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21日目 恋愛と理想③

これは、とある男の旅路の記録である。

「それじゃあ、律。そろそろ行こうか」

「あっ、あぁ……そうだな」



 俺、今から合コンに行くんだよな。


 姿見に映る自分を一瞥して諦めの溜息をつきながら玄関に向かうと、偽装用に用意したのであろう鞄を両手に持ったクロノスが玄関前で待ち構えていた。



「これは?」

「部下から『この服ならこの鞄が合うと思いますよ』って持たされたものだよ。この中に律のリュックの中にある【貴重品】って呼ばれる物が入っているから」

「えっ!?」



 いつの間に!?


 慌ててクロノスが持っていた鞄を引っ掴んで中を確認すると、そこには俺の財布やスマホなどの貴重品が入っていた。



「……クロノス、頼むから今度から貴重品を持っていく時は、必ず俺に声をかけてくれ。そうじゃないと俺の心臓が持たない」

「うん、分かった」



 不思議そうな顔で小首を傾げるクロノスに呆れたような溜息をつきながら視線を落とすと、俺の靴の横に見覚えの無い靴が置いてあった。



「律。今回は、いつも履いている靴の隣にある靴を履いてね」

「分かった」



 きっと、これもクロノスの部下達がセレクトしたものだろう。


 言われた通りに用意してもらった靴を履いた瞬間、後ろから声がかかった。



「それと、律」

「ん、何だ?」



 いつになく剣吞を帯びた声に違和感を覚えた俺は、眉間に皺を寄せたまま振り向くと、珍しく神妙な顔をしながら真っ直ぐ俺のことを見つめていた。



「分かっていると思うけど、その腕時計を付けている間は【渡邊律】は【斎藤 駿】として周りの人間から認識される。だから……」

「合コンに参加している間は、何が何でも腕時計を外してはいけないってことだな」

「そういうこと」



 何だか、まるでシンデレラみたいだな。


 『魔法にかかった三十路の男性』というシチュエーションを想像してしまい、思わず苦笑いが零れた。



「分かっている。お前が部下達や他の神様に手を回してご丁寧にお膳立てしてくれたんだ。だったら、俺はその思いに報いられるよう、この世界の合コンを思う存分見てくる」

「うん、頼むよ」



 険しい顔をしていたクロノスがいつもの笑みを零すと、右手を大きく上げた。



「じゃあ、僕の力で律を合コン会場に送り届けるね。あと、その鞄の中には合コンに必要な物も入っているから会場に行く前に確かめてね」

「あぁ、分かった……でも、良いのか?」



 警戒心の強いこの世界で転移なんてことをしたら、他の人達から十分怪しまれるのでは?



「フフッ、大丈夫だよ。だって僕、この世界の時間を管理している神様だから」

「フッ、そうだったな」



 不敵な笑みのクロノスに小さく笑いかけると、ゆっくりと目を閉じた。



「それじゃあ……いってらっしゃい、律」

「あぁ、行ってきます」




 パチン!




 聞き慣れた指を鳴らす音の後に聞こえてきたのは、少し遠くにある人の喧騒した声と……



「あの、大丈夫ですか?」



 すぐ隣で【斎藤 駿】のことを気遣う女性の声だった。





「あぁ、大丈夫ですよ。お気遣いいただきありがとうございます」



 俺のことを心配そうに見つめる小柄で可愛らしい女性に優しくお礼を言うと、女性は頬が仄かに赤く染めながら目を逸らした。


 どうやら、この見た目の営業スマイルは、この世界に住んでいる女性には刺激が強かったらしい。噓と偽りを得意とする神様の加護、恐るべし。


 心の中で神様の加護に感心していると、目の前にいる女性が慌てたように声をかけてきた。



「とっ、ところで! あなた()今から合コンに?」

「えぇ、そうですね」



 恐らく、この場所が合コンの会場に近いから『合コン』なんて言葉が出てきたのだろうけど……初対面の人に対して聞くことがそれか?



「ということは、あなたも?」

「はっ、はい! そうですね! とはいっても、今日が初めてなんですけどね……」



 照れたように笑う彼女の容姿は、緩く巻かれた茶髪に控えめな化粧、パステルカラーでフェミニンなワンピースの上に純白のニットを合わせていた。


 これで初めて、なのか? どう見ても……



「それは奇遇ですね。実は、私も初めてなんですよ」

「そうなんですか!」

「はい……まぁ、ここで立ち話も何ですし、そろそろ向かいましょうか? 時間は有限ですからね」

「そっ、そうですね! 行きましょう!」



 妙に慌てた様子で俺の先を行く彼女を微笑ましく思いながら足を進めようと……としたが、ここに来る前にクロノスから言われたことを思い出して鞄の中を確かめると、ゆっくりとした足取りで合コン会場である貸切レストランに足を運んだ。





「ようこそいらっしゃいました。早速ですが、こちらのように名前を記入していただいて、身分証明書の提示をお願い致します」

「分かりました」



 店内に入ると、すぐに受付をしていた男性店員にクロノスが用意してくれた(偽の)運転免許証を提示して、渡された記入シートに【斎藤 駿】と名前を書いた。



「『斎藤 駿』様ですね……はい、確認しました。では、あなたに素敵な出会いがあらんことを」

「ありがとうございます」



 にこやかな愛想笑いで運転免許証を返しながら店の奥へ行くように促した男性店員にお礼を言うと、店の奥に入って行った。


 ふぅ、どうやら偽名で通ったみたいで良かった。クロノス達に感謝だな。


 今頃、お家でゲームをしているあろうショタ神様のことを浮かべながら店の奥へ進むと、30人近くの男女がホームパーティー風になっている広々とした店内で、各々飲食や話を楽しんでいた。


 何だろう、もっと騒がしいイメージだったんだが、思ったより賑やか雰囲気で、この世界で合コンデビューを果たす俺にとっては、あまり緊張せずに溶け込めそうな気がする。


 張りぼての笑みを浮かべながら近くにあった白い料理皿を片手に会場へと入った途端、どこからともなく向けられる不躾な視線を向けられた。


 うっ、気持ち悪い! それだけ、この容姿は目を引くってことか!?


 無遠慮に向けられる数多の視線を無視して、会場正面に設置されている長テーブルの上にあった料理を盛り付け、店員さんが持ってきたドリンクを受け取ると、空席になっている四人用テーブルの一席に腰かけた。


 どうやら、会場がいい感じで温まったタイミングで来てしまったらしい。さっきから向けられる視線も、きっと途中参加してきた俺のことを物珍しさで向けられたものだろう。それにしては、やけに遠慮ない感じだけどな。


 気にしていない素振りを見せながら辺りを見回すと、既に出来ているいくつかの男女グループが、楽しげに会話しながらこちらをチラ見しているのが見えた。


 途中参戦って、そんなに珍しいことなのだろうか? 確かに、途中で来たにも関わらず何も言わず飯食ってるのは異質かもしれないが……ってことは、俺、初手でミスったか!?


 出会い目的でなかった故に犯してしまったミスに今更気づき、心の中で慌ててふためいている俺に綺麗な声を持った人物が優しく声をかけてきた。



「あのっ、隣良いですか?」

「あっ、はい。どうぞ……って!?」



 美しい女性の声で強引に現実に戻された俺は、営業スマイルで声をかけてくれた人物を一瞥した瞬間に言葉を失った。



「フフッ、また会いましたね」



 そこには、合コン会場に来る前に出会った女性がいたずらっ子のような笑みを浮かべながら正面に座っていた。





「やっぱり、あなたもここでしたか」

「えぇ、そうです」



 店員さんからドリンクを受け取った女性がちびりと飲むと、少しだけ頬を染めながら面白そうな目で俺のことを見てきた。



「というか、てっきり私は、あなたが後を追って来てくれるものかと思っていました」

「あぁ、それは……初めて来る合コンに色々と不安になってしまい、それで少しだけ遅れてしまいました」

「そうだったですね。でしたら、その時にその場で私に訪ねてくだされば良かったのに……」

「アハハ、すみません」



 可愛く頬を膨らませる彼女に向って申し訳なさそうな笑顔で謝罪をすると、途端に彼女の目が輝きだした。



「それより、あなたって、かなりモテてるみたいですね」

「私、ですか?」

「そうですよ。あなたが来てからここにいる女性達がみんなあなたに釘付けになって、それに対して男性達が必死なんですよ」

「そっ、そうなんですね……」



 俺に対する不躾な視線が多すぎて、そんなことは微塵も思わなかった。好意を持たれている気配は一切感じなかったし。



「フフッ、あなたってよく【鈍感】って周りに言われません?」

「いや~、どうでしょう。私自身、そんなことを聞いたことがありませんから」



 というか、言われた記憶すらない。


 過去の恋愛遍歴を思い出し、危うく営業スマイルを崩しそうになった。



「そうだったんですね。あなたって、意外に罪作りな男性なのかも」

「アハハ……」



 それは多分、この変装のお陰ですね。本当の俺は、ただの冴えない男だから。



「ところであなたの名前は?」

「あぁ、そうでした。そう言えば、名乗っていませんでしたね。私の名前は、斎藤 駿と申します」

「駿さん……って、先に私から名前を言うべきでしたね。すみません!」



 可愛らしく慌てた彼女が謝罪をすると、大きく深呼吸をして俺のことを真っ直ぐ見つめた。



「初めまして。私の名前は、木村 綾と言います!」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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