23日目 授業と虚偽⑥
これは、とある男の旅路の記録である。
「ふぅ、ありがとうな。クロノス」
すっかり見慣れたモノクロの世界に安堵してその場に座り込むと、遠くから小さく溜息をつく声が聞こえた。
「全く、律はこの世界に住んでいる人間達と【衝突】ってやつしないと気が済まないの?」
「ううっ、それに関しては……すみません」
この世界に来てようやく生身の人間と話せるようになってからなのか、その反動で何かと衝突することが多くなった。
その度に、クロノスにこうして時を止めて助けてくれる。本当に面目ない。
今までの行動を省みて深く落ち込んでいると、遠くで椅子を引く音が聞こえた。
「まぁ、この世界に住んでいる人間達と律の【価値観】ってやつが異なるから、衝突するのは予想出来ていたし仕方ないことなのかもしれないけどね」
「クロノス、お前……」
ゆっくりと頭を上げると、俺の相棒を両手に持ちながら呆れたように笑う金髪碧眼のショタ神様が自分の席を立っていた。そんな神様に向かって、俺は感謝の意味を込めて深く頭を下げた。
「それにしても、この世界ではあの世界のことがあんな風に悪く言われているんだな」
それに、あの世界のことを酷く捏造して、それを真実として子ども達に教えていたな。
胡坐を掻きながら色を無くした世界を見回していると、ゆっくりとした足取りで俺のところに来たクロノスが事も無さげに話し始めた。
「あぁ、あれね。あれは、あの世界を悪く言うことで『この世界には、人間の正しさがあるんだ』って、【世間】ってやつをよく分かっていない子ども達に植え付けるんだよ。まぁ、一種の洗脳だね」
「人間の正しさ? どうしてそんなことを?」
「それはもちろん、この世界にとって有利な人間を作る為だよ。2つの世界に真実なんて子ども達が知ってしまったら『いつか、子ども達がこの世界に対して【反逆】って物を起こすかもしれないから』って大人が判断したらしい」
「っ!?」
クロノスの言葉に表情筋が動かなかった。
子ども達がこの世界とあの世界の真実を知ったら反逆するって!? それだけ、この世界の大人達は、あの世界のことについて知って欲しくないってことなのだろうか?
「それで、子ども達に捻じ曲げられた事実を教えることになったのか?」
「そういうこと。まぁ、この世界に住んでいる人間達にとって、2つの世界の真実は【害悪】ってものらしいからね。それに、この世界の大人達は子ども達にこの世界の一員として自分達と同じような考えを持つ人間になることを強く望んでいるみたいだしね」
『ピンクのドームにはどんな印象を持っているかな?』
『悪魔が住んでる!』
『悪い人がたくさんいるところ!』
なるほど、そうやって虚偽の事実を刷り込むことによって、あの世界に対して警戒を強めると共にこの世界に執着させようとしているってことか。
「くっ!」
この世界の子ども達に施された偏見交じりの教育方針に、怒りを抑えるように奥歯を強く噛み締めると握り拳を作った。
「それじゃあ、授業の最初に出ていた『4つの言葉』ってやつが使われるようになったっていうのは?」
「それは、この世界に住んでいる人間達が、外から来た人間を恐れているから使われた言葉だよ」
「外から来た人間を恐れている?」
「そうだよ。特にあの世界にいた人間に関してはね」
「そうなんだな」
この世界の住人達もあの世界の住人達と同じように外から来た人達を恐れているんだな。
2つの世界の共通点を見つけて感心していると、不意に子ども達と保護者達に素晴らしい演説をしていた先生の言葉を思い出した。
「それじゃあ、『あの世界に調査に行った』って話は?」
「あれは【嘘】ってやつだね。さっきも言ったけど、この世界に住んでいる人間達はあの世界を心底恐れているみたいだから、当然あの世界に踏み入れることすら嫌がっているみたい……あぁ、でもこの世界の罪人があの世界に行くって話は本当だよ」
「あぁ、それは本当なんだな」
どうやら、この世界の住人達はあの世界を一種の刑務所として認識しているみたいだ。
だとしたら、どうしてあの人はそんな嘘をついてまであんなことを言ったのだろうか?
先生が演説の最後らへんに言ったちぐはぐの公約を思い出して首を傾げた俺は、そのまま目の前にいる神様に問いかけた。
「だとしたら、どうして先生……あの女性は『悪魔から人々を救います!』なんてことを言ったんだ?」
現実味が無い公約を言ったところでメリットよりデメリットの方が大きいはずだ。この世界の住人達が恐れているあの世界のことなら尚更……
立候補者とは思えない明らかな矛盾を孕んだ発言を思い出して顔を顰めていると、目の前の神様が珍しく大きく溜息をつきながら答えた。
「それは、多くの人々の注目を集めるためだよ。え~っと、何て言ってたかな……あっ、思い出した。律のいた世界でいうところの【選挙パフォーマンス】ってやつだよ」
「選挙パフォーマンス!?」
そんなことの為にあんなことを言ったのか!? 誇大広告にしてはやりすぎだろうが!
モノクロの世界で固まっている先生に目を向けて大きく溜息つくと、ゆっくり立ち上がってクロノスが後生大事に持っている相棒を受け取った。
「ごめんな、いつも持って来てもらって」
「いいよ。律がこの世界じゃないとこれを持てないのは理解しているから」
「そうか、ありがとうな」
見慣れてしまった小生意気な笑顔に小さく笑みを零すと、ふと前から疑問に思っていたことを口にした。
「ところで、お前いつの間にか友達と作っていたんだよ?」
「友達?」
「蓮君と紬ちゃんのことだよ。お前と親しげに話していたじゃねぇか。」
それに、この教室に入った時に、他の子ども達と仲良く話していたじゃねぇか。
小首を傾げるショタ神様に友達らしき2人のことを簡単に説明すると、思い出したかのように頷いた神様が、ゆっくりと2人が座っている席に目を向けると酷くつまらなさそうな顔で友達のことを説明した。
「あぁ、あれは部下が手配した設定だよ。どうやら、僕はこの世界では『リモート教育を受けている近所の子ども』って設定らしいからさ」
「それにしては、やけに子ども達と楽しくお喋りしていたじゃねぇか」
「それは、そうしないとこの世界では生きていけないみたいだからね」
この神様、いつの間にか【建前】ってやつを覚えたんだ?
ショタ神様の成長(?)に目を張ると、設定上の友達から目を離したクロノスがそのまま俺の方に視線を戻した。
「それよりも、律だっていつから架空の奥さんとそんな話し合いしていたの? 僕、その設定は全く把握していなかったんだけど」
「そんなの、架空なんだからその場で出た噓だってきまっているだろうが」
「それにしては、長く話していたように思えるんだけど」
それは、単に勢い任せで言っただけだ。
旅行23日目
今回は、恵子さんの強引な誘いで時司と共にこの世界の学校を訪れた。この世界の学校は、あちらの世界と同じような外観と内装で、元の世界を知っている俺としてはこの世界の学校にとても親しみを感じた。
そして、この世界の授業(という名の講演会)を受けることになったのだが……どうやら、この世界にとってあの世界が忌むべきものらしく、あの世界については全て捏造されて、それがそのまま子ども達に事実として教えられていた。
また、この世界はあの世界と同じく外から来た人達のことを恐れていた。特にあの世界に行き来する人は全員危険人物扱いされるらしく、見つけ次第即刻お巡りさんにお世話になるらしい。
正直、極端すぎる対応に恐怖を覚えたが、俺はこの世界の学校を訪れたことで、この世界とあの世界の関係を少しだけ知ることが出来た。
あと、クロノスの計らいでこの世界の学校を写真に収めることが出来た。本当、時の神様には感謝しかない。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




