24日目 演説と茶番④
これは、とある男の旅路の記録である。
「それに、【投票】ってものが行われる時は、選挙演説を聞きに行った立候補者の人間の名前を必ず書かないといけないらしいよ。例えるなら、律は僕の隣にいる人間の選挙演説を聞きに行ったから、投票が行われるときは絶対にこの人間の名前を書かないといけないってことさ」
「はぁ!? 個人の意見を尊重した平等な選挙はどこに行ったんだよ!?」
誰の選挙演説に聞きに行こうが誰に投票しようが、それは個人の自由であり、何人たりとも侵すことが許されない国民の権利であり義務じゃねぇのか!?
八百長が平然と許されているこの世界の選挙に啞然としている俺に、クロノスはつまらなそうな顔で壇上をあてもなく歩き出した。
「そんなの神様の僕が知るわけがないじゃん。ただ、この世界では選挙演説を聞きに行った立候補者以外の名前を書いた場合、それの名前を書いた人物は【社会的制裁】ってやつを受けるみたいだよ」
「社会的制裁?」
「そう。今、律の周りに起きていることさ」
「っ!?」
そう言われて辺りを見回すと、そこには憎悪の顔をした有権者達がいた。
つまり、選挙演説を聞きに行った立候補者以外の名前を書くと裏切者扱いされるってことか。だが……
クロノスの言わんとしていることを理解した俺はそっと息を吐くと、両手を頭の後ろで組んでいる吞気なショタ神様に目を向けた。
「……なぁ、この世界では、立候補者の名前を書く紙に必ず自分の名前を書かないといけないって決まりか暗黙の了解があるのか?」
そう、特定の誰かを吊し上げにするなら、俺が生まれる遥か昔にあった制度を使った方が確実のはずだ。
歴史の教科書でしか知らない嘗て使われていた方法を口にしたが、組んでいた手を解いたクロノスはそのまま首を横に振った。
「いや、無いはずだよ。でも、書いた人間は特定出来るらしいよ」
「どうやって?」
「確か、【筆跡】ってやつで特定出来るはずだよ」
「えぇっ……」
そんな高度なやり方で書いた人物を特定するのかよ。そこまでして八百長まみれの選挙を守りたいのか。まぁ、それよりも……
「選挙の守秘義務、どこ行った」
「律?」
再び項垂れる俺にクロノスは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「それにしても僕の隣にいる人間、さっき『あの世界に取り残されている人間を奪還する』とか言っていたね」
「あぁ、そんなこと言っていたな」
というか、科学技術が発展した世界に対して喧嘩を売るなんてことが、この世界の科学技術で出来るのか?
正直、この世界の科学技術って俺のいた世界と比べて五十歩百歩ってところだけど。
無謀とも思えること口走った大先生のことを見ながら頭を掻いていると、ショタ神様が楽しげな声であっさりと真実を言った。
「まぁ、あれ嘘なんだけどね」
だろうな。この世界の科学技術ではお世辞にも太刀打ちなんて出来ないはずだ。
最初から分かり切ったことに小さく溜息をついていたが、次に告げられた真実に思わず顔が強張った。
「そして、その噓はこの世界に住んでいる人間達は全員知ってるはずだよ」
「ええっ!?」
目を丸くしている俺を、堂々と嘘を吐いた大先生の隣にいる神様は呆れたような顔で壇上から見下ろしていた。
「律だったらとうの昔に気づいていると思っていたよ」
「いや、だって普通に聞いても選挙演説自体が嘘だって気づけるわけない」
「そうなの?」
「まぁ、所々で昨日の青空教室と異なることを言っていることに違和感を覚えたが」
でも、まさか演説の内容自体が噓だなんて夢にも思わないだろうが。
大勢の聴衆を前に長々と噓の演説をした大先生に啞然としている俺にクロノスは深く溜息をついた。
「でも、どうして分かり切った嘘をこんなにも堂々と言えるんだ? それに、それを分かっていながら、ここに集まっている人達は彼女の言葉に大袈裟なくらい一喜一憂出来るんだ?」
俺の周りを取り囲む人達と壇上にいる大先生を交互に見ていると、少しだけ呆れたような溜息を漏らしたクロノスが教えてくれた。
「それは、この世界に住んでいる人間達が選挙演説のことを【娯楽】としか認識していないからだよ」
「娯楽?」
クロノスに目を向けて首を傾げる俺に、酷くつまらなそうな顔をしたクロノスがこの世界の選挙演説について話し始めた。
「そう。この世界に住んでいる人間達にとっての選挙って、律のいた世界にもあった【お祭り】って呼ばれるものらしいよ」
「そうなのか?」
まぁ、俺のいた世界でも選挙の時期になったら毎日のように選挙演説あったり、選挙カーが走ったり、投開票日は各テレビ局が揃って選挙特番を組んで報道しているから、ある意味お祭りのような賑わいがあったが……どうやら、この世界の選挙は娯楽としてのお祭り扱いなのだろう。
「うん。この世界の選挙の立候補者って、自分の掲げた公約を本気で実現させたいとか自分の手で国の舵取りをしたいとかじゃなくて、『この国で有名になって国民からチヤホヤされたい』とか、『安定した高収入が得られたい』とかが大半らしいよ」
「選挙に出たい理由があまりもの欲にまみれすぎているんだが」
「ちなみに、さっき演説していた人間は単に『有名になって玉の輿に乗りたい』って野望を叶えるために出たみたいだよ」
あんなに教育や子ども達の未来について熱く語っていたのに、実は子ども達に聞かせられない欲を叶えるに選挙に出ていたのかよ。
昨日の青空教室や今日の選挙演説で熱弁を振るう大先生を思い出し、心底呆れたような溜息が出てきた。
「そういうことなら、芸能人になったが良い気がする。よくは知らないけど、邪な理由で選挙に出るよりは遥かにマシだと思う。それに、選挙で当選する人ってよっぽどのことが無い限りある程度決まった人が当選する傾向にあるから、大先生が当選する確率なんてほぼ0に等しいんじゃないのか?」
俺がまだ実家にいた頃、選挙特番を見て『今年もこの人だったね~』って言って親父とおふくろが穏やかな口調で話しながら酒を酌み交わしていたからな。
「確かに、この世界の選挙で当選する人間なんて決まっているよ。それこそ、茶番って言っても過言じゃないくらいに」
「やっぱり、そうなんだな」
未来の世界でも、こういうところは変わっていなかったらしい。
俺のいた世界との共通点を見つけて喜ぶことも無く溜息をつくと、クロノスがこの世界の当選システムを口にした。
「うん。それに、当選する人間が天に召されたとしても、その人間の子どもが【世襲】ってやつで当選するし、その子どもが選挙に出なかったら、次に人気だった人間が当選するみたいだからね」
それってつまり、選挙が始まる前には当選する人が決まっているってことだよな?
「だとしたら、選挙する意味あるのか?」
「だから、この世界の選挙は、お祭りだって言ってるじゃん。誰が当選するかなんて選挙する前から決まっているし、当選したとしても当選した人間が公約を実現させるつもりなんて最初から無いし、それはこの世界に住んでいる人間達にとっては既に分かりきっていることなのだから」
やっぱりそうなのか……だとしたら。
不意に大先生が演説中に言っていた公約を口にした。
「つまり、この世界に住人達は最初からあの世界に住人達を救う気も無いってことなのか?」
あの大先生が自信に満ちた笑顔でそんな公約を掲げていたからな。まぁ、徹頭徹尾噓だと知った今なら、その公約さえも恐らくは……
「そうだね。むしろ、この世界に住んでいる人間達にとって、あの世界に住んでいる人間達のことは『裏切者』ってことで、忌み嫌われているからね」
「裏切者、か……」
『あなた、もしかして裏切者じゃないのかしら?』
そう言えば、そんなこと言われたなぁ。まぁ、それさえも嘘のような気がするが。何せ、この選挙演説は全て紛い物で出来ていると知ったから。
大先生が最後に放った言葉が蘇ったが、それさえも張りぼてだと思ったので、沈みそうになった気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をすると伸びをした。
「だとしたら、この国の政治ってどうやって成り立っているんだろう? まぁ、選挙がお祭り感覚って行われているってことだから、まともなやつがいないような気がするが」
そうなると、翔太がいた頃より酷くなっているのか?
不意に浮かんだ疑問に、クロノスが何の気なしに答えてくれた。
「それなら、当選してきた人間達で上手くやっているみたいだから、翔太がいた頃とさほど変わらないと思うよ」
「えっ、そうなのか?」
「まぁ、そうだね……表面上は、だけど」
最後の方で何か言った気がするが、指を鳴らして壇上から俺の前に瞬間移動したクロノスに驚いて気を取られた俺は、そのままクロノスから相棒を受け取ると、この世界の選挙演説の様子を次々とカメラに収めた。
旅行24日目
今日は、この世界の住人達から押しかけられて、この世界の選挙演説に行くことになった。
『昨日の青空教室も、ある意味選挙演説みたいなものだったが……』と内心げっそりしながら選挙演説に行ったが……この世界の選挙演説は、昨日のそれ以上に混沌としすぎて終始言葉を無くしていた。
はっきり言って、茶番だった。『一体、俺は何の三文芝居を観させられているのか』と本気で思った。
俺自身、元の世界で選挙演説なるものに行ったことが無いからよく分からないが……ただ、あんなにも同調圧力が強いられるものではないはずだと信じたい。
それにしても、選挙権が20歳からだったり、選挙が出来レースだったりと……俺のいた世界より未来の世界のはずなのに、どうして俺が生きていた時代より昔の制度や風習がこの世界で息づいているのだろうか。それと、この世界では選挙がお祭り扱いされていた。
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