23日目 授業と虚偽③
これは、とある男の旅路の記録である。
「ところで時司。どうしてパパのところに戻って来たんだ? 蓮君と紬ちゃんと一緒じゃなかったのか?」
優しく頭を撫でながら聞くと、突然時司が撫でていた手を掴んできた。
「それは、パパが来るのが遅いから僕が迎えに来たんだよ! あと、蓮君から『紬と一緒に時司君の席を取っておくから、時司君は僕たちのパパとママも迎えに行って』って頼まれてたんだ!」
自慢げに話す時司に優しく微笑みかけると、目を見開いたまま俺たち親子を見ている若夫婦に目を向けた。
「だそうですよ。どうやら私たち、思った以上にゆっくりとした足取りで校舎に向かっていたみたいですよ」
「そっ、そうですね。それじゃあ行こうか?」
「そっ、そうね。時司君、お迎えありがとうね」
「うん!!」
満面の笑みを浮かべる時司に目を合わせさない若夫婦がそそくさと先を行くのを見送ると、俺の服の袖を引っ張った時司がしゃがんでのジェスチャーをした。
ん? どうした?
優しい笑みを浮かべながらしゃがむと、時司が耳打ちしてきた。
「ねぇ、律。いつ奥さんとそんな話し合いが行われたの? 僕、何も聞いてないんだけど」
それだったら、お前だっていつから人間の友達が出来たんだよ? 俺、何も聞いていないんだが。
「あっ、時司君だ! 遅いよ!」
『後で話す』と言って時司を無理矢理納得させた後、俺は時司に連れられて校舎の中に入り、歩きながら既視感を覚える校内を見回していると【青空教室】と手書きで書かれて立札がある教室に辿り着いた。
へぇ~、この世界の小学校って外観も内装もあっちの世界で訪れた小学校と変わらないんだな。時代が進んでも、こういうところは大切にしているのか。
嘗て俺が通っていた小学校と酷似しているこの世界の小学校に思いを馳せていると、教室の前に着いた時司が教室の窓から顔を出して呼びかける蓮の声に反応すると、あっさりと俺から手を離して保護者達でごった返す廊下をするすると通り過ぎ、教室の中に入って行った。
お前、その態度は流石に無いだろうが……
偽息子の突然の裏切りに少しだけ凹んでいると、唐突に俺の手首が掴まれそのまま教室の中へと引っ張られた。
「あっ、あのっ!」
手を引かれながら保護者達の人混みを半ば強引に掻き分けて教室内に入ると、俺の手首を掴んだ人物……大樹さんが千尋さんの隣に立って俺から奪っていた手首を解放した。
「律さん、待っていたんですよ! 全くもう! 来るのが遅すぎてうちの主人がわざわざ迎えに行ったじゃないですか!」
「あっ、すみません……」
あれっ、これって俺が謝らないといけないのか? いきなり手首掴まれてそのまま張られただけなんだが?
「良いじゃないか。僕が律さんを連れて来たかっただけなんだから」
「まぁ、あなたが言うならそれで良いんだけど」
「それに、律さんの場合は仕事で来れなかった奥さんの分まで見ないといけないから」
「そうだったね」
「はっ、はぁ……そうですね。お気遣いいただきありがとうございます」
「良いんです。ここは特等席ですから」
愛想笑い浮かべながら大樹さんにお礼を言うと、容赦なく向けられる視線を思わず顔を顰めそうになった。
大樹さんが奥さんのことを引き合いに出した瞬間、周りの保護者達が一斉に俺に冷たい視線を向けてきたな。
言っとくが、千尋さんから昨日貰ったプリントには【保護者同伴】とは書いてあったが【両親同伴】なんて書いていなかったぞ。
周りから向けられる視線に僅かな苛立ちを覚えていると、懐かしさを感じさせる授業開始を告げるベルと共に上品なスーツに身を包んで眼鏡をかけた少しだけふくよかな女性が教室に入ってきた。
「は~い! それじゃあ、早速ですが今日使うプリントを一番前にいる子に渡しますので、皆さんは自分の分を取ったら後ろに回して下さいね~!」
教室内にいる子ども達と先生の自己紹介が終わると、先生は持ってきたプリントの束を一番前座っている子どもの机に置いて行った。
すると、一番前の子から自分の分のプリントを取ると、そのまま後ろの子に紙束を回し始めた。
うわっ、懐かしい! 学生時代はテスト以外ではよくやっていたなぁ!
一番後ろに座っている子までプリントが行き渡ったのを確認した先生は、大きく手を叩くと子ども達と保護者の注目を一気に集めた。
「さて、先生が配ったプリントが皆さんに届きましたね。それでは早速、授業に入りたいと思います」
笑顔でそう告げた先生は、くるりと振り返るとチョークを持って何かを書き始めた。
確か、昨日貰ったプリントには【日本の歴史】としか書いていなかったが、一体何を教えるんだ?
大雑把な授業内容に心の中で首を傾げていたが、書き終わった文字に思わず目を張った。
何だよ、これ?
黒板に書かれてた内容に啞然としている俺に気づいていない先生は、笑顔で黒板にチョークで書いた文字を指差した。
「皆さんは、【裏切者】【反逆者】【余所者】【観光客】って言葉を知っていますね?」
「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」」
子ども達の元気なお返事に満面気な笑みを浮かべながら教室中を見回した先生だったが、とある子どもの顔を見てその子に声をかけた。
「おや? 時司君は、この言葉を知っているの? 確か、時司君はつい最近まで外国に住んでいたよね?」
わざとらしく聞く先生に、無邪気な笑みを浮かべた時司の声が教室内に響き渡った。
「はい! 蓮君と紬ちゃんに教えてもらいました!」
お前、俺が知らないところでそんなことを教えてもらっていたのか。
元気よく答えた時司に俺以外の保護者達と子ども達が一斉に頷くと、先生は再び満足げな笑みを浮かべた。
「そうでしたか。それは良かったですね、時司君」
「はい!!」
お手本のような時司の返事に先生は笑みを深めると、そのまま教室中に目を向けた。
「それでは、今回の青空教室はおさらいを兼ねて、この4つの言葉の意味と簡単な歴史について授業していきます。もちろん、これはテストだけでなく皆さんが生活する上で大事なことなので、お家に帰ったら今日来ているお父さんお母さんと一緒に今日のことをおさらいしましょう」
「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」
子ども達の元気なお返事と共に、この世界を生きていく上で大事な4つの言葉についての授業が始まった。
「では最初に、どうしてこの言葉が出来たのか知ってる人~?」
「「「「「「はーーーーーーい!!!!!!」」」」」
チョークを片手に先生が手を上げた瞬間、子ども達の手が一斉に上がった。
というか、時司! お前知っていたのかよ!?
他の子たちに交じって元気よく手を挙げる時司に驚いていると、先生がとある子ども達を指名した。
すると、指名された子どもが元気よく席を立ちがった。
「はい! ピンク色のドームが僕たちの住む場所に現れたからです!」
ピンク色のドームって……あれか!
「その通りです! 皆さん、健斗君に大きな拍手を!」
パチパチパチパチ
ピンクのドーム……つまり、あの世界が出来てからこの4つの言葉が出来たってわけか。
元気よく答えてくれた男の子に拍手を送りながら14日間旅行したあの世界のことを思い出していると、さっき書いた4つの言葉の上に【ピンクのドーム】と書き足した先生が自信に満ちた笑みを子ども達に向けた。
「健斗君の言う通り、この4つの言葉が生まれたのは、皆さんも一度は見たことがあるあの大きなピンクのドームが突如として現れたからなんですね」
へぇ~、この世界ではピンクのドームは突如出来たことになっているのか。確か、ピンクのドームはこの国が2つの世界に別れた後に出来たものだから、この世界の住人達からすれば突如になるのか……
でも、どうしてピンクのドームが作られた経緯を子ども達に教えないんだ? あれが本当はこの国の人間だった渡邊拓也が作ったAIによって建てられたものだってことを。
にこやかな笑みを浮かべながら言う先生に首を傾げそうになった時、先生が笑みを絶やさないまま子ども達に次の問いを投げた。
「では、皆さんはあのピンクのドームのことをどう思いますか?」
先生の優しい問いに、子ども達から次々と答えが飛んできた。
「悪魔が住むところ!」
「悪いことをしたら、ピンクのドームに連れ去られる場所!」
「行ったら二度と戻れないところ!」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




