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25日目 見学と家族(前編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「それじゃあ皆さん! 工場見学に出発しますよ~!!」

「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」」



 工場に入ってすぐの巨大エントランスホールで、黒いスーツに身を包んだ綺麗なお姉さんの溌剌とした声に合わせて元気よくお返事した工場に来た小さなお客様達は、その場にいたお友達と仲良く手を繋いで綺麗に二列に並ぶと、お姉さんの先導でエントランスホール奥にある順路に従って歩いていった。



「律さん、押しかけるような形で朝からお騒がせしてしまってすみません」

「良いんですよ。丁度、時司と今日の予定を話していたタイミングでしたので……むしろ、私たち親子を工場見学に誘っていただいた千尋さんには感謝しかありませんから」



 そんな子ども達に同伴していた保護者達は、工場見学でテンションが上がっている子ども達の列を後ろからゆっくりとついて行った。


 一番後ろ方で蓮君と紬ちゃんと仲良く手を繋いでる時司を一瞥すると、隣を歩いている千尋さんに営業スマイルでお礼を言いつつ内心で大きく溜息をついた。


 どうして、俺と時司(クロノス)がこの世界の工場見学をすることになったのか。それは三度終わりが告げられた爽やかな朝が発端だった。





 ピンポーン!



「はぁ、またかよ。この世界の住人達は、朝から俺に嫌がらせしないと気が済まないのか?」



 クロノスが作ってくれた卵チャーハンを堪能しながらニュースを観ていた時、その音は否応なく家中に響き渡った。

 全く、今度はどんな理不尽なことを言われるんですかね。


 大きく溜息をつきながらのろのろと椅子から立ち上がろうとした時、正面から待ったがかかった。



「律、今日は僕が行くよ」

「えっ? クロノス行っても大丈夫なのか?」



 この世界に来て間もない頃に『僕が行くと、何かと不都合だから』と玄関の出迎えを拒んでいたのに。


 顔を顰める俺に対面に座っていたクロノスが安心させるような笑みを浮かべた。



「うん。むしろ、今回は僕が先に行かないと何かと不都合だと思うから」

「あっ、あぁ……分かった。だが、何かあったら絶対言うんだぞ」

「分かっているよ」



 心配を露わにする俺に小さく笑った時の神様は、椅子から立ち上がって片手を頭の上に掲げてそのまま顔を覆い隠すようにゆっくりと下すと、金髪碧眼のショタ神様があっという間に黒目黒髪の偽息子に変身した。


 すごっ! これも神様のチート能力なのか!? というか……


 一瞬で偽息子に変身したショタ神様が、意気揚々と玄関の方へ走って行くのをダイニングテーブルから見送ると、既視感を覚える偽息子の顔に思わず小首を傾げた。


 前々から思っていたが、あの顔()()()()()()()()()()ような……


 見るたびに思う答えの出ない問いに小さく肩を竦めると、そのまま皿に残っている卵チャーハンを食べようとしたその時、玄関から元気よく偽息子が戻ってきた。



「おかえり、どうだ……」

「パパ! 蓮君と紬ちゃんが来ている!」

「えっ?」





「あぁ、律さん! おはようございます。突然、朝から押しかけるような形でお邪魔してしまいすみません」



 時司に手を引かれて玄関に向かうと、そこには蓮君と紬ちゃんに母親の千尋さんが外からこちらを覗いていた。



「あぁ、千尋さん。おはようございます……あの、突然どうされたのですか?」



 朝から子ども2人を連れて家に来るなんて、只事ではないと思うが……


 戸惑いつつも頭の中に思い浮かんだ俺の疑問は、蓮君と紬ちゃんが声を揃えて解決してくれた。



「「時司君パパ! お願い! 時司君と一緒に工場見学に行きたいんです!!」」

「えっ?」



 工場見学?


 はきはきした声で言われたお願いに困惑していると、俺があからさまに戸惑っているのを感じた千尋さんが、すかさず子ども達のフォローに入った。



「あぁ、すみません。子ども達から突然こんなこと言われたら困惑しますよね。本当は、昨日の選挙演説の後にお誘いしようと思ったのですが……律さん、家に置いて来た時司君のことがよっぽど心配で選挙演説が終わった直後に足早に帰られましたよね? それで声を掛けるタイミングを失って……すみません」

「あぁ……」



 昨日の騒動は、そういう風に()()されたんだな。ありがとう、クロノス。


 時の神様に感謝しつつ黒目黒髪の偽息子に視線を落とすと、目を輝かせた偽息子が俺にしがみついて来た。



「パパ! 僕、蓮君と紬ちゃんと一緒に工場見学に行きたい!」

「時司君パパ!! ダメ?」

「時司君パパ!! お願い!」

「アハハ……」



 可愛い三所攻めを受けて苦笑いを浮かべていると、同じように苦笑いしている千尋さんが子ども2人の肩を持った。



「この子達、私が律さんに工場見学の件を言ってないことを話したらこんな感じで……今日も朝からこんな様子なんです。『折角、仲良くなった時司君と一緒に行きたい!』と言って聞かなくて……」

「そうだったんですね」



 頑固になった子どもを説得するのって、中々骨が折れますよね。


 我が子の説得に苦労した様子が顔に出ている千尋さんを見て曖昧に笑っていると、しがみついていた時司が俺の体を左右に揺らし始めた。



「パパ!! 行っちゃダメ?」

「ダメってわけでもないが……確か、工場見学って事前予約が必要ですよね?」



 何事も『根回し』は必要だからな。


 現代社会を生きていく上で必要なことを口にすると、疲労が見え隠れしていた千尋さんの顔がパッと明るくなった。



「それでしたら問題ありません。今回、子ども達を連れていく場所は、受付時間内に済ませた人達が工場見学の対象者になるみたいなので事前予約は必要ないです」



 なるほど、そういうことなら……


 俺の体を左右に揺らしている時司を優しく止めると、張りぼての笑みで親子三人に向かった了承するように頷いた。



「そういうことでしたら、ご相伴に預かってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです! むしろ、よろしかったですか?」

「はい。日頃、時司と遊んでくれているお友達のお願いですからね。そのお友達に対してのささやかなお礼として受け取っていただければ」

「「「ねぇ、ご相伴って何??」」」



 可愛く小首を傾げる3人の子どもに視線を合わせるようにその場にしゃがむと、営業スマイルで意味を教えた。



「一緒に行くってことだよ」





「それにしても、律さんってスマホを使われているんですね」



 エントランスホールの奥にある工場内部へと繋がる連絡通路を抜けて、【順路】と書かれた看板に従って工場内部へと入った時、不思議そうな顔をした千尋さんからそんなことを聞かれた。


 突然どうした?


 工場見学とは関係無い問いに内心で首を傾げながらも、営業スマイルで彼女の問いに答えた。



「えぇ、そうですね。仕事の都合上、スマホの方が何かと便利ですので」



 仕事で必要な連絡手段としてはもちろんのこと、取引先からもらった名刺をアプリに取り込んで保存したり、新しい取引先までのルートを調べたりするなど、仕事をする上で何かと重宝している。


 ポケットに入っていたスマホを出して軽く千尋さんの方に向けると、感心したように頷きながらスマホを一瞥した。



「へぇ~、そうなんですね」



 あれっ? でも千尋さんって俺と歳が近そうだから、スマホを持っていてもおかしくないと思うが……


 千尋さんの反応に違和感を覚えた俺は、千尋さんから投げられた質問と似たようなことを口に出した。



「そう言う千尋さんはスマホを使われないのですか?」



 まぁ、ここに来るまで千尋さんが携帯を弄っているところなんて見たこと無いから、もしかするとライフウォッチのような先端技術が使われた携帯端末が使っているのかもしれないが。


 そんなことを思いつつ問いかけると、千尋さんの顔がどこか気まずさを滲ませるようなものになった。



「えぇ、私は……というか」



 そう言葉を区切った千尋さんは内緒話をするようにそっと俺に近づいた。



「ここに住んでいる人達って、全員ガラケーを使っているんですよ」

「えっ!?」



 全員ガラケー!? ここ、未来の世界だよな!?


 元の世界であまり見かけなくなった代物が普及していることに啞然としている俺に、千尋さんは更に気まずさを滲ませた表情を濃くした。



「別にスマホが悪くとか、ガラケーが良いとか言っているわけでは無いんですよ。ただ……」

「ただ?」



 首を傾げる俺に、千尋さんは更に声を潜ませた。



「あのピンクのドームが突然現れてから良からぬ噂が流れてきたんです」

「良からぬ噂、ですか?」

「はい。つい最近まで海外に住まわれていた律さんはご存じ無いと思いますが、その噂って言うのが『ピンクのドームを使っている悪魔は、スマホを通して我々人間を洗脳することで自分達の配下にして日本を侵略する』というものなんです」

「ええっ……」



 何だ、その根も葉もない噂は。何もしない場所から物体を作り出す程の高度な科学技術を持ったあの世界が、そんなしょうもないことをするわけ無いだろうが。


 あの世界のことを思い出して呆れる俺に、千尋さんは慌てたように言い募った。



「もちろん、あくまで噂ですから何の根拠も無いんですけど……その噂が瞬く間に広まってからはスマホからガラケーに機種変更する人が多くなったんです」

「なるほど。千尋さんもその噂の影響でガラケーを使っているんですね」

「はい。まぁ、私の場合は周りのことを考えて変えたんですけど」



 そう言う千尋さんの表情は、周りと合わせることが当たり前といったものだった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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