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23日目 授業と虚偽⑤

これは、とある男の旅路の記録である。

 安堵の溜息をついている俺に気づいていない先生は、子ども達に向かって自信に満ちた笑みを浮かべながら話し始めた。



「これは、我が国でも勇敢なる研究者達が、決死の覚悟でピンクのドームに入って調べた結果なのですが……何と、我が国で悪者扱いされていた人達が、ピンクのドームの中で良い人に生まれ変わっていたのです!」



 先生の言葉に驚きを隠せない子ども達と保護者達がざわついている中、あの世界を知っている俺は周りに気づかれないように小さく溜息をついた。


 それ、間違いなくデマだよな。仮に、そんな人に出会っていたとしたら、そいつは犯罪者と瓜二つのアンドロイドだ。

 だって、あの世界に住人達は全員が外界との接触を拒否する引きこもりで、この世界からあちらの世界に行ってしまった人は、もれなくAIの餌食になってあっという間に引きこもりに華麗なる転身をしているはずだ。

 というか、あちらの世界に行って戻ってきた人がいるのかすら怪しんだが。


 『あの世界に行ってた悪人が善人になっている』という信憑性の無い虚偽の事実に眉間に皺を寄せようとした瞬間、明るい表情をしていた先生が急に悲しさを帯びた表情に変わった。



「そうなのですが、1つだけ残念な事実が分かってしまったのです」

「先生、どうしたの?」



 大袈裟なくらい悲しげな表情をする先生が気遣った子どもをチラ見すると、少しだけ顔を俯かせて静かに口を開いた。



「それが、良い人になったにも関わらず、ピンクのドームから出られないのです!」

「「「「「えーーーーーー!!!!!!」」」」」



 俺と時司以外の子ども達と保護者達の驚きの声を上げると、勢いよく顔を上げた先生が悲しみを湛えた表情で更に続けた。



「これも、我が国の勇敢な研究者達が調べた結果なのですが、彼らはピンクのドームの中で悪いことを反省したのにも関わらず、ピンクのドームから出ることが出来ないのです!」

「先生! どうしてなんですか!?」



 切実に訴えるように言う先生に、お行儀良く座っていた1人の子どもが立ち上がって問い質し、それに同調するように他の子ども達と保護者達が前のめりになりながら何回も首を縦に振った。


 それに対して、気まずそうな顔をしながらピンクのドームで改心した人達が抜け出せない理由を口にした。



「それは……悪魔のせいなんです!!」





 静寂に包まれた教室で、先生が取り出したハンカチで目元と軽く拭うと、真剣な表情で自分のことを見つめる子ども達と保護者達に目を合わせた。



「これも、勇敢な研究者達が調べた結果なのですが、ピンクのドームで善人になった彼らは、この世界に戻りたいと強く望んでいます。ですが、悪魔がそれを許してくれないのです」



 先生の言葉に、俺と時司以外の子ども達や保護者達が全員落ち込んだ表情をした。その様子を無表情で傍観していた俺は内心で盛大にツッコんだ。


 いや、悪魔が許してくれないというより、あんたらが【裏切者】とか差別しているから戻れないじゃないのか? というか、さっきからあの世界に行った人達を『勇敢な研究者達』って言っているが、それの人達って【反逆者】と何が違うんだ?

 そもそも、外との接触を拒絶している世界の住人達が、この世界に行きたいなんて本当に思っているのか? あの世界に2週間程度滞在した俺が見た限りでは、そんな奇特な人間がいるとは思えないんだが。


 先生の一連の言動に長々とツッコんでいると、悲しげな表情をした先生が急に希望に満ちた明るい顔をみせた。



「しかし、皆さん! 安心して下さい! そんな人達がいると知った我が国は、ついに悪魔に打ち勝つ方法を発見したのです!」





「「「「「「わーーーーーー!!!!!!」」」」」」



 悲しみに包まれていた教室内が、先生の言葉で一気に明るくなり、子ども達と保護者達から歓声が上がった。

 その様子を見て満面の笑みを浮かべた先生が、自信に満ちた表情で更に続けた。



「ここから先は、国家機密なので具体的には申し上げることが出来ませんが、今回の皆さんの先生であり、衆議院議員選挙立候補者である、この私【伊藤 愛】が必ず悪魔に打ち勝ち、悪魔に囚われた人達を我が国に帰還させることを、ここに宣言致します!!」

「「「「「「わーーーーーー!!!!!!」」」」」」



 先生の高らかな宣言に、その場にいた子ども達・保護者達は拍手喝采を送っていた。そんな青空教室という名の講演会の盛り上がりに呆気にとられていると、有権者とその子ども達の拍手喝采を受けて恍惚として表情をしている先生と目があった。



「あら、時司のお父さん。どうされましたか?」





 再び先生が俺に声をかけた瞬間、歓声に包まれていた教室内に静寂が訪れ、俺に対して咎めるような視線が一斉に向けられた。


 えぇ!? また!?


 思わぬデジャブに動揺しつつも呆れていると、先生の表情が恍惚としたものから何かを蔑むようなものに変わった。



「そう言えば、先程授業開始前に小耳に挟んだのですが、渡邊家では随分と変わった教育方法を取られていらっしゃるのですね」

「えっ?」



 どうしてそれを……ってまさか!?


 先生の言葉に呆気に取られながら思い当たる人物に目を向けると、渡邊家の教育方針を告げ口したのであろう若夫婦は、二人揃って下卑た笑みを浮かべながら俺を見ていた。


 恐らく、俺に説教じみた嘘に腹を立てたであろう若夫婦が、国を動かす人物になろうとしている奴に告げ口したのだろう。全く、夫婦揃って余計なことをしやがって!!


 若夫婦からの子どもじみた反撃に奥歯を噛み締めると、不安げな表情をしながら俺を見ていた時司と目を合わせた。


 俺が合図をするから……頼んだぞ、時司(クロノス)


 周囲から注がれる冷たい視線を感じた俺は、今までの経験を鑑みて『このまま何事も無く帰れる可能性がゼロになった』と悟り、時司から足元に視線を移して腹を括るように大きく深呼吸すると、冷たい視線が否応なく注がれる中で先生に向かって得意の営業スマイルを浮かべた。



「失礼しました。先程、同じことを聞かれて思わず取り乱してしまいました」

「あら、そうでしたか。ですが……仕事を理由に両親が別居されるなんて、子どもの教育としてどうなんでしょう?」

「それは、どういう意味でしょうか?」



 牽制するようにほんの少しだけ目を細めると、蔑んだ笑みを浮かべていた先生は、優雅な笑みへと変えて持論を展開した。



「私、両親が難関校と呼ばれる私立学校の理事長と校長を勤めていて、私自身も難関大学の教育学部を主席で卒業するほど教育には明るい方なんです。その私からするに、両親が別居の状態というのは、子どもに悪影響を及ぼすと思うんです」

「と、言いますと?」

「思うんです。ここにいる子ども達はみんな、学校という社会の一員になろうと必死に藻掻きながらも、陽炎のように揺れ動く心に毎日悩まされているのです。そんな子どもの心を支えてあげることが親の努めてだと思うのです。そんな、子どもにとって一番多感で大事な時期に『仕事を理由に両親が別居』という大人の()()()()事情を持ち込んでしまって良いのでしょうか?」

「えっ?」



 この人は、一体何を言っているんだ?


 啞然としている俺を気にも留めていない先生は、何かを言い聞かせるようにゆっくりとした口調で持論を続けた。



「こうしてお行儀良く座っている時司君だって、たまにはお母さんの温もりに触れたいし甘えたいと思うのです。それをあなたの都合で取り上げて良いと思っているのでしょうか?」

「私の都合?」

「はい。何でも、時司君のお母さんは、あなたのお父さんの看病の為に別居を選んだと聞きました。それってつまり、あなたの都合で時司君からお母さんを取り上げたっていうことですよね?」



 なんという暴論。そんなこと、嘘だとしてもあるわけないだろうが!


 見当違いな持論に胸糞悪くなりながらも、口角を上げながら誤解を与えないように諭すような口調で反論した。



「それは違います。私の妻は、自ら私の父の看病がしたいと望んだのです。そして、それと同じくらい……いえ、それ以上に時司のことを大切にしています。ここに来る前、妻は悔し涙を流しながら私に時司のことを託しました。それくらい、妻は自分の仕事の都合に時司に寂しい思いをさせることを酷く悔やんでいたんです。それでも、妻は時司を寂しくさせまいと毎晩のようにビデオ通話を繋いできます。時司も妻の仕事を知っていますし、毎晩ビデオ通話する妻と楽しく話していますから、時司には寂しい思いをさせていません」

「そうですか……ですが、あなたがそう思っても、果たして時司君は本当にそう思っているのでしょうか?」



 蔑んだような目をしながら含みのある聞き方をする先生から出た分かり切った質問に思わず溜息が漏れた。


 やっぱり、そう来たか。まぁ、この人に対して俺がいくら真実味のある反論をしたところで、この先生は納得しないだろうなとは思っていたが。

 何せ、教育に対して高尚な考えを持っている先生からすれば、渡邊家は子どもの気持ちより両親の都合を優先させた()()()()教育方針を取っている家庭らしいからな。



「ふぅ、仕方ありませんね」

「ん? 何か言いましたか?」



 衆議院議員選挙立候補とは思えない悪趣味な笑みを浮かべる先生に、小さく溜息をついてそっと目を閉じると、時の神様から貰った腕時計を手で覆った。


 今だ、クロノス!




 パチン!

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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