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22日目 自然と差異②

これは、とある男の旅路の記録である。

「あっ、律さん! 遅かったじゃない!」



 時司と手を繋ぎながら足早に公園に入ると、そこには既に老若男女が約100人集まっていた。


 へぇ~、俺とクロノスが住処にしているマンション近くには、こんなにもたくさんの人達が住んでいたんだな。


 大勢の参加者を目の当たりにしてそんなことを思っていると、今朝怒鳴り散らしていたおばさんが朗らかな笑みを浮かべながら俺と時司のところに駆け寄ってきた。


 うわっ、マジか……


 今朝玄関先で鬼の形相をしていた人とは思えない、人の良さそうな笑顔で手を振るおばさんに引きそうになる口角を抑えていると、俺の手を離した時司が元気よくおばさんを迎えに行った。



「あっ! おはようございます! 恵子さん!」

「あら、時司君! おはようございます」



 へぇ~、あのおばさんの名前『恵子さん』って言うんだ。ありがとう、時司(クロノス)


 心の中でショタ神様にお礼を言うと、営業スマイルで二人がいる場所に近づいた。



「おはようございます。今朝は本当にすみませんでした」

「あら、良いのよ。律さんだって、男手ひとつで時司君を育てているんだから、仕事と子育てに忙しくて忘れてたって仕方ないわよ」



 だとしてたら、もう少し言い方を考えて欲しかった。というか、今朝言われたことと全く異なることを言ってないか?



 満更でもないような顔で上品に笑う恵子さんを内心で悪態をつきながら、彼女の態度の豹変ぶりに首を傾げそうになった時、横にいた偽息子が可愛らしく首を傾げた。



「ねぇ、恵子さん。パパ、何か悪いことをしちゃったの?」



 不安げな表情で恵子さんを見る時司の前に上機嫌の恵子さんがしゃがみ込みんだ。



「ううん、パパは何にも悪いことはしていないよ。ただ、今日のことを忘れていたってだけだよ」

「今日のこと……あぁ、それならパパ悪くないよ! だって、悪いのは僕だったんだから!」

「時司、どういうことだ?」



 咄嗟に時司の両手を取ってしゃがみ込んだ俺に、時司は俺のことを一切見ること無く俯きながら口を開いた。



「本当は、パパがお買い物行っている時に恵子さんからチラシを貰っていたの。だけど、それをパパに見せるのを忘れてて……パパ、恵子さん、ごめんなさい」



 小刻みに肩を震えさせながら頭を下げる時司に、恵子さんが慌てたように時司の顔を上げさせた。



「そうだったの!? そうだと知らずにパパを謝らせてごめんね」



 というかお前、いつの間に受け取っていたんだよ。


 内心で呆れながらも、張りぼての笑顔で時司の目を合わせた。



「そうか、パパが買い物に行っている時にお父さんの代わりに受け取ってくれたんだな。偉いぞ、時司」

「パパ、怒ってない?」

「怒ってない。時司がちゃんと反省してるし、謝ってくれたから怒らないよ。それに、次からはパパが外に行っている時に受け取ってくれた物をちゃんとパパに渡してくれるよな?」

「うん!!」



 俺の手を放してゴシゴシと涙を拭いてから元気よく頷く時司の頭を優しく撫でた。そんな俺と時司の様子を恵子さんは温かい目で見ていた。





 すっかり元気になった時司に俺と恵子さんが揃って胸を撫で下ろしていると、公園の真ん中に置かれた即席のお立ち台の上に、俺の親父と年の近そうな男性が拡声器を片手に立った。


 どうやら、あの人が今回の山登りの主催者らしい。



「え~、皆さん。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。それでは、早速近くの山に山登りに行きたいと思います。参加者の皆様には、いつものように茂さんの好意で出して下さった大型バスに乗りこみ、今回の目的地である山の近くにある駐車場まで移動していただきます」





『茂さん』という人が用意してくれた大型バスに他の参加者達と一緒に乗り込んだ俺と時司は、近くに座っている参加者の皆様とお喋りに興じていた。


 異世界に来てからこんなに長く生身の人間と話すのが随分とご無沙汰だったので、営業スマイルを浮かべながらではあったが、この世界の住人達と色んな話が出来て楽しかった。


 そうこうしているうちに、俺たちを乗せた大型バスは巨大駐車場に止まった。降りる前に外の様子を見ると、何十台もの大型バスが横一列に並んでいるのが見えた。


 どうやら、今から登る山はこの世界では有名な山らしい。


 そんなことを思いながら時司と一緒にバスから降りると、公園で拡声器を使って話していた男性が再び拡声器を使って集合を呼び掛けていた。



「時司、パパから離れないように手を繋いで行こうか」

「うん!!」



 小さくて温い手を軽く握って集合場所に着くと、辺りを見回した男性が軽く頷いた後で『山登りでの最低限のマナーを守るように』と言った後に参加者全員の士気を高めると、参加者達は朗らかな笑みを浮かべながら当たり前のように二列になって、次々と山へと入って行った。


 自然な流れで二列の列を作って入って行ったけど、これがこの世界での最低限のマナーなのか?


 自然な流れで列を作りながら山へと入っていく参加者達に不気味さを感じていると、横から服の袖を引っ張られた。



「パパ、行こう!」

「そっ、そうだな! 行こうか!」



 絶句している俺を、時司の不安げな表情と何故か注がれる参加者達からの冷たい目線に向けられ、一瞬顔を引きつらせると時司と一緒に列の最後の方に並んで山へと入った。





「へぇ~、綺麗だな~」



 山に入った参加者達は人の手で綺麗に整備された山道を誰一人として列を乱さないまま、山の風景を楽しんだりマイナスイオンを感じながら隣同士で仲良く会話に興じたりするなど、思い思いに楽しんでいた。

 そんな状況に、俺は少しだけ恐怖を感じつつも自然豊かな風景に心奪われていた。


 山に入ってから暫く経つが、ここまで一切ペースや列を乱さずに山登り出来ていることに怖さを覚えてしまいそうになるが、この世界の山は、緑が生い茂っていて綺麗だし、空気も美味いしで最高だ。

 そう思うと、何だか無性に写真が撮りたくなってきたな。


 後続の人達に迷惑をかけないよう気を配りつつ、バスに乗っている時に出しておいた相棒(カメラ)に手をかけた瞬間、横から伸びてきた手と共に聞き慣れた音が辺り一帯に響き渡った。




 パチン!




 突如訪れたモノクロの世界に驚いて隣を見ると、そこには黒目黒髪の偽息子ではなく、金髪碧眼のショタ神様が何時になく険しそうな表情で少しだけ俯いていた。


 クロノスがこんな表情をするなんて珍しい。


 時の神様の厳しい表情に顔を顰めながら首を傾げると、眉間に皺を寄せた神様が俺の方に顔を向けると重々しく口を開いた。



「律。今、写真を撮ろうとしたよね?」

「そうだが、それがどうしたんだ?」

「やっぱり……」



 寄せていた眉を離しながら大きく溜息をついたクロノスは、半ば呆れたような表情で俺のことを見た。



「まぁ、これは僕が言わなかったことが【悪い】ってやつなのかもしれないから、律を【責める】ってことはしないけど……律」

「何だ?」

「ここではね、指定された場所以外の撮影や録音、そして休息は一切禁じられているんだ」

「えっ!? そうなのか!?」



 開いた口が塞がらないままゆっくり辺りを見渡すと、俺のいる場所から見える登山者達の中に足を休めたり立ち止まって撮影していたりする人達は誰一人としていなかった。


 よく考えたら、登り始めて暫く経つが、誰一人として『休憩』なんて言葉が出てこなかった。まぁ、そんなことも考えずに登っていた俺の大概だが。

 でも、撮影・録音はまだしも、休憩すら指定場所以外で取ることを禁じられて……まさか。



「もしかして、この山って国が管理している重要文化財みたいな山なのか? 山に入る為には事前の許可が必要みたいな」



 そういうことなら、自然保護という目的で厳しく禁じられているのかもしれないが……


 俺のいた世界のことを思い出して辿り着いた推測に、クロノスは首を傾げた。



「律が何を言っているのかよく分からないけど……ここは、律が思っているような場所ではないよ」

「えっ? それじゃあ、ここは誰でも入れる山なのか?」

「そういうことだね」

「えぇっ……」



 誰でも入れる山にしてはルールが厳しくないか!?

 いや、もしかするとこの世界は俺のいた世界より自然保護に対する意識が高いだけなのかもしれない。



「だとしたら、どうしてそんなルールがあるんだ?」

「それはもちろん、この世界に住んでいる人間達が自分達の身を守るためだよ」

「そう、なんだな……」



 自然保護じゃなくて自分達の身を守るためだったのか……まぁ、それで緑豊かな自然が守られるなら良いのかもしれない。

 それにしては、過剰防衛すぎる気がするけどな。



「だが、そういう大事なことはちゃんと言うべきじゃないのか?」



 そうだ、『指定された場所以外での撮影や休息禁止』という大事なことは【最低限のルール】って言葉で片づけずにちゃんと言葉にするべきだと思うが。


 事前に言われなかったこの世界の登山においてのルールに納得出来ていない俺を見て、クロノスは再び溜息をついた。 



「それは、この世界に住んでいる人間達が【最低限のルール】の中にそれが含まれていることを()()()()()()からだよ。律のいた世界でも、分かりきっている決まりやルールってものはわざわざ言わなかったでしょ?」

「いや、山登りのような命に関わることなら分かっていてもさすがに言うぞ」



 確認の意味でも参加者達に対してはそういう最低限のルールは言うと思う。いや、言うべきだ。そうすれば、参加者全員の危険意識を共有することで自分や周りの人達を危険から守ることが出来るし、万が一危険な状況になっても迅速に対応出来て最小の被害で抑えられる。



 確認の意味でも参加者達に対してはそういう最低限のルールは言うと思う。いや、言うべきだ。そうすれば、参加者全員の危険意識を共有することで自分や周りの人達を危険から守ることが出来るし、万が一危険な状況になっても迅速に対応出来て最小の被害で抑えられる。



「そうなんだ~。でも、この世界に住んでいる人間達は『そんなものは常識なんだから、分かっていて当然』って認識みたいだから【最低限のルール】って言葉で全て済ませているみたいだよ。実際、この世界が出来てから山登りで命を落とした人間はいないみたいだし」

「ええっ……」



 いいのか、それで?


 この世界の登山においてのルールと周知徹底の仕方に言葉を無くした俺は、カメラにかけていた手をそっと降ろした。



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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