24.5日目 情報と噓偽
これは、とある男の旅路の記録である。
それは、クロノスのチート能力で選挙演説から無事に住処に帰って来た後に知った。
「ごちそうさま。律が作ったお昼ご飯、美味しかったよ」
「それは良かった。とは言っても、インスタントラーメンに千切りキャベツやもやしを乗せただけなんだけどな」
まぁ、これであの地獄絵図のような場所から無事に帰って来られたお礼になれたのならば、別に良いんだけどな。
クロノスへのお礼に、俺は彼がリクエストした昼飯にちょい足ししたインスタントラーメンを振る舞った。
【インスタントラーメン】というものを久しぶりに食べた俺に対し、初めて食べたクロノスは完食した時には満足そうに笑っていた。
そんな彼を見て小さく笑みを零しながら2人分の食器を下げた俺は、そのままシンクの中に入れて洗っていると、遠くから溌剌とした女性アナウンサーの声が耳に入ってきた。
『さて、衆議院議員選挙も終盤戦に入りましたが、皆さんは今回の選挙をどう見ますか?』
『今回は、今まで類を見ない白熱する選挙戦になりそうですね。各政党がどのくらい議席を取れるのかで今後の日本の行く末が決まりますからね』
「へぇ~、今回の衆議院議員選挙って白熱してるんだな」
選挙演説はあんなふざけたものだったのに。
ついさっき見た選挙演説を思い出して呆れ笑いを零しつつも、洗い終わった食器を元の場所に戻して、両手にオレンジジュースとコーヒーを持ってソファーで寛いでいるショタ神様の隣に座ると、つまらなそうな顔でテレビを観ていたショタ神様が、徐に口を開いた。
「そうみたい。でも、この言葉って毎回言ってるらしいよ」
「『毎回言っている』って、毎回白熱しているってことか?」
この世界の選挙って、毎回熱を上げてしているのか。まぁ、俺のいた世界も似たようなものだった気がするが。
首を傾げる俺に、隣の神様は酷くつまらなそうな顔でテレビを観ていた。
「まぁ……そういうことじゃないかな」
「クロノス?」
クロノスの含みのある言い方に思わず顔を顰めると、目の前にあるローテーブルに置かれたオレンジジュースを手に取って優雅に一口飲んだ時の神様は、呆れたような顔で口を開いた。
「そもそも、この世界のニュースって全て噓なんだよね」
「噓!?」
この世界の報道、どうなってるんだよ!?
耳を疑うようなことを聞いて啞然としている俺を一瞥したクロノスは、再びオレンジジュースを飲むと再びつまらなそうな顔でテレビを観ながら話し始めた。
「どうやら、律は毎朝観ていても気づかなかったみたいだね」
「そっ、そうだな。あの世界で報じられたものに比べれば、この世界で報じられているものは俺のいた世界と近しいものを報じられていたからな」
あの世界ではスキャンダルもゴシップも報じられていなかったからな。
あの世界で報じられた耳障りの良い内容を思い出して再び顔を顰めていると、隣の神様が大きく溜息をついた。
「まぁ、噓なのはこの世界……日本に関する話であって、それ以外は全て真実なんだけどね」
「つまり、海外のことは真実なんだな」
「そういうこと」
まぁ、自国以外のニュースもフェイクだった場合、もしかすると国際問題に発展する可能性があるかもしれないからな。
安堵したように息を吐く俺にクロノスは再びとんでもない爆弾発言を口にした。
「まぁ、でもこの世界で海外のことは報じられないけどね。どうやら、この世界に住んでいる人間達があまり好まないらしいよ」
「えぇっ……」
まぁ、観光客のことを忌み嫌っているからそうなのかもしれないが……まさか、そこまで徹底しているとは。
言葉を失いつつもこの世界の観光地を巡った時に教えてくれたことを思い出していた時、不意にこの世界の住人達のことが頭に浮かんだ。
「なぁ、それってこの世界に住んでいる人間達は知っているのか?」
「もちろん」
つまらなそうな顔から一転、自信あり気な笑みを浮かべながら軽く頷くクロノスに思わず項垂れた。
報じられているものが全て嘘だと知っていて観るとか……とてもじゃないが。この世界の住人達の考えていることが正気とは思えない。
そんなことを思いながら深く溜息をついていると、頭の中に素朴な疑問が生まれた。
「だとしたら、どうして茶番って知っていながら観ているんだ?」
頭を上げながら聞いた俺に対し、吞気にオレンジジュースを飲んでいたクロノスが小さく溜息をついた。
「それは、選挙演説と同じようにニュースも【娯楽】としか認識していないからだよ」
「娯楽?」
娯楽って、あの娯楽だよな。
『娯楽』と聞いて頭の中にゲームやアニメが浮かんでくる俺に、クロノスは再び小さく溜息をつきながら話し始めた。
「そう。そもそも、【ニュース】って呼ばれるものは視聴者が関心のあるものを取り上げるんでしょ。それで、この世界に住んでいる人間達の関心があるものって、主に【ゴシップ】とか【スキャンダル】って呼ばれるものらしいんだよね。だから、この世界ではゴシップやスキャンダルを積極的に報じているんだ」
「そんなキツイことをこの世界の報道機関は喜んで報じて、視聴者もそれを喜んで観ているのか」
この国の国民性を疑うぞ。
未来の世界での国民性と価値観に苦い顔をしながら疑っている俺に、クロノスはこの世界の国民性を更に疑わせるようなことを口にした。
「しかも、その取り上げられるゴシップやスキャンダルって、大半がありもしないことだったり、特定の人間から息のかかったことだったりするんだって」
「はぁ!?」
情報の公平性と透明性、どこ行った!?
この世界の報道の仕方に動揺が隠せない俺は、震え声で頭に浮かんできた疑問をそのまま言葉に出した。
「それって……つまり、この世界のニュースは、真実よりもこの世界の住人達の関心を引くようなことを報じているってことなのか?」
「そういうこと」
再び軽く頷くクロノスに、一瞬言葉を失った。
そんな無責任なことをやっていいのかよ!? 俺のいた世界で同じことをしたら信用問題に関わってくるぞ!?
元の世界で噓の報道をした時の世間からのバッシングを思い出して動揺から立ち直った俺は、この世界でも同じようなことが起きているのではないかと考えた。
「なぁ、それでクレームとか来ないのか? 例えば、ありもしない特定の議員に対する不正疑惑とか、有名芸能人の不倫報道とか……間違いなく名誉棄損になると思うが」
「『名誉棄損』ってやつが何なのかよく分からないけど、クレームってやつは来てるみたいだよ」
「やっぱり……」
そうじゃなかったら、この世界の住人達の倫理感を疑うけどな。
無責任なことに異を唱える声があったことに思わず安堵の息をつくと、同じタイミングでため息ついたクロノスが興味のなさそうな顔で耳を疑うようなことを口にした。
「でも、報じた側は『国民に関心があると思って報じただけです。それに、これで有名になれたんですから、むしろ感謝しても良いんじゃないんですか』って返すみたいだけど」
「『悪びれる』って言葉を忘れたのか、この時代の日本人は」
同じ日本人として恥ずかしいぞ。
時の神様の突拍子もない事実を聞いて間髪入れずにツッコんだ俺は、この世界の報道する側の人間の性根が、自分が思っている以上に腐っていることを悟った。
「まぁ、良いんじゃない。この世界に住んでいる人間達が好んでいるらしいから」
「あのな、好んでいるからって好き勝手に言って良いことと悪いことってあるんだぞ」
「そうなの?」
「そうだ。根も葉もない事実で人間としての尊厳を失うことだってあるんだからな」
実際、元の世界にいた頃に週刊誌報道で今まで築き上げた地位を一気に落とした人間なんてほぼ毎月のように現れていた。
それに、例えで報じたものが全てでたらめだったとしても、信念を持って報じたものが、誰かのその後の人生を左右させるってことを忘れてはいけないと思う。
そんなことを思いながら、俺は嘘の不倫報道で賑やかになっている画面の向こう側の人達を一瞥した。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




