21日目 恋愛と理想⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
「それより、木村さんって休日はどんなことをされているのですか?」
すると、彼女は再び一瞬だけ嫌そうな顔をした。
すぐさま取り繕ったような笑みを浮かべるが……まさか、合コンでの定番の質問って、この子にとっては地雷なのだろうか? それにしては、俺に対しては積極的に聞いてきているが。
「え~、普通ですよ、普通」
「普通、なんですか?」
「えぇ、普通です。普通の休日を過ごしていますよ」
『普通』ねぇ……そう言えば、何を聞かれても『普通』としか答えてないな。余程聞いて欲しくないことなのだろうか。
そんなことを億尾にも出さず、納得したように優しく頷いた。
「そう、なんですね」
「はい。逆に駿さんは?」
「私、ですか?」
「はい! 駿さんの休日の過ごし方、すごく気になります!」
キラキラした眼差しで前のめりになる彼女に、俺は少しだけ考えを巡らせた。
う~ん、これは普通に答えるべきか。でもなぁ、昔後輩の女子社員達に趣味を聞かれて、素直に『写真撮影』って言ったら、『何か、おじいちゃんみたいな趣味を持っているんですね』って、少し引かれたことがあるんだよな。仕方ない、ここは彼女と同じ答えを返すか。
「私も普通ですよ、普通」
彼女から先程から出している単語をにこやかに口に出した途端、彼女が可愛らしく頬を膨らませた。
「もう! それじゃあ、答えになっていませんよ! 駿さん、ちゃんと答えてください!」
ええっ、何で俺、彼女に怒られないといけないんだ!? 同じ答えがいけなかったのか?いや、それにしてはやけに理不尽すぎないか?
彼女の思わぬ反応に内心でたじろぎつつも、照れたような愛想笑いで頭をかいた。
「とは言いましても、本当に普通ですよ」
「本当ですか~? 『実は彼女と一緒に過ごしています』とかじゃ、ありませんよね?」
「そうだとしたら、ここには来ていませんよ」
というより、合コンでその質問は完全にアウトなのでは?
首を傾げそうになった瞬間、自分の言った言葉の意味にようやく気付いた彼女が慌てて頭を下げた。
「そっ、そうですよね! すみません、つい熱くなってしまいました」
謝った途端にしょぼくれてしまった彼女。どうやら勢いで言ってしまったらしい。
「良いんですよ。それだけ、私のことを知りたいってことですよね?」
「はい、もちろんです!」
俺が紳士的に優しく問いかけると、しょぼくれていた彼女の顔が一瞬でひまわりのような笑顔を浮かべ、その笑顔を見て不意に穏やかな気持ちになった。
どんな表情も可愛らしくが、やっぱりこの子には笑顔が一番似合っている。
その後、彼女と楽しく食事しながらお互いにお互いのことを質問しあった結果、彼女に関して2つ分かったことがあった。
1つは、【斎藤 駿】という人間に対して、彼女は積極的にあれこれを根掘り葉掘り聞いてくるものの、自分のことを一切話さない。
最初は単に彼女が緊張していて頭が回らないから答えられないのだろうと思っていたが、あれこれと話しているうちに彼女が意図的に自分のことを話さないことに気づいた。
そんな彼女に、俺は『何かしら裏があるのではないか?』と不審に思っている。
そして、もう1つはそんな俺たちの会話を周りの人達が全員、興味の無いふりをして耳をそばだてて聞いていた。
大人の男女の会話がどうしてそこまで気になるのか俺にはさっぱり分からないが、周りに聞かれていると気付いた時は思わず顔が強張りそうになった。
そんなことを思いながら、目の前にいるクルクルと表情を変える彼女との会話と食事を楽しんでいると、唐突に彼女が恥ずかしがるような素振りをしながら上目遣いで何度もこちらを見てきた。
ん? 突然どうしたんだ?
優しい笑みを崩さず小首を傾げようとした瞬間、目を閉じて大きく深呼吸した彼女が意を決したかのような表情で俺のことを真っ直ぐ見てきた。
「あのっ、駿さん!」
「はい、何でしょう?」
「あの、つかぬ事を伺いますが……理想のタイプっていますか?」
あぁ、これは……またもや、合コンでの定番の質問ですね。
「理想の、タイプですか?」
「はい、駿さんの理想のタイプがどうしても聞きたくて!」
目を輝かせて期待に満ち溢れた笑顔で死に聞いてくる彼女から思わず目を逸らすと、顎に片手を添えつつ考えを巡らせた。
理想のタイプか。そう言えば、ちゃんと考えたこともなかったな。まぁ、友達や同僚から散々聞かれたことがあるからこれが初めてってわけじゃないが、この話題が出て来る度に、面倒に思った俺はその時のノリで答えていたんだよな。
つまり、今の俺にはこれと言って明確な理想のタイプっていない。
「そうですね……考えたことが無いと言えば嘘になりますが、はっきりと言える自信がないんですよね」
「そうなんですか!? 失礼ですけど駿さん、過去にお付き合いされた方はいらっしゃいますよね?」
勢いよく立ち上がった彼女に少しだけ慄きながら小さく頷いた。
「まぁ、そうですね」
「でしたら、その方達が全員、駿さんの理想のタイプってわけじゃなんですか?」
『タイプがいない』って言った途端、物凄く驚いた顔で立ち上がったが、そんなに意外なことか? というか、その質問は俺や元カノ達に対して軽く失礼だとは思わないのか。
こみ上げてきそうになった苛立ちグッと堪え、困ったような笑みで彼女と目を合わせた。
「う~ん、木村さんという素敵な女性の前で話すのは大変心苦しいのですが、今までお付き合いをしていた彼女とは……何というか、成り行きで付き合って、成り行きで別れたんですよね」
「成り行きで付き合って、成り行きで別れていたんですか!? 一体、どういう経緯でそういうことになったんですか!?」
「まぁ、それは色々あってとしか言えないのですが……」
苦笑しながら彼女から少しだけ目をそらした俺に気付いた彼女は、力が抜けたかのようにストンと椅子に座った。
「そっ、そうだったんですね。すみません、変なことを聞いてしまいました」
体を小さくしながら謝る彼女。どうやら、また勢いのままに口に出てしまったようだ。
「いや、良いんですよ。まぁ、そういうことですから、理想のタイプと言われてましても、これといってはっきりしたことが言えないんですよ」
「そうなんですね。ですが、過去にこの話題で話されたことはありますよね?」
「えぇ、それはもちろん」
「その時は、何と答えていたんですか?」
「その時は、その時の話の流れや状況に合わせて答えていましたね。何せ、明確な答えてをもっていないのですから」
「なるほど、てっきり私は『付き合った人が理想のタイプ』ってロマンティックな回答をされるのかと思っていました」
「アハハ、そう答えても良かったのかもしれませんね。どうやら私は、あなたの前では嘘がつけないようです」
「そっ、そんな……でも、嬉しいです。駿さんがそんなことを言ってしまったら、キッと私は、駿さんの過去の彼女さん達を思い浮かべて、勝手に妬いていたかもしれないですから」
恥ずかしさに頬を染めながらも朗らかに笑う彼女を見て、俺は胸の高鳴りを感じた。
この子は、本当に可愛らしい子だな。
そんな彼女の表情に絆されてしまったのだろう。大して考えもせず彼女から投げかけられた質問を、そのまま返すような形で質問してしまったのは。
「そんな木村さんは、理想のタイプとかはお持ちなのですか?」
口に出した瞬間、彼女の表情と周りの空気が固まった。
しまった! またもや同じ轍を踏みぬいて……って、どうして周りの空気の固まっているんだ?
固まった空気に気付いた俺は内心で大量の冷や汗を掻き、同時に俺と彼女以外の人達の反応を頭の中で冷静に考えつつ、恐る恐る彼女の方を見ると……彼女が『待っていました!』とばかりの恍惚とした笑み浮かべていた。
えっ、何? どうした?
彼女の反応に戸惑う俺は伺うように小首を傾げると、正面に座っていた彼女が突然立ち上がり、愉悦の笑みを浮かべたまま俺の隣にある席に座ると、そっと俺の腕を撫でた。
「あっ、あの。木村さ……」
「綾」
「えっ?」
「私のこと、どうして『綾』って呼んでくれないの? 私はあなたに出会った時からずっと名前を呼んでいたのに」
天真爛漫な女の子から大人のような妖艶な雰囲気を醸し出す彼女の豹変ぶりについていけていない俺は、思わずうわずった声が出てしまった。
「そっ、それは……あなたと私は今日初めて出会ったから、そんなあなたのことをいきなり名前で呼ぶのは、個人的にハードルが高いんですよ」
それに、あなたの名前があっちの世界で出会った彼女と同じ名前だから、余計言えないんですよ。
完全に私的な事情を心の中で呟いた途端、彼女から艶っぽい溜息をついた。
「そうですか……ですが、これで分かりました」
「えっ、何が分かったのでしょうか?」
引きつった俺にそっと顔を寄せた美女は、色気を含んだ声で冷たく言い放った。
「あなたが、ここの住人じゃないことを」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




