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21日目 恋愛と理想②

これは、とある男の旅路の記録である。

「……クロノス、聞いてもいいか?」

「うん、いいよ」

「今まで浮気だの不倫だの話をしていたのに、どうしてそんな話に繋がるんだ?」



 悪魔も尻尾を巻いて逃げるような笑みを浮かべて言った提案に一瞬だけ呆気に取られた俺は眉間に皺を寄せながら聞くと、俺から顔を離したクロノスが酷くつまらなそうな顔をしながら口を開いた。



「それは、興味を持ったからだよ」

「興味を持った? 不倫と浮気の話からか?」

「うん」



 うん、ただの人間でしかない俺に神様の考えていることを理解することは不可能なのは理解出来た。


 すぐさま思考放棄した俺にクロノスが楽し気に微笑んだ。



「それに、あの世界でも行ったじゃん」

「そっ、そうだな」



 あそこには、ろくでもない思い出しかないが。


 あの世界で体験した合コンが走馬灯のように脳裏に蘇り、思わず苦虫を嚙み潰したような顔をしている俺をよそに、いつの間にか自分の席に座っていたショタ神様が爽やかな笑顔で言い放った。



「だったら、この世界でも行こうか……合コン」

「いやいや!!」



 時の神様の再びの提案に、今度は首と片手を横に振った。



「律、この世界の合コンは気にならないの?」

「気になるかならないかと言えば、少しだけ気になるが……」

「でしょ? だったら、行こうよ!」



 この世界の合コンに対して妙に乗り気なクロノスに大きくため息をついた。



「あのな、クロノス。この世界での俺は、仮にも【既婚者・一児の父】という肩書きを持っている。そんな俺が不倫なんてしてみろ。ばれたときに社会的制裁を受けることが目に見えてるじゃねぇか」

「その【社会的制裁】ってものは僕にはよく分からないけど……でも、特定の相手がいる状態で別の人間と親密な関係になっちゃダメってだけで、所謂【出会いの場】って呼ばれる場所に行っちゃったダメってことじゃないでしょ?」

「いや、どう考えてもダメに決まっているだろ」

「え~、どうして~?」



 納得がいっていないのか、珍しくぶうたれているクロノスに再び大きく溜息ついた。


 全く、何で俺は朝から時の神様に人間同士の色恋に関してここまで言わないといけないんだよ……



「人間の世界では、特定の相手がいる状態でそういう場所に行った場合でも【浮気】だの【不倫】だのいわれるんだ」

「そうなの? 人間って本当に面倒くさいね」

「まぁ、そう言ってやるな」



 それがバレて特定の相手と修羅場になる方が、よっぽど怖いんだから。



「つまり、()()()はそういう場所には行けないってことだね」

「そういうことだ」



 すると、クロノスが再び悪魔のような笑みを浮かべた。


 げっ、またかよ!


 背中に大量の冷や汗が流れているのを感じていると、不気味に口角を上げたショタ神様が口を開いた。



「だったら、律だとバレなければ問題無いってことだね?」

「……はっ?」





「俺だとバレなければいい?」



 含み笑いで言われたことに、俺の中で感じていた恐怖はすぐさま疑念へと変わった。



「そう、律がこの世界の合コンに行けないのは、律が【渡邊律】って人間だからってことでしょ? だったら、律が別の人間になれば行けるってことだよね?」

「まぁ……」



 それもそれで色々と問題があるんだが、【渡邊律】という人間が合コン会場に行くよりかは遥かにマシ……って、ちょっと待て。


 頭に浮かんだ結論を恐る恐る目の前の神様に投げた。



「なぁ、それってつまり、俺が変装してこの世界の合コン会場に行けってことか?」

「そういうこと」



 自信あり気な笑みを浮かべるクロノスに対し、俺は再びテーブルに突っ伏しながら今日の予定を理解した。


 どうやら、今日の俺はこの世界の合コンに行くことに決定したらしい。



「だが、安易な変装だと簡単にバレるかもしれない。何せ、この世界の住人達は全員、俺や時司(ときし)のことを知っているのだから」



 そもそも、見ず知らずの誰かが俺や時司のことを知っていることが驚きなんだけどな。



「そういうことなら大丈夫だよ」

「本当か?」

「本当さ。何せ僕、時の神様だから」

「それは知っている」



 でも、時の神様でもこの世界では出来ないことがあるだろうが。平日に外出出来ないとか。


 不安と疑念が入り混じる目で見ている俺のことを特に気にも留めていない時の神様は、そそくさと席を立つと謎の紙袋を持って俺の隣にきた。



「だから、律は部下が用意してくれたこれに着替えて。いつも着ている律の服では、合コンでは浮いちゃうみたいだから」



 今、俺のことを馬鹿にしなかったか?


 そんな思いは、唐突に渡された紙袋の中身を見た瞬間にあっさりと消え去った。





「クロノス、着替えたぞ」

「うん……へぇ、そんな感じになるんだね。こっちに姿見を用意したから見てみる?」

「あっ、あぁ。そうだな」



 寝室で着替えた俺は、クロノスに促されるまま姿見の前に立つと、そこには普段なら絶対着ないであろう好青年風の服に身を包んだ俺がいた。


 初めて見た時は思わず渋い顔をしたが……こうして見ると、割と合っているの……か?


 鏡に映る自分に向かって眉間に皺を寄せていると、隣から肩を叩かれた。



「律、あとはこれを身に付ければ完成だよ」

「これは?」

「これは、【変装道具】ってやつだよ」

「変装道具!? これが!?」



 渡された物を一目見た瞬間、思わず部屋中に響くような驚きの声をあげた。



「律、また大きな声だしてる。いい加減にしないと、この世界に住んでいる人間達から怪しまれるよ」

「あっ、すまん……」



 呆れ顔のクロノスに軽く謝罪のすると『変装道具』と呼ばれた物に再び目を落とした。


 これが、変装道具?


 半信半疑の目を向けた先は……何の変哲もないアナログ型のお洒落な腕時計だった。





「クロノス、本当にこれが変装道具なのか?」



 手元に落としていた視線をクロノスの方に移すと、クロノスが小さく口角を上げた。



「そうだよ。人間達は【変装】ってものをする時は【マスク】や【メガネ】って呼ばれる物を使うらしいけど……それだと怪しまれちゃうから、僕の方で身に付ければあっという間に別人になれる物を用意したのさ」

「身につければ別人になれる?」



 そんな魔法のようなことが起きるのか?



「うん。身に付ければ分かるから試しに付けてみて」

「あぁ、分かった」



 俄かに信じがたいが……とりあえず、つけてみるか。


 そんなことを思いながら利き手の手首にお洒落な腕時計をつけた。



「なぁ、クロノス……って、声が変わってる!?」



 聞き覚えの無い男性の声が耳に届いて思わず喉元を抑えると、隣から面白いものをみるような声が聞こえてきた。



「フフッ、それだけじゃないよ」



 小さく笑みを零しながら姿見の方を指すクロノスに導かれて姿見の方を見ると、そこには……



「誰?」



 俺が着ている服と全く同じものを着ている()()()()()()()()が立っていた。





「誰って、律だよ、律……って言っても、正確には変装した渡邊律なんだけどね」

「いや、どう見たって変装って次元じゃねぇだろうが」



 声だけじゃなくて、容姿自体も骨格ごと変わっているから、明らかに変装の域を超えてる。


 啞然としている俺に、隣に立っていたクロノスが姿見に映る別人と俺を交互に見ながら小首を傾げた。



「そうかな? でもまぁ、神様の力を以ってしたらこれくらい容易いことでしょ?」

「神様の力って……まさか、これもお前の力なのか?」



 時の神様に、人間の姿形そのものを変える力があるなんて聞いたことが無いんだが。


 俄かに信じ難い思いで隣を見ている俺に、クロノスは小さく首を横に振った。



「残念だけど、これは僕の力じゃないよ。時の神様である僕には人間の姿形を変える力なんて無いから」



 どうやら、時の神様には変身能力を付与する力は持っていなかった。だとしたら、一体誰が……



「でも、僕の知り合いに嘘や偽りが得意な神様がいたから、その神様にお願いしたんだ。いや~、彼が暇してるタイミングで見つかって良かったよ~。普段、彼は何かと忙しいからさ、見つかるまで【長期戦】ってやつを覚悟していたんだけど、あっさり見つかって良かった~」

「噓や偽りを得意とする神様……」



 『噓や偽りが得意な神様』って、もしかしなくても、あの神様のことだよな。


 俺のいた世界では有名な神様のことが思い浮び、手首に収まった腕時計をチラ見した。



「じゃあ、これを作ったのはその神様なのか?」

「そうだよ。まぁ、正確には僕の部下が用意してくれた腕時計に、その神様が噓と偽りの加護を与えたってだけなんだけどね」

「だけって……」



 人間の俺からすれば、それだけで十二分にすごいことなんだが!?


 驚いて二の句が告げられない俺の利き手をクロノスが目を細めながら一瞥した。



「まぁ、彼も僕と律の旅行も知っているみたいで、彼にお願いした時に『帰ってきたら、話を聞かせて』って言われたから」

「そう、なのか……」



 クロノスとは異なる神様が、たかが人間でしかない俺に手を貸してくれるなんて……


 神様の加護を受けた腕時計を優しく撫でると、クロノスの呑気な声が聞こえた。



「それじゃあ、律……ではダメだったんだよね。え~っと、名前何にしようか? 【渡邊律】はもちろんのこと、【渡邊拓也】と【渡邊翔太】も使えないから」

「そうなのか?」

「うん、この世界に住んでいる人間達が()()()()()()()()()()()だからね」

「なっ、なるほど……」



 この世界では、あの2人はよっぽど嫌われるらしい。


 引きつりそうになる口角を抑えながら、俺は咄嗟に思いついた偽名を口にした。



「それじゃあ、俺のおふくろの旧姓と弟の名前を取って【斎藤 駿(しゅん)】で良いか?」

「律が良いなら、それで良いよ」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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