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22日目 自然と差異⑤

これは、とある男の旅路の記録である。

「すごい……」



 山頂に着いた時に見た景色や建物から見た景色も素晴らしかったが、この場所から見える景色は、それらが霞んでしまうくらいに素晴らしいものだ。


 筆舌尽くす景色を前に写真を撮ることなど忘れて感嘆の息を漏らしながら目と心を奪われている俺の横で、クロノスは準備していたレジャーシートを広げていた。



「律、満足するくらい景色を見るのも良いけど、そろそろご飯食べないといけないんじゃないの?」

「あっ……」



 クロノスに指摘されたタイミングで鳴った空腹を知らせる音に、思わず苦笑いを浮かべると、用意してくれたレジャーシートの上に腰かけた。



「レジャーシート用意してくれていたんだな。すっかり忘れていた。ありがとう」

「別に大したことじゃないよ。律は多分忘れているからかなと思って」

「アハハ……」



 その通りだったので返す言葉もなかった。


 申し訳なさそうに笑う俺を見てクロノスが呆れたようなため息を漏らすと、眼前に広がる景色に目を向けた。



「それに、よく考えたら山を登り始めてから水を飲むことも何かを食べることもしなかったね」

「そう言えば、そうだったな。俺たち、ろくに飲食もせずによく頂上まで登り切ったな」

「そうだね。この世界に住んでいる人間達って、もしかすると律のいた世界に住んでいる人間達より丈夫なのかもしれない」

「確かに……」



 この世界の住人達のタフさに今更ながら驚いていると、再び空腹を知らせる音が俺の腹から鳴り、それを聞いて顔を見合わせた俺たちは揃って笑みを零すと、各々が背負ってきたリュックから手作り弁当を取り出した。



「それでは、早速……」

「「いただきます」」





「「ごちそうさまでした」」



 2人で仲良く弁当を完食して片づけを済ませると、山登りで酷使した体を休ませようと両手を後ろについて足を伸ばした。



「律が作ったお弁当。中々良かったと思うよ」

「そうか? まぁ、ほとんどは有りものを詰め込んだだけなんだけどな」



 けどまぁ、久しぶりに自分で作った弁当にしては美味かったな。


 時の神様に褒められた弁当を心の中で自画自賛しつつ雄大な自然に向けた。


 何だか、こうやってのんびりしていると、ここが未来の世界だと感じないな。


 もしかすると、俺のいた世界にもあったかもしれない景色に静かにため息を零すと、不意に恵子さんと拡声器を持った男性が言ったことが蘇った。



「なぁ、クロノス」

「ん~? 何だい?」



 いつもより少しだけ間延びする返事をしたクロノスに向かって、何気ないことを言うように聞いてみた。



「さっき、恵子さんと拡声器を持った男性が言ってたことは本当なのか?」





「言ってたことって?」



 俺と同じ楽な体勢で座っていたクロノスが、体を起こして体育座りをすると小首を傾げながら俺の方を見た。



「ほら、言ってたじゃねぇかよ。『地元民なら、写真を撮らない』って」



 忌々しくものを見る目を向けながら言われたことを思い出し、少しだけ眉を顰めながらゆっくりと体を起こして胡坐を掻くと、隣の神様は思い出したかのように深く頷いた。



「あぁ、そう言えばそんなことを言っていたね」



 そんなことって……俺はそれを言われて怒りを覚えたのに。


 2人の言葉に特に気にも留めていなかったクロノスに思わず肩を落とすと、クロノスの口角が少しだけ上がった。



「確かに、彼らが言ってたことは間違っていないよ」

「やっぱりそうなのか……」



 信じたくもなかった事実を突きつけられて思わず項垂れそうになったが、それを言われるきっかけになった出来事を思い出し、その元凶を作った神様に聞いた。



「だとしたら、どうしてあの時『写真を撮ること』って提案をしたんだ?」



 未来予測が容易に出来る人ならざる者の愚行とも取れる行いに疑問を呈すると、その者はあっさりとした口調で答えた。



「そうしないと、この世界の真実の一端を律に見せることが出来なかったからさ」

「この世界の一端?」



 写真を撮ることがこの世界の真実の一端が見れるんだ?


 首を傾げる俺にクロノスは今更なことを聞いてきた。



「ところで、律は僕からこの世界の山登りのルールを聞いてどう思った?」

「どうした突然?」

「良いから、どう思ったの?」



 少しだけ前のめりになって聞いてくるクロノスに思わず顔を顰めつつ、クロノスからこの世界の山登りのルールを聞いた時のことを思い出した。



「そっ、そうだな……正直、厳しいと思った」

「厳しい?」

「あぁ、写真撮影に関するルールはあったのかもしれないが、俺のいた世界での山登りのルールに『決まった場所以外で休息を取ることを禁ずる』なんてルールは無かったと思うから」



 休憩用に建てられた東屋のような場所での休憩を推奨したり、逆に自然保護の観点から特定の場所を休憩禁止場所にしたりするようなことはあったのかもしれないが、休憩自体をルールで縛るようなことは無かったと思う。



「そうか、律にとってこの世界の山登りのルールは厳しかったんだね」

「クロノス?」



 考え込むように俯いたクロノスに首を傾げると、そっと顔を上げたクロノスがゆっくりと俺から雄大な自然に視点を移した。



「まぁ、そう思ってくれたのならば、僕から写真撮影を提案して良かったのかもしれないね」

「クロノス、一体何を言って……」

「律」



 言い募ろうとした俺の言葉をぶった切った時の神様は、静かにこの世界の真実の一端を口にした。



「この世界はね……自分達の決めたルールを最も大事にしているんだよ」





「ルールを大切にしている?」



 突如告げられた言葉に首を傾げ続ける俺に、クロノスは酷くつまらなそうな顔をしながら頷いた。



「そう、この世界に住んでいる人間達は自分達が決めたルールを大事にして、それを全員守っているのさ。律だって見たよね。この世界に住んでいる人間達がルールや決まりってものを大事にして守っている様を」

「あっ……」



『この世界の山登りでは、指定の場所以外では休憩や写真撮影をしてはいけないんだよ』

『ここでは、山登りの休憩時間は10分と決まっているのです』

『そろそろ、皆さん集まっていますね』



 よく考えれば、クロノスからこの世界の山登りのルールを教えてもらってから、この世界の住人達が自分達の定めた『最低限のルール』ってものを守っている様子をこの目で見た。

 まぁ、最低限のルールの全容を知らない俺には、果たしてこの世界の住人達が本当にルールを守っているのか分からないが、少なくともクロノスやあの2人から教えてもらったルールを守っているのは理解出来た。



「確かにそうだった。でも、それは良いことじゃないのか? そこら辺にルールを守らない奴らがいる世界よりは遥かにマシだし、治安が守られて安心して暮らせるじゃねぇか」



 みんながルールを大事にして守っている。それは、毎日どこかで犯罪が起きている元の世界で暮らしていた俺からすれば理想であり絵空事でしかなかった。

 だが、この世界はそれが現実として実現出来ている。それは、とても素晴らしいことじゃないだろか。


 僅かに眉間の皺が緩んだ顔で聞くと、小さく溜息をついたクロノスがゆっくりと俺に視線を合わせた。



「それ、本気で言ってる?」

「えっ?」



 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚く俺に、呆れたような顔で聞いていたクロノスが不意に何かを咎めるような表情で俺に顔を寄せた。



「律は、この世界のルールに背いた場合、そのルールに背いた人間が【村八分】ってやつになっても良いって思っているの?」





「むっ、村八分!?」



 唐突に出てきた単語に動揺して思わず後ずさった。


 ルール守らなかったら村八分ってどういうことだよ!?


 啞然としている俺を見て大きく溜息をついたクロノスが、前のめりになった姿勢をゆっくりと戻すと、目の前に広がる絶景に再び目を向けた。



「そう、この世界ではルールに背いた場合、その人間は即刻村八分になるのさ」

「即刻!?」



 ルールに背いたとはいえ、それ相応の罰にしてはあまりにも厳しすぎるじゃねぇか!?


 言葉を失っている俺にクロノスは大きくため息をついた。



「そうだよ」

「だっ、だが! 村八分にする前に背いた理由くらいは聞くだろ?」



 ルールを背いたにしても、それ相応の理由はあるはずで、それを聞かず村八分にするなんてこと……



「聞かないよ」

「えっ?」



 再び言葉を無くす俺に、クロノスは小さく溜息をついた。



「この世界に住んでいる人間達にとって、ルールや決まりに背いたってことが大事みたいなんだよね。だから、ルールに背いた時点で村八分にすることは確定なのさ。まぁ、これに関しては神様の僕でも理解出来るけど」

「だからって、ルールに背いただけで理由も聞かずに村八分なんてあまりにも極端すぎるだろ」

「そうなの?」



 首を傾げながらこちらに顔を向けるショタ神様に向かって訴えかけるような目で頷いた。



「あぁ、いくらルールに背いたからと言ってもそれ相応の理由があるはずだ。まぁ、自分勝手の理由でルールに背いたのは仕方ないとして……例えば、人命救助を理由に飲食禁止の場所でやむを得ず水を飲ませたとか。そういうことも、この世界では考慮されないのか?」



 確かに、ルールを守らなかった時にはそれ相応の罰は受けるべきだと思う。しかし、時と場合によってはそれを破らざるをえない時だってある。


 こみ上げて来る不安を抑えつつ聞くと、時の神様は表情を一切変えないまま小さく呟いた。



「そんなの、考慮されないに決まってるじゃん。ルールを破ったことには変わりないのだから」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


あと、今更ですがタイトルを少しだけ変更しました。よろしくお願いします。


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