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21日目 恋愛と理想⑧

これは、とある男の旅路の記録である。

 不敵な笑みで鳴らした音は和音となって俺の耳に届き、怪しげな目を向けてきた人達は音が鳴った瞬間、その表情を変えることを許されなかった。


 良かった、来てくれた。


 重なって聞こえた音に安堵した俺は、ゆっくりと腕を降ろして、もたれかかるように座り直しながら大きく息を吐くと、近くから聞き慣れた声が聞こえきた。



「やぁ、律。言われた通りに迎えに来たよ」



 酷く疲れた顔で声がした方に視線を向けると、そこには俺の相棒(カメラ)を両手で大事そうに抱えながら爽やかな笑顔で俺のところに向かって歩いてくる金髪碧眼の美少年がいた。



「おう、ありがとうな。クロノス」

「別に構わないよ。むしろ、こっちの方が【感謝】ってものをしたいし、【謝罪】ってものをさせて欲しい」

「感謝に謝罪?」



 ショタ神様が俺に感謝と謝罪?


 怪訝な顔をしながら少しだけ姿勢を正した俺に、感謝と謝罪をしたい当の本人は俺の目の前に空いている席に座りながら小さく頷いた。



「うん、まずは感謝から。律が加護を通して僕に『待ってほしい』と言ってくれたお陰で、僕はこの状況の原因を理解することが出来た。それに関しては……ありがとう」

「あっ、あぁ……って、俺の声が聞こえたのか!?」


 今思い出すと、物凄く恥ずかしいんだが!


 頭を下げながら感謝を伝える時の神様に対し、戸惑う気持ちより羞恥の感情が勝った俺は、頬が熱を帯びていることを感じつつも頭を上げるクロノスから目を逸らなかった。



「うん。正確には、その腕時計に付与した加護の持ち主から僕に連絡が来たんだ」

「加護の持ち主って、もしかしなくても噓を得意とする神様からか?」

「そうだよ。彼から律のことを聞いた時、最初は理解出来なかったけど……律がその人間から色々と聞いてくれたお陰で理解することが出来た。本当に感謝している」



 そう言いながら、クロノスは俺の隣に座っている人間を一瞥した。


 どうやら、少しは目の前にいる神様に恩返しが出来たようだ。



「まぁ、そういうことなら……」

「それと同時に、謝罪をしないといけない。律にこんな状況になると分かっていて送り込んでしまったこと、本当に申し訳なかった」



 再び頭を下げる神様に、俺は慌てて立ち上がった。



「いっ、良いんだ! お前は、俺にこの光景を見て欲しかったんだろ? だったら、あの世界にいた頃から毎日ずっとやってきたことじゃねぇか。だから……神様のお前が、そう簡単に人間に対して頭を下げるな」

「……律、あの時と違って怒ってない?」



 あの時って……



「もしかして、ラブホの件のことを言っているのか?」

「……うん」



 お前、まだあの事を気にしていたのか。


 初めて見る不安げな目をするクロノスに少しだけ驚いた俺は、小さく息を吐くと静かに座り直した。



「まぁ、怒っていないと言ったら嘘になる」

「やっぱり……」



 落ち込むように項垂れるショタ神様に不謹慎だと分かりつつも思わず笑みが零れた。


 お前、いつからそんな人間らしいことが出来るようになったんだよ。



「だが、あの時と違い、今回は俺の為にあれこれ手を尽くしてくれた。そして、ここには記憶を改竄する香りが無いから、お前のこともここに来た理由もちゃんと覚えている。だから、あの時のような怒りはない」



 あの時は、クロノスが興味本位で俺をあの場に送ったことや、好意的に思っていた人物が実はアンドロイドだったことや、俺がお前のことを忘れて手を上げてしまったことなど、様々な感情が俺の中で渦を巻いていたから、クロノスに対して激しい怒りを感じていたが……



「本当に?」

「あぁ、本当だ」



 俺の顔色を伺うように見てくるクロノスの頭にそっと手を乗せた。


 今回は、お前がこの状況になると分かって、あらかじめ手を回してくれたことを俺は覚えている。だから、あの時のような怒りは感じていない。


 小さく笑みを浮かべながら頭を撫でる俺に、最初は驚いたような目をしたクロノスは、俺が怒っていないと理解すると、いつものような小生意気な笑みを浮かべた。



「ところで……律、ここの写真撮る?」

「もちろん」



 そう言うと、クロノスは持って来てくれたカメラを大事そうに俺に渡した。


 こいつ、俺がこのカメラを大事だってことも、俺がここの写真を撮ることも覚えていてくれたんだな。

 まぁ、持って来てくれた本人は『理解できない』って言ってるけどな。


 【気遣い】というものを覚えた時の神様に心の中で感謝しながらカメラを起動させた。





「ところで、クロノス」

「ん? 何かな?」



 一頻り店内を撮り終えると、近くで待ってくれたクロノスに声をかけた。



「俺の隣に『綾』って名前の人間が来るってことも知っていたんだよな?」

「あぁ、律と仲良く話していた人間、『綾』って言うんだね」

「……その様子だと、知らなかったんだな」

「うん、それがどうしたの?」



 まぁ、不思議そうな顔をして小首を傾げる神様は、相変わらず人間に対して関心が無いのは、今に始まったことじゃないんだけどな。


 小さく息を吐いた瞬間、彼女が最後に放った一言が頭に蘇った。



「そう言えば、【裏切者】って何だ?」



『それは、あなたが【裏切者】だって疑われているからよ!』


 あの時は、『後でクロノスに聞けばいいか』と思っていたが……よく考えたら、どうして俺が裏切者? そもそも、裏切者って何だ? 俺、この世界に対して裏切をした覚えはないぞ?



 彼女の言葉に引っ掛かりを覚えながら問いかけた瞬間、目の前にいる神様の顔が歪んだ。



「それは、誰から聞いたのかな?」

「えっ、俺の隣に座っていた彼女からだが……どうした?」



 クロノスが嫌悪を露わにするなんて初めてじゃないか?


 初めて見る表情に思わず背筋に嫌な汗が流れたが、顔を顰めたクロノスが彼女に非難するような視線を向けると、納得した表情で俺のことを見た。



「なるほどね……どうやら、この世界は僕が思った以上に相性が悪いようだね」

「クロノス、一体どうことなんだ?」



 クロノスとこの世界の相性が悪いのと【裏切者】にはどんな関係があるんだよ!?


 不穏なことを言うクロノスに今度は俺が顔を顰めると、一人納得したクロノスは意味ありげな笑みを浮かべながら片手を上げた。



「まぁ、それはそのうち分かるから。このまま行けば……うん、明後日くらいには分かるんじゃないのかな」

「明後日!? 明日じゃなくて!?」



 驚きの声をあげる俺に、クロノスは楽しそうな笑顔で頷いた。



「うん。明日は【裏切者】って言葉の意味を知ることは不可能だと思うから。律もそれどころじゃないと思うし」

「ええっ……」



 明日の俺、【裏切者】って言葉の意味を知るどころじゃないのかよ!?


 啞然としている俺の手を握ったクロノスは、俺に目を閉じさせると指を鳴らした。




 パチン!




 旅行21日目

 今回は、俺の不用意な発言に興味を示してしまったクロノスの提案で、この世界の合コンに行くことになった。

 『あの世界でも合コンに行ったのに、この世界でも合コンに行くのかよ』と内心うんざりした。

 その上、この世界での俺の立場は一応子持ちの既婚者。今の俺が合コンなんてところに行ったら、不貞行為と見做されて社会的に罰せられるのは間違いなかった。

 だが、そんなことは最初から理解していたらしいクロノスは、事前に偽装の準備をしていた。

 別の神様に頼んで外見を偽れる道具を用意していると知った時は、開いた口が塞がらなかった。本物の神様の神業、恐るべし。

 そんな用意周到に準備された神業偽装に安堵した俺は、大船に乗ったつもりでこの世界の合コンに行ったのだが……この時の俺は、この世界に住人達のことを見くびっていた。

 クロノス曰く、この世界の合コンは住人同士での合コンが当たり前らしく、余所者や観光客が合コンに参加することは、この世界全体の住人達が良しとしないらしい。

 今日、俺が行った合コンも『【斎藤 駿】という、この世界の住人』という設定でクロノスがこの世界の住人達に対して周知させたらしいんだが……その神様の力を()ってしてもこの世界の合コンローカルルールには勝てなかったらしい。

 まぁ、『この世界の合コンは、全てローカルルールという名の常識に則ったもので、これを知らなかった人は、全員余所者扱いされる』というこの世界の暗黙の了解を人間のことに疎い神様が知るはずがないので、今回の事態はこの世界の基準で当てはめるなら起こるべくして起こったということだ。

 ちなみに、綾さんが意気揚々と言っていた理想のタイプはこの世界では常識らしく、この世界に外資系企業が無いことは本当らしい。

 だとしたら、この世界には一体どんな企業があるのだろうか。知れる機会があれば、是非とも知りたい。

 あと、この世界では既婚者が身分を偽って合コンに行った場合、法律により罰せられる上に、重すぎる社会的制裁を受けるとのこと。怖すぎる!


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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