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22日目 自然と差異⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

「そう、なのか……」



 力が抜けたかのように肩を落とすと、そのままクロノスから視線を外して深く項垂れた。


 この世界では、ルールや決まりが全てで、それに背いたら理由も聞かずに即刻村八分にされるなんて……


 この世界の価値観に深く溜息をつく俺に、クロノスが何でもないように口を開いた。



「それに、この世界では変わった考えを持っている人間も村八分になるらしいよ」

「えっ?」



 唐突に告げられたこの世界の真実の一端に、俺は山登りの最中に聞こえてきた会話を思い出した。





 それは、時の流れがある世界に戻り、あと少しで山頂に辿り着こうという時だった。



「時司、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ!」



 登り始めてから1時間以上経っても尚、休憩を一切挟まないまま周りの景色を目もくれず仲良くお喋りしているこの世界の住人達を遠目で見ながら、汗だくになりながら息せき切りながら必死に足を動かしていると、ふと前を歩いていた夫婦らしき男女の会話が聞こえてきた。



「そう言えば、お隣に住んでいる佐藤さん。実は旦那さんが変わった考えの持ち主だったらしいわよ」

「そうなのか? この前、朝のゴミ出しに行った時に旦那さんと偶然会って話したが、至って普通のことを言っていたけど」

「それが、どうも違ったみたいで……何でも、この前海外に住んでいる友人と観光客向けの遊園地に行ったらしいわよ」

「何だって!? 一体どうしてそんなところに行ったんだ!? 彼だって、この国の最低限のルールは知ってるはずだよな!?」

「それはそうなんだけど、彼曰く『友人がどうしても行きたかったみたいで』ってことだったみたい」

「うわぁ。この前の会議で、観光客と我ら地元民の付き合い方の見直しがされたばかりなのにそんなことをするなんて……まぁ、ルールを破った彼が悪いから仕方ないな」

「そうね、これで私たちの平和が守られたと思えば……そもそも、旦那さんが変わった考えを持っているのが悪いのよ」

「そうだな。郷に入ったのならば、その郷にただ従っておけばいい。変わった考えなんて、持っていても無駄なものだ」



 あの時は、とにかく足を前に動かすことに頭を動かしていたから特に気にも留めていなかったが……よく考えたら、変わった考えを持っているだけでも村八分にされるなんて恐ろしいな!


 あの時の会話の意味を思い出して小さく身震いしている俺に、クロノスは更に身震いさせるようなことを口にした。



「ちなみに、律も変わった考えの持ち主の人間に認定されそうになったんだよ」

「えっ!?」

「でも、この世界でも律と僕は『この世界につい最近来た親子』って設定だから、村八分にされることになかったんだけどね」

「そうだったのか……」

「まぁ、そうなったら時の神様である僕がどうにかするけど」



 興味もないような口調で告げられた事実に、目を丸くしながら深く安堵した。


 確かに、俺はこの世界の人間じゃないから変わった考えを持っていると思われても仕方ないかもしれないが……



「……なぁ、俺のどこに変わった考えを持っているって思われたんだ?」

「う~ん、この世界の山登りのルールを知らなかったところかな?」



 それは、単にお前が教えてくれなかったんだろうが!


 恨むようにクロノスに一瞬だけ鋭い目線を向けると、こみ上げてきた怒りを発散させようと雲一つない青空に向かって大きく息を吐いた。



「だが、どうして変わった考えを持った人も村八分になるんだ? まぁ、周りの人達を危険に晒すような考えの持ち主ならいざ知らず、変わった考えを持っているからって村八分にするのはあまりにも極端だ。人によって生まれも育ちも異なるんだから、自分と異なる考えを持っている人がいたって、何らおかしいことではないと思うが?」



 そもそも、『変わった考え』って何だ? 俺からすれば、この世界の住人達こそが変わった考えの持ち主だと思うが?


 澄み渡る空にゆっくりと首を傾げると、隣の神様が興味の失せたような声色で端的に答えた。



「それは、この世界に住む人間達がそれを恐れて許さないからだよ」





「恐れていて許さない?」



 顔を顰めながら青空からクロノスに顔を戻すと、つまらなそうな顔で眼前に広がる光景を見ながら小さく頷いた。



「この世界に住んでいる人間達は、()()()()()()がきっかけで自分達とは違った考えの持ち主……正確には、この世界で広く知れ渡っているルールや決まり、常識やマナーに背いたり異なる考えを持ったりする人間を酷く恐れて許さなくなったんだ」

「とある出来事?」



 この世界の住人達が排他的な考えを持つ出来事って?



「うん、その出来事は律も知ってるものなんだけど」

「俺も知ってる?」



 俺が知ってる出来事って……


 思い出すように頭をフル回転させていた俺に、クロノスが出来事を思い出させてくれるヒントをくれた。



「そうだよ、あの世界の成り立ちを覚えていたら知ってるはずだよ」

「あの世界の成り立ち?」



 確か、元々は荒廃していた世界を当時の最年少総理大臣だった渡邊翔太が、父親の拓也を騙す形で作ったAIと共に国を立て直して……



「そう、あの世界とこの世界はどうやって出来た?」

「それは、47人の知事達が自分達の治めている都道府県の住人達に対して住民投票をして、それが反映された結果……ってまさか!?」



 それがきっかけで、こんな排他的な考えを持つようになったのか!?


 啞然としている俺を一瞥した目も時の神様は、ゆっくりと息を吐くと静かに呟いた。



「まぁ、そうすることでしか、この世界に住んでいる人間達は生きていけなかったみたいなんだけどね」



 そう言って遠くの景色を眺めていた彼の目は、どこか悲しげな目をしていた。




 旅行22日目

 今回は、初対面のご近所さんからの脅しで山登りをすることになった。

 あの世界でも山登りをしたはずなのに、まさかこの世界でも山登りをすることになるとは……

 まぁでも、これに参加しなかったら村八分になるらしいので、『自由参加』という名の『強制参加』で行くことになった。

 集合場所に着いた後、そのままご近所さんからの好意で用意して頂いた大型バスに乗った俺たちは、山の入り口に到着する間は時司が楽しそうに周りの人と会話をしている様子を眺めたり、時々会話に混じったりして有意義な時間を過ごした。

 しかし、いざ到着して山登りを始めると、俺はこの世界での山登りルールを知ることになる。

 何でも、道中での写真撮影や休憩などは暗黙の了解で禁止されているらしい。後でクロノスから聞いた話なのだが、理由は列を乱されることをこの世界の住人達が良しとしないかららしい。

 そして、1時間以上かけて山頂に到着したのだが、休憩時間はたったの10分で昼飯を食べたら即下山とのことで、写真を撮ったり景色を眺めたりすることはしないらしい。

 『一体、何のために山を登るのか?』と恵子さん達に問いた時に返ってきた答えが、『住人同士の結束を高める為』だった。

 元の世界から来た俺には、いまいち理解出来なかった答えだった。

 ちなみに、これもクロノスから後で聞いた話なのだが、山を登る以外にも海に行ったり温泉に行ったりするらしいが……どうして、そこまでして結束を高めたがるのだろうか?

 それに、この世界の住人達は自分と異なる考え方の人間のことを酷く嫌うらしい。

 どうやら、あの世界とこの世界が作られたきっかけになったあの出来事が関わっているみたいだが、人間なのだから考え方が違っていて当たり前のはずなのに……

 あと、クロノスの計らいでこの世界の山の頂から見える景色を思う存分撮ることが出来た。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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