のある言い方に首を傾げた瞬間、蓮君と繋いでいた手を掲げた千尋さんが熱弁を披露し始めた。



「だって、共働きってことは、家から帰って来たら親御さんがいない時があったってことですよね!?」

「そうですよね! 子ども達の為に仕事に勤しむことは、家計のことを考えたら美徳かもしれませんが、両親がいなくて寂しい思いをしている子どもの気持ちを考えなかったんですかね!?」

「……まぁ、家に帰ったら両親がいないことはありましたけど」

「ほらやっぱり! 同じ子を持つ親として信じられない!」



 ここにいない俺の両親を非難するようなことを言う千尋さんに怒りを覚えつつ、俺は努めて営業スマイルを保ったまま事実を口にした。



「ですが、そういうことって滅多にありませんでしたよ。俺と弟が保育園に通い始めた頃におふくろは働き始めましたし、保育園の迎えは主におふくろがしていましたけど」

「そうなんですか!?」



 啞然とする千尋さんに俺は爽やかな笑みで頷いた。



「はい。それに、小学校に上がった時は【児童クラブ】に入っていましたし、そこから帰って来た時はおふくろが帰って来て夕飯を作っていましたから」

「お母さんだけ!? それって、子育ての大半はお母さんに任せていたってことですよね!?」



 確かに、おふくろが俺たち兄弟の面倒を見てくれる時間が長かったが、だからと言って親父がおふくろに子育ての大半を任せていたわけじゃない!


 曲解する千尋さんに俺はその誤解を正そうと小さく咳払いをこぼして口を開いた。



「まぁ、そういう捉え方も出来ますよね。ですが、親父も早く帰れた日は保育園の迎えに行ったり、おふくろがパートの仕事で忙しい時は、親父の方が早めに仕事を切り上げておふくろに代わって夕飯を作って俺と弟の帰りを待っていてくれたりしていましたよ」



 そう、親父は自分が出来る時やおふくろの仕事が激務になった時は、仕事より子育てを優先していた。

 親父に遊んでもらった記憶は無い。

 でも、親父が迎えに来てくれたり、親父の作った晩飯を一緒に食べたり、一緒にお風呂に入ったり、弟と一緒に勉強を教えてもらったりしていたのは、大人になった今でも朧気ながら覚えているし、同じ社会人として親父の凄さには尊敬の念を抱いている。



「だとしても、お家に帰ったらお母さんかお父さんしかいないなんて状況、寂しいなんて思わなかったんですか!?」

「それは、幼子ながら思ったこともありました」



 だけど、俺はその時から知っていた。


 一呼吸置いた俺は、あの頃に抱いていた寂しいとは違う気持ちを吐き出した。



「でも、親父やおふくろが我が子の為に頑張っているのは、子どもながら何となく分かっていましたから」



 迎えに来た時や家から帰って来た時に見せた親父とおふくろの笑顔の裏にあった疲れた顔を見るたびに、俺は親父とおふくろが俺と弟の為に仕事をしているのは何となく知っていたし分かっていた。それに……



「そんなことを思っていたのも中学に上がる頃まででしたから」



 満面の笑みで浮かべながら言ったことに、千尋さんは言葉が出ないような顔をした。


 そう、中学と高校では部活で帰りが遅くなることは日常茶飯事だったし、大学に入ったら一人暮らしとバイトを始めたから実家に帰ることも滅多に無くなった。

 だから、そんなことを思っていたのは小学生のうちまでだった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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