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23日目 授業と虚偽④

これは、とある男の旅路の記録である。

「悪い人達が連れて行かれる場所!」

「昔の人達が閉じ込められている場所!」

「かーちゃんやとーちゃんが絶対に行っちゃダメって言ってた場所!」



 子ども達の口から飛び出してくる無邪気で見当違いな答えに、思わずずっこけそうになった。


 まぁ、悪魔のような処理能力を持ったAIはいるし、何もところから物体が出てきたり瞬間移動が出来たりするが……子ども達が思っているような人外生物はいないし、罪を犯した奴らがそこら辺にうろついている場所でもないしなぁ。

 その代わり、人外生物はいないが人間と瓜二つのヒューマノイドやアンドロイドはいるし、罪を犯したらその瞬間にAIによって記憶が改竄されるけどな。

 あれっ? そう考えたら、あの世界って子ども達からすればファンタジー要素満載な世界なるのか?


 子ども達の想像力豊かな答えがあながち間違っていないことに気づいた俺が苦笑いを浮かべそうになった時、先生が大きく手を叩いて子ども達を一瞬で大人しくさせた。


 すっ、すげ……



「はい! 皆さん、よくお勉強されていますね! そうです! あのピンクのドームには悪魔もいますし、悪いことをした人達がたくさんいるんですよ! それに、一度入ったら二度と戻れないんですよ~!」



 満面の笑みで子ども達を褒める先生に一瞬気を取られた。


 いやいや、今のは子どもの妄言ですし、その気になればこっちに帰って来れますよ。

 先生なんですから、子ども達にはちゃんとしたことを教えないといけないんじゃないんですか?


 子ども達に間違った認識を教えようとした先生に意見しようと思ったが、周りの保護者が一様に頷いていたので喉まで出てきた言葉があっという間に引っ込んだ。


 えっ、この世界ではあの世界の認識ってそんな感じなのか?


 異様とも取れる周りの様子を見て思わず引き攣り笑いが出そうになった時、先生の元気な声が聞こえた。



「そこで、そんな人たちと自分達を()()しようと4つの言葉を用いるようにしました。それが【裏切者】【反逆者】【余所者】【観光客】です。そうすることで、自分だけでなくお友達や家族を守ることが出来るのです」



 真剣な表情で耳を傾ける子ども達に朗らかに笑いながらあの世界について間違った話をする先生に、他の保護者達と同じように感心したような頷きながらも内心でせせら笑った。


 区別、ねぇ。同じ日本人なのに、どうしてそんなことをするのだろう? そんなことをしても、身の安全が守れるとは思わないが。


 そんなことを思っていると、先生の指が『裏切者』という言葉を指した。



「まずは、【裏切者】ですが、これはピンクのドームから我が国に足を踏み入れてしまった人のことを言います。そして、この人達は非常に危険です。なぜなら、この人達は既に悪魔に洗脳されているからです。更に、私たちがこの人達に近づいた瞬間、この人達が受けてる悪魔の洗脳が私たちにも襲ってきます! ですから、皆さんはこの人達を見つけたらやることは知っていますね? せ~のっ!」

「「「「「「おまわりさんにいう!!!!!!」」」」」」

「はい、その通りです! おまわりさんはこの人達に立ち向かうことが出来ますので、この人達を見つけたら、()()()おまわりさんに言いましょうね~! 」

「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」」



 元気よく手を上げる子ども達と、それを見て満面の笑みを浮かべる先生に思わず小さく笑みが零れた。


 おいおい、洗脳されていることは否定しないが、そもそもあの世界の住人がこの世界に来るなんて万に1つも無いと思うぞ。仮に、出てきたとしてもそれは本物の人間じゃなくて、恐らくアンドロイドだと思うんだが。

 あと、この世界でそんな奴を見つけたら、即刻通報なのかよ! この世界の科学技術があの世界の科学技術に対抗出来る手段があるのも驚きなんだが。


 俺のいた世界と近しい科学技術を持つこの世界が、あの世界の高度な科学技術の対抗手段を持っていることに驚きつつそんなことを考えていた俺に、先生が不思議そうな顔をしながら声をかけてきた。



「時司君のお父さん? 何か難しい顔をされていますが、どうされましたか?」



 げっ、どうやら顔に出ていたらしい!


 先生に声をかけられた瞬間に教室内の空気が一気に冷めたのを感じた俺は、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。



「いいえ、大変興味深いお話だったので聞き入っていたのですが……どうやら、貴重な時間に水を差したようですね。すみません、どうぞ気になさらないでください」

「おや、そうですか」



 危なかった~。外にいるだから気を付けなければ。


 咄嗟に出た俺の嘘を無表情な顔であっさりと納得した先生は、再び朗らかな笑みを浮かべると『反逆者』という言葉を指した。



「続いて、【反逆者】ですが、この人達はこの国からピンクのドームに行こうとする人のことです。この人はピンクのドームの悪魔達に、我が国のことを教えようとするとても悪い人なんです! さて、この人達を見つけたら、皆さんはどうするか知ってますよね? 行きますよ~? せ~のっ!」

「「「「「「おまわりさんにいう!!!!!!」」」」」」

「はい、その通りです! この人達も、裏切者と同じで危険人物なので、見つけたら言いましょうねぇ~」

「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」」



 へぇ~、この世界にそんな奇特な人間がいるんだな。まぁ、人間の好奇心なんて他人に測れるものじゃねぇから、そんな人間がいてもおかしくないか。

 あと、反逆者も裏切者と同じ扱いなんだな。同じ世界の住人なのに何と無情なことを。


 心の中で反逆者認定されたこの世界の住人達を憐れんでいると、笑みを絶やさない先生は『余所者』という言葉を指した。



「そして、【余所者】ですが、この人達は海外から我が国に長く住む人のことを言います。ここで言うなら、時司君や時司君のお父さんのような人のことですね。この人達は、我が国に対してとても親切な人達なので、仲良くなっても大丈夫ですよ!」

「「「「「「わーーーーーーーい!!!!!!」」」」」」



 喜びながら時司と俺に向けられる子ども達の無邪気な視線と、保護者達の生暖かい視線に、思わず引きつった笑いを漏らした。


 へぇ~、この世界では俺と時司は【余所者】って呼ばれるんだな。でも、変に冷たい呼び名で嫌だな。


 余所者扱いされた俺たちに向けらえた無数の視線に内心で苦笑いを浮かべながらも愛想よく頭を下げると、その視線が一斉に黒板に戻されたのと同時に先生の指が『観光客』をさした。



「最後に【観光客】ですが、この人達は文字通り、我が国に観光目的で訪れた人達のことを言います。この人達は……正直、何をしてくるのか分からないので、くれぐれも近づかないようにして下さいね!」

「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」」



 大雑把な観光客の説明に再びずっこけそうになった。


 この世界での観光客の扱いって余所者以上に雑なんだな。でも、今の説明で改めてクロノスがこの世界での立ち位置を『観光客』じゃなくて『余所者』にしたのか分かった。


 他の子ども達と同じように真剣に先生の話を聞いている偽息子に視線を向けると、心の中で感謝の言葉を呟いた。





「さて、4つの言葉とそれに纏わる歴史の授業はここでおしまいなのですが、ここで皆さんに大切なことを言わないといけません!」



 大きく手を叩いた先生に、期待と不安が入り混じる子ども達と保護者達の視線が向けられると、その視線に満足げな笑みを浮かべた先生が黒板に何かを書き始めた。

 その書かれたものに、俺と時司以外の人達は一斉に驚きの声を上げた。



「そうです! あのピンクのドームに入った悪いことをした人間は、ドームに入った瞬間に良い人に戻るということです!」





 声高らかに言われたことに子ども達と保護者達の間で動揺が走る中、笑みを絶やさず教室中をゆっくり見回していた先生と目が合った。



「おや、時司のお父さん? そんな険しそうな顔をしてどうかされましたか?」

「えっ?」



 どこか下卑た笑みを浮かべる先生の言葉に、教室中の視線が一斉に俺に向いた。


 マズイ、またもや愛想笑いが崩れてしまった。


 内心焦った俺は、再び申し訳なさそうな笑みを浮かべると、今度は頭を掻きながら頭に浮かんだ嘘を口に出した。



「いえ……ただ私、海外生活が長かったものですから、まさかそんな事実が発見されていたなんて思いもよらず、思わず険しい顔をしてしまいました。すみません、再び授業に水を差すようなことをしてしまって」



 何度も頭を下げながら嘘の言い訳を並べる俺に、嘘だと気づかず再び納得したような顔をした先生が大袈裟に手を叩いた。



「まぁ、そうだったんですね! でしたら、この機会に是非とも時司君と一緒に学んで帰って下さい!」

「はい、そうさせていただきます」



 俺から視線を外して意気揚々と教鞭を取る先生に小さく安堵の溜息を漏らした。


 言えるはずが無い。『本当は、検討違いの妄言に顔を顰めました』なんて本音が。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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