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24日目 演説と茶番③

これは、とある男の旅路の記録である。

 大先生の盛大な勘違い発言に思わずズッコケそうになった。


 おいおい、今まで自意識過剰な演説が繰り広げられていたのに、ここに来てまさかの非現実的なことを口にしたな。昨日は子ども達の前だったからそんなことが言えたと思うが、ここは20歳以上の大人達が集まっている場所なんだぞ。


 そんなことを思って有権者の反応を見ると、皆様一様に納得したような顔をして深く頷いている様子に思わず言葉を失った。

 だが、そんな有権者の反応に気を良くしたのか大先生は静かに演説を再開した。



「これは昔、決死の覚悟でピンクのドームに入った勇敢なる研究者の皆様が調査結果として悪魔の存在を確認したということが当時のニュース等の報道番組が大々的に報じられたことは皆さんもご存知ですよね?」



 あれっ? 昔? 昨日は、つい最近って言ってなかったか?


 再び出てきたちぐはぐ発言に疑問を思っている俺を他所に、大先生の演説はつつがなく続いていった。



「そして今、私たちはそのことを常識として頭の片隅に置きつつも、心のどこかに感じる怯えと戦いながら日常を送っています」



 神妙な表情で再び一呼吸置いた大先生は、憎しみを露わにした有権者達に声を張り上げながら訴えた。



「しかし、私たちはこれ以上悪魔の存在を放置しても良いのでしょうか!? いいわけがありません! なぜなら、この国は私たち日本人が先祖代々から受け継がれてきた国なのですから! そんな誇り高き国に土足で踏み込んだ不届き者が今、罪無き人々を自分の領域に無理矢理引きずり込んでいるのです! これ以上彼らの蛮行を許してはいけませんよね!」



 切実に訴える彼女の想いが通じたのか、聞いていた有権者の顔が次々と鬼の形相に変わった。



「ですが、最近! そんな彼らの愚行に終止符を打つ報せが届きました!」



 憎しみに彩られた彼女の表情が、途端に希望に満ちた笑顔になった。



「そうです! 彼ら悪魔を撃退する手段が見つかったのです!!」





 彼女が拳を作って力強く言った虚実に、有権者が大歓声を上げながら彼女に惜しみない拍手を送った。

 そんな様子を優越感に浸って見ていた彼女は、歓声と拍手が収まるタイミングで言葉を紡ぎ始めた。



「これは、国家機密なのでここで具体的に言うことはかないませんが、私たちはついに悪魔をこの国から消滅する手段を手にしたのです!」



 再び上がる聴衆からの歓声に大先生は拳を上げてこう言い切った。



「もう、悪魔に怯える日々とはさよならです! これから先は、私たち日本人が自分達の国を自分達の手で治める日が訪れるのです! いや、私『伊藤 愛』が陣頭に立ってこの国に住まう悪魔をこの国から消し去ろうじゃありませんか!」



 歓声が収まらない中でゆっくりと拳を下した大先生は、そのまま自分の胸に手をあてた。



「私は、教鞭を取っていた時からずっと胸に秘めていました。『私の教え子達は、この先も私たちと同じように悪魔に怯える日々を過ごさなければいけないのか』と。そう思うたびに、私は胸が張り裂けそうになりました。しかし今、私の切なる思いが多くの人々の共感を呼び、それが手段として確立されました。でしたら私は、この思いに共感してくれた方々へのせめてもの恩義として、この国に本当の平穏な日々をもたらそうじゃありませんか」



 真剣な眼差しで言った彼女の言葉は有権者達の心に響いたらしく、誇らしく演説を終えた彼女に対して、有権者たちはスタンディングオベーションと共に彼女に対して激励の言葉と共に賛辞と体育館が壊れんばかりの拍手喝采が送られた。

 そんな混沌と化した状況に小さく溜息をついた俺は、用は済んだとばかりにその場から静かに立ち去ろうとした……その時だった。





「どこへ行かれるのですか?」



 壇上から降ってきた冷たい声と背中から感じる無数の冷たい視線に思わず肩を震わせながらも再び小さく溜息をついた俺は、営業スマイルで後ろを振り返ると、そこには壇上から蔑んだ目で俺のことを見ている大先生と憐れみの目を向けてくる有権者達がいた。



「どこって、家に帰るに決まっているじゃないですか。先生の素晴らしい演説が終わったことですし家に置いて来た息子が心配ですので」

「へぇ~、私の演説がまだ終わっていないにも関わらず、置いて来た息子さんのことが心配で途中で帰られるのですね。ここには、あなたと同じく大事なお子さんを家に残してお越しになっている方もたくさんいらっしゃるのに」



 何だ、まだ終わってなかったのか。それは……



「それは、大変失礼いたしました。てっきり、殊勝な宣言と共に終わったのかと思いましたので」



 恭しく深々と頭を下げる俺に、大先生からストレートな言葉を浴びせてきた。



「ところで……あなた、もしかして【裏切者】ではありませんか?」





 その言葉に、再び肩を震わせつつも思わず頬が引き攣りそうになった。


 裏切者……つまり、俺があの世界から来た人ではないかと疑っているのか。

 まぁ、確かに俺があの世界から来たことは間違いではないが……この世界でそれを肯定すればどうなるか昨日の青空教室で学んだからな。ここは堂々としらを切ろう。



「どうして、そう思ったのでしょうか?」



 営業スマイルを浮かべたまま彼女から視線を逸らさずにいると、壇上の大先生が侮蔑を含んだ笑みを浮かべた。



「だってあなた、私の高尚な演説を無表情で聞いてたではありませんか。他の人々は、頷いたり歓声や拍手を送っていたりしていたにも関わらず、あなただけはずっと無表情で私の話を聞いていたじゃないですか」



 彼女の言葉に、有権者の視線が憐れみを含んだものから侮蔑を含んだものに変わった。


 えぇ、それだけで【裏切者】に決めつけるとか、理不尽すぎるんじゃありませんかね。


 根も葉もなさそうな根拠で裏切者と決めつけた大先生に対して、俺は張りぼての笑みを浮かべ続けながら虚言を口にした。




「それは、先生の素晴らしい演説に聞き入ってしまったからです」

「あら、それでしたらここにいる皆様と同じような反応になるのではありませんか?」

「いえいえ。私のような者は、皆様のような素晴らしい反応が出来ない程の未熟な者ですから、こうして無表情であなた様の言葉に深い感銘を受けることしか出来ないのです」



 飄々とした顔で嘘を吐く俺に気を良くしたのか、大先生は満足げな笑みを浮かべた。



「そうでしたか。それなら良かった……」



 よし、これで誤解が解けて……



「と、思いましたか?」

「えっ?」



 その瞬間、有権者達と演説スタッフが俺の周りを隙間なく取り囲んだ。



「皆様! この方は、裏切者です! 危険人物ですので、くれぐれも近づきすぎず、彼がこの場から逃げないようにして下さい!」

「はっ!? ちょっ、どうして!?」



 訓練されたかのような速さで有権者達い取り囲まれた俺は、取り繕うのを放棄して忙しなく周囲を見回した後、驚いた顔で再び壇上に目を向けると、下卑た笑みを浮かべた大先生と目が合った。



「そんなの、私の演説に心が動かされなかったからですよ。ここに住んでいる人なら全員、私の演説に心動かされますからね」

「はぁ!?!?」



 そんな理不尽あってたまるか!!


 理不尽な理由で裏切者と疑われて啞然としている俺を指差した大先生は、取り囲んでいる有権者達に向かって勝利を導くような高らかな声で指示した。



「さぁ、皆さん! もうすぐで警察が来ますから、その愚か者を絶対に逃がさ……」




 パチン!




「残念だけど、それだけは勘弁して欲しいかな」

「っ!?……クロノス!!」



 聞き慣れた音と共に訪れた静けさに安堵した俺は膝から崩れ落ちると、時が止まった大先生の隣に立った金髪碧眼の神様に目を向けた。





「やぁ、律。今回も【面倒事】ってやつを起こしてくれたね」

「あぁ、大変面目ないのだが」



 俺だって、起こしたくて起こしているわけじゃないんだが。


 落胆した気持ちを吐き出すように深く溜息をつく俺に対し、面倒事が起きたことを特に気にしていないショタ神様は、この世界の演説が見れたことに満足げな笑みを浮かべていた。



「まぁ、良いや。この世界の【演説】ってやつを律に見せることが出来たから」

「やっぱり……お前、こうなることを分かっただろう?」

「当たり前じゃん。だって僕、時の神様だからね」



 はぁ、そうだろうと思った。


 得意げな笑みを浮かべるクロノスに再び溜息をつきつつ、そっと周りに視線を向けていると、不意に演説中に疑問に感じていたことを思い出した。



「というか、この世界の選挙演説って、どうしてこんなにも同調圧力を強いるんだ?」



 そんなことをしたら、取れる票も取れないかもしれないし……そもそも、そんなことを強いたら法に触れるんじゃねぇのか?


 時の神様の好奇心が満たされたことに呆れながらその場で胡坐を掻いていると、俺の相棒(カメラ)を首から下げたクロノスが考える素振りを見せた。



「同調圧力……あぁ、そういうこと」

「クロノス?」



 何かに納得したような笑みを浮かべたクロノスがそのまま首を傾げている俺に視線を向けた。



「この世界の選挙は、どうやら自分が住んでいる地域の立候補者の選挙演説に必ず出ないといけないらしいよ」

「必ず?」

「そうだよ」



 意味が分からず顔を顰めたが、それを見て笑みを深くしたクロノスの言葉に、思わず耳を疑った。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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