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21日目 恋愛と理想①

これは、とある男の旅路の記録である。

「クロノス、本当に大丈夫だよな?」

「大丈夫だよ、律」



 自信に満ち溢れているような笑みのクロノスに対して、俺は胸の内にある不安を吐き出すように大きく溜息をついた。


 まさか、この世界でも行くことになるとは……


 姿見越しに見えるクロノスの笑顔から不満タラタラの自分の顔に視界を移すと、再び大きく溜息をついた。


 渡邊律。30歳。この世界では既婚者で一児の父。

 そんな俺が今日……この世界の合コンに行くことになった。


 どうして、こんな事態になったのか。それは、今朝の何気ない会話の中で言ってしまった俺の失言にショタ神様が興味を持ってしまったのが全ての始まりだった。





『さて、毎年のように取り沙汰される芸能人の浮気や不倫騒動なのですが……』



 いつものようにクロノスの用意してくれた朝飯を食いながら、俺はテレビから流れてくる芸能人の浮気や不倫騒動に関するニュースを横目で見ていた。



「へぇ~、この世界のニュースは俺のいた世界と近しい内容のものを報じているんだな」



 あっちの世界では、人間にとって聞こえが良い内容のものしか流れなかったから。


 思わぬ発見を口に出すと、対面で自分の作ったスクランブルエッグを頬張っていたクロノスが、飲み込んだタイミングで口を開いた。



「へぇ、律のいた世界ではこういう内容のニュースが流れていたんだね」

「まぁな。ニュースってものは本来、人間社会で起きた真実を伝えるものであって、人間にとって都合が良いものだけを伝えるものじゃないんだ」



 例え、人間にとって都合が良くない出来事を報じたとしても、それが今後の人間社会においての大きな抑止力になるかもしれないから。



「ふ~ん、そうなんだ。ところでさ……」



 不倫騒動に関してコメンテーター同士で熱い討論を繰り広げられているのをそっちのけにオレンジジュースを一口だけ飲んだクロノスが小首を傾げた。



「【浮気や不倫】って何?」





「浮気や不倫……あぁ」



 そう言えばこいつ、人間のあれこれを知らない神様だったな。


 可愛らしく小首を傾げながらショタ神様からの質問で今更なことを思い出した俺は、テレビから流れてくる白熱した討論をBGM替わりにとても分かりやすい言葉で説明した。



「浮気っていうのは、恋人がいる状態で他の人間と親密な関係になることで、不倫っていうのは、結婚相手がいる状態で別の人間と親密な関係になることだ」

「親密な関係? それって、どんな関係なの?」



  うっ、そこまで説明しないといけないのか。



「そっ、それは……人によって解釈が異なるが、一般的には、その、あの……」

「律、急にどうしたの?」



 整った眉をひそめながら純粋な目でこちらを見ているショタ神様から思わず顔を逸らした。


 これ、話しても大丈夫なことなのか? まぁ、相手は神様だし良いんだろうけど……正直、朝っぱらからこんな話を至極真面目にしたくない! だがなぁ……


 あれこれと葛藤した末に諦観したかのような溜息をつくと、腹を括ってクロノスを見た。



「そうだな……お前にも分かりやすく言うなら、『生殖行為』ってやつをしたら一般的には不倫扱いになる」

「へぇ、生殖行為……でも、どうしてそんなことを言うのに時間がかかったの? 人間の【動物的本能】ってやつなんだから、そんなに時間をかけなくても言えたはずだよね?」



 それは、この話題が朝からするものじゃなかったからだ!



「でも、生殖行為の何がいけないの? 人間だって、所謂【動物】って呼ばれる生き物の一種なんでしょ。僕、前に『動物にとって、繫殖行為は本能であり種族を存続させるには大事なことだ』って部下から聞いたことがあるよ。だから、動物の分類にあたる人間にとって、生殖行為は本能であり大事なことじゃないの?」

「確かにそうなのかもしれないが……()()()()()()()()()()で別の誰かとそういうことをするのが問題なんだよ」

「パートナー?……あぁ、律がさっき言ってた『特定の人間』のことね。でも、特定の人間がいた状態で別の人間と生殖行為をする何が問題なの?

「あのな、『特定の相手がいる』ってことは、人間にとってそれは『私は今、あなたのことしか愛しません』って意味なるんだよ」

「愛する?」

「……つまり、『私は今、あなたとしか生殖行為をしませんよ』って意味だ」

「ふ~ん、そうなんだね」



 納得した表情をしているクロノスを見て、俺は本日何回目かの大きなため息をつきながら突っ伏した。


 俺、どうして朝から『浮気や不倫』のことについてこんなにも真面目に説明しているんだろう? 挙句の果てには【愛】とか酒が入っていないと言えないことを素面(しらふ)で言ってる始末。



「でもさ、それって人間という動物を増やすという視点では、あまりにも【非効率】ってやつじゃないの?」

「そうかもしれないが……」

「それに、特定の相手がいる状態で生殖行為が人間にとって許されない行為だったら、そもそもそんな相手を作らなければ良いだけの話じゃん」

「……どういうことだ?」



 妙な胸騒ぎを感じながらゆっくり顔をあげると、クロノスが自信たっぷりな顔で爆弾を放った。



「つまり、特別な人間になる前に生殖行為をすれば良いんじゃないのかな?」

「あのなぁ……」



 呆れるように大きく溜息をついている俺を見て、クロノスは頬杖を突きながら上目遣いで納得いかないような顔をした。



「なにさ、何がダメだっていうの?」



 つまり、こいつは恋人や配偶者でもない相手と生殖行為をすればいいって言っているのか?

 まぁ、世の中には『そういう行為だけの関係』なんていう、目の前のショタ神様には到底理解出来そうに無い関係を結んでいる人間だっているし、動物的繫殖という点では間違っていないかもしれないが……



「万が一がなぁ……」

「万が一?」

「そうだ。お前、あの世界で昼ドラのようなドロドロな人間関係や修羅場を描いたドラマやアニメを観てただろ?」

「そうだね」

「あぁいうことが、現実のこととして起こるんだよ。それが『万が一』ってやつなんだ」

「そういうことね」



 顎に片手をあてて思い出していたクロノスが納得したように頷くと、肩の荷が下りたように大きく息を吐いた。


 それに、そういう奴って、人間社会においては周りの人達からは良い目では見られないんだよな……


 小さく息を吐いてホットコーヒーを一口だけ口に含んだその瞬間、クロノスの純粋無垢な質問が飛んできた。



「ちなみに律は、浮気や不倫ってしたことがあるの?」



 口に含んでいた液体が勢いよく口から噴き出して(むせ)てしまい、それが時の神様の美少年顔に多少なりともかかってしまったことは単なる不可抗力だ。





「……つまり、律は元の世界では浮気や不倫はしたことがないってことだね?」

「当たり前だ!」



 無自覚爆弾を放り投げた神様の顔やテーブルをティッシュで拭きながら俺が浮気や不倫に無縁なことを説明すると、納得した時の神様がホットコーヒーを入れ直してくれた。



「それに、俺の場合は恋人に浮気された側だって前にも言ったはずだが?」

「あぁ、そうだったね」



 ついで持ってきたオレンジジュースのおかわりをテーブルに置いて席につきながら思い出したかのような顔をするクロノスを軽く睨み付けるとホットコーヒーに口をつけた。


 知らなかったとはいえ、侵害だな。俺は生まれてこのかた、女性に対してはそれなりに紳士に接していたぞ。


 そんな俺の心境は、クロノスが唐突に浮かべた悪い笑みであっという間にかき消された。


 マズイ、この表情をしたクロノスはろくでもないことを思いついた時だ。


 背中に嫌な汗を掻きながら身構えていると、時の神様が徐に立ち上がって俺のところにきた。



「ねぇ、律」

「なっ、何だよ?」



 顔を引きつらせている俺の顔にクロノスがそっと顔を近づけた。



「合コン、行かない?」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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