23日目 授業と虚偽①
これは、とある男の旅路の記録である。
「続いて、時司君!」
「はい! 渡邊 時司です! よろしくお願いします!」
元気よく挨拶する時司に、教室にいる子ども達や保護者達から拍手が向けられる中、他の保護者達と同じように教室の後ろで拍手していた俺は、ここに来るまでの経緯を思い出して思わず溜息をつきそうになった。
「時司を、(この世界の)学校にですか?」
それは、昨日に遡る。クロノスのチート能力で何事もなかったように山登りを終えた俺たちは、行きと同じバスで乗って帰っている時に廊下を挟んで向かい側の席に座っていた俺と歳が近そうなママさん……千尋さんが提案してきた。
ちなみに、千尋さんの隣には娘の紬ちゃんがいて、その後ろには息子の蓮君、その隣には旦那の大樹さんがいるのだが、山登りで相当疲れたのか千尋さん以外は全員爆睡していた。
まぁ、1時間以上ノンストップで山を登り降りすれば、さすがに疲れるよな。
行きとは逆で窓際の席に座って大人しく外の風景を眺めている時司と気持ちよさそうに寝ている千尋さん家族を見比べて小さく笑みを零すと、たまたま千尋さんと目が合った。
そこから寝ている参加者達の邪魔にならない程度の音量で千尋さんと話していると、唐突に先程の提案が持ち上がってきたのだ。
「そうなんです! とはいっても、子ども達が毎日通う学校じゃなくて大型連休に開かれる青空教室なんですけど」
「青空教室……つまり、子ども達限定の催し物みたいなものでしょうか?」
「そんな感じです。時司君が、律さんの都合で外国の学校に通っているのは知っているんだけど、ここにいる間だけでも日本の授業ってものを体験されても良いかなと思って」
「そうですね……」
確かに、時司もといクロノスにとって人間のあれことを知るいい機会になるかもしれないが、果てして興味を持ってくれるか……
半ば不安を抱えながら隣で目を輝かせながら外の景色を見ている時司に声をかけた。
「なぁ、時司」
「ん? 何?」
「日本の授業に興味がある?」
「日本の、授業?」
「そう、いつも公園でうちの子達と一緒に遊んでくれるでしょ? その子達が毎日お勉強している授業に興味ないかな?」
前のめりで俺たちの会話に割って入ってきた千尋さんだったが……というか時司、俺の知らない間にこの世界に住んでいる人間達と交流を持っていたのか!?
思わぬ交友関係に絶句している俺に一瞥した時司が、俺の方に少しだけ上体を倒すと不安そうな顔を千尋さんに向けた。
「それって、蓮君や紬ちゃんが毎日通っている学校で受けている授業ってこと?」
「う~ん、少し違うんだけど……【青空教室】って言って、蓮や紬が毎日受けている授業と似たようなものが受けられるんだよ」
「あの、話の腰を折るようで申し訳ないのですが、その【青空教室】っていうのは具体的にどんな授業を行うのですか?」
それが分からないと時司……というより、クロノスが判断出来ないだろう。
目を輝かせている時司に一瞥した途端、千尋さんが慌てたように両手を振った。
「そう言えば、青空教室の説明がまだでしたね! 早とちりしてしまいました!」
「いっ、良いんですよ! それよりも、青空教室の説明を……」
「そうでした! 青空教室っていうのは、地元住民の方が先生として子ども達に色んなことを教えてるんです」
「色んなこと?」
「はい。主に地域に関することを教えているんですけど、たまに日本のことだったり、世界のことだったり教えていたりするんです」
「つまり、ちょっとした課外授業ってところでしょうか?」
「そんな感じです!」
なるほど、そういうことなら時司を行かせても問題無さそうだな。
千尋さんに納得して返事をしようとした瞬間、声の音量を抑えた時司が小さく上体を上下に動かしながら俺の方を見た。
「ねぇ、パパ! 僕、その【青空教室】ってものに行きたい!」
至近距離で浮かべる満面の笑みに思わず目を見張った。
「えっ、良いのか? 時司?」
「うん! 僕、蓮君や紬ちゃんと一緒にお勉強出来るなら一緒にしたい! それに、パパとママが生まれ育った日本について知りたい!」
「時司、お前……」
絶対興味持ったな?
偽息子の中にいるショタ神様が明らかに興味を持ったことに苦笑いを浮かべると、時司の頭に手を乗せた。
「そうか、お前がそこまで言うならパパも止めないぞ」
「やった~! 蓮君や紬ちゃんと一緒にお勉強出来る!」
「フフッ、良かったね。時司君」
「うん!」
頭の上に乗っている俺の手を退けて尋さんに元気よくお返事する時司に再び苦笑すると、バスの窓に映った青空に目を向けた。
それにしても、この世界の学校の授業か。あの世界では完全にアトラクション扱いだったけど、こっちの世界ではどんなものだろうか。俺のいた世界とそんなに変わらないのだろうか?
その時の俺はそんな吞気なことを思っていた。まさか、この世界の授業があんなものだとは露にも思わずに……
「あっ、青空教室は親子参加が必須だから、律さんも時司君と一緒に来てね」
「そうなんですね。分かりました」
「あと、こっちの方で2人分の青空教室の申し込みは済ませてあるからね」
「……えっ?」
それは、事後報告するものではないよな?
そんなことがあった翌日、俺と時司は千尋さんから貰ったプリントを頼りに青空教室が行われる小学校に足を運んだ。
何でも、この小学校は千尋さんのお子さんである蓮君や紬ちゃんが通っている小学校らしく、千尋さんもこの小学校の事務員さんとして働いているらしい。
俺と時司の分の申し込みが出来たのも、そういう縁があってのことだったようだが……果たして、職権乱用にならないのだろうか?
そんなことを思いながら時司と共に小学校の正門前に着くと、2人の子どもが俺たちの方に向かって手を振っていた。
「お~い、時司く~ん!」
「あっ、蓮君に紬ちゃんだ!」
元気よく繋いでいた手を振り払った時司は、そのまま手を振っている子ども達に一直線で近づくと仲良くお喋りを始めた。
お前、本当にこの世界で【友達】ってやつが出来たんだな。
ショタ神様の成長に泣きそうになっていると、2人の子どもの後ろにいた千尋さんと大樹さんが、ゆっくりとした足取りで俺のところに来た。
「「おはようございます。律さん」」
「おはようございます。千尋さん、先日はどうもありがとうございました。そのお陰で、時司にとって貴重な体験をさせることが出来ました」
「良いんですよ! 元は、主人が言い出したことでしたので」
「そうでしたか。それは、時司の父としてこの場でお礼を言わせて下さい。時司の為に本当にありがとうございます」
「これは、どうもご丁寧に。蓮や紬から時司君のことを聞いていましたし、それに……」
そう言って大樹さんが俺にそっと近づくと、こっそりと耳打ちした。
「そもそも、この青空教室に行きたいと言い出したのは、他でもない蓮と紬だったんです。『普段、時司君と一緒に遊んでいるから出来れば一緒にお勉強をしたい!』って2人が揃って駄々をこねてしまって」
「そうだったんですね」
俺から離れた大樹さんに小さな笑みを向けると、仲良くお喋りしていた子ども達3人が駆け足で来た。
「ねぇ、パパとママ! 早く行こう! 遅刻しちゃう!」
「そうだよ! それに、時司と隣同士で座れる場所が無くなっちゃう!」
「ハハッ、そうだったね。それじゃあ、行こうか!」
「「うん!!」」
2人の子どもにせがまれて気を良くした大樹さんが、両手で子ども達と手を繋いでいる一方で、千尋さんが正門近くに設置されて受付を済ませていた。
その様子をぼんやり見ていると、横から服の袖を引っ張られた。
「ねぇ、パパ! 僕も蓮君と紬ちゃんと一緒に行きたい」
「あぁ、分かった。でも、その前に【受付】ってやつを済ませてもいいか?」
「受付?……あぁ、千尋ママがやってるやつだね。良いよ!」
「ごめんな。それと、ここで待っててくれないか? すぐに終わらせるから」
「分かった!」
時司の眩しい笑顔に見送られて受付に行こうとしたその時、後ろから大樹さんに声をかけられた。
「そう言えば、美穂さんは?」
聞き覚えのある名前に出そうとした足がその場に踏みとどまった。
『美穂』とはクロノスと部下達が作り出した俺の架空の奥さんのことだ。あと、俺が学生時代に付き合っていた元カノの名前でもある。
偽奥さんの名前は昨日の晩飯の後に知ったのだが、初めて聞いた時は『また嫌がらせか?』と思わず口に出てしまった。
まぁ、言われた本人は首を傾げていたので全くの偶然だったらしいのだが。
「妻でしたら、今日はどうしても仕事で手が離せないらしく、残念ながら来れなかったんです。『時司と一緒に授業を受けたかった』と酷く悔やんでいました」
まぁ、これは今朝、朝飯を食べている時に言われた設定なんだけどな。
大樹さんの方を向いて困ったような笑顔で嘘を吐くと、大樹さんの一瞬だけ諌めるような目になった。
「そう、だったんですね。それは残念でしたね」
すぐさま人の良さそうな笑み浮かべた大樹さんに軽く会釈すると受付の前に立った。
さっきの視線、一体何だったんだ?
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




