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20日目 遊戯と常識(後編)

これは、とある男の旅路の記録である。

 マダムからの理不尽な言葉と周りの反応に言葉を無くしていると、対面から大きな溜息が聞こえて来た。


 いや、溜息をつきたいのは俺なんだが。何でさっきの件と無関係な奴にこんなことを言われないといけないんだよ!



「はぁ。私の見立てでは、あなたは私と同じ日本人ですから、親切心で説明している私の言葉を分かってくれると思っていましたが……どうやら、私の勘違いだったようですね」

「えっ?」



 確かに、俺はあなたと同じ日本人ですが……というか、さっきの説明って親切心からきたものだったのか!? 全くありがたみを感じなかったんだが!?


 唖然としている俺をよそに、マダムは再び大きく溜息をついた。



「はぁ。全く理解されていないようですので、仕方ありません。ここは、警察を呼ぶしかありませんね」

「えっ!?」



 こんなことで警察を呼ぶのか!? 法を犯すことを何一つしていないはずなのに、警察のお世話になるのか!?



「それと、警察に事情を説明した後にこの方を出入り禁止するように店に言わないと……」

「ちょっ!?」



 しかも、店を出禁!? 冗談じゃない! この店に来てから店員さんに注意された以外に他人様に迷惑はかけていないぞ!


 急転直下の展開に驚いている俺をよそに、ショルダーバッグからガラケーを取り出したマダムが警察に通報しようと画面を開いた瞬間、昨日聞いた音が俺の耳に届いた。




 パチン!




 音と共に一瞬でモノクロになった世界に大きく安堵した俺の肩を後ろから叩かれ、その僅かに感じた小さな温もりの小さく笑みを零すと、ゆっくりと後ろを振り返った。



「クロノス、助かった」



 俺の後ろにいた金髪碧眼の神様に礼を言うと、神様はいつも浮かべているような笑みで俺のことを見下ろしていた。





「それにしても、店員に注意されただけで店から出禁をくらうなんて……この世界の常識って、随分と持論めいているんだな」



 白黒になってしまったプレイルームをガラス越しに見ている俺の隣に、時の神様が首を傾げながら座ってきた。



「持論? 何それ?」

「人間1人1人が持っている考え方のことだ」

「それって、常識を何が違うの?」

「常識は、人間全体が持つ共通認識みたいなものだ。対して持論は、その人間にしか持っていない認識のことだ。まぁ、人の数だけ持論の数も同じくらいあるから、常識ってやつが生まれたんだけどな」



 今言ってることも、俺が一般的な解釈だと思って言ってるだけで、もしかすると単なる持論かもしれないしな。



「へぇ~、人間によって考え方が異なるんだね……だとしたら、この世界の常識はその【持論】ってやつで出来ているのかもしれないね」

「えっ!? そうなのか!?」



 この世界における常識の定義に驚く俺を特に気にしていないクロノスは何の気なしに軽く頷いた。



「うん。だって、この世界の常識は刻一刻と変わっていくのだから」

「刻一刻?」

「そうだよ。だって、この世界に住んでいる人間達にとって【持論=常識】って共通認識らしいからね」



 それはもう、常識と呼んでいいものなのだろうか?





「それよりも、写真撮る?」

「あぁ、もちろん。だが、お前は良かったのか?」

「ん? 何が?」



 足元に降ろしていたリュックの中から相棒(カメラ)を取り出した俺に、クロノスは小さく小首を傾げた。



「何がって……ゲーセンだよ、ゲーセン。お前、ゲーセンに来たくてここに来たんだろうが」



 まぁ、俺のせいで全て台無しになってしまったが。



「あぁ、あれなら大丈夫だよ。僕がゲーセンに行けないことは最初から分かっていたことだから」

「分かっていた?」

「そうだよ。何せ僕は、時の神様だからね」



 神様とは思えない得意げな笑みを浮かべながら胸を張るクロノスとは反対に、俺は顔を(しか)めながら不意に浮かんだ疑問を口にした。



「だとしたら、どうしてわざわざこの店に来たんだ?」



 ゲーセンに行けないことは、最初から分かっていたはずなのに……



「それはもちろん、律にこの世界のことを見て欲しかったからだよ」

「俺に?」

「そうだよ。まぁ、あわよくばこの世界のゲーセンにも行ってみたかったけど……でも、律がこの世界の色んな場所を見てくれたらそれで十分さ」



 慈悲深い笑みを浮かべながら言うクロノスを見て、両手に持っていたカメラに僅かに力を込めた俺は、思い切り立ち上がった。


 そうだった、この神様いつだって俺のことを考えてくれる神様だった。



「そういうことなら、早速この世界のゲーセンやプレイルーム……あぁ、出来たらショッピングモール全体を見て回りながら写真に収めるとするか。どうせ、時が動き始めたら、俺は真っ先に警察にお世話になるらしいからな」

「フフッ、そうみたいだね……それにしても、律もやっぱり人間なんだね」



 今更なことを口にするクロノスに、俺は首を傾げた。



「何を至極当然なことを言ってるんだ? 俺は、お前と違ってチート能力なんて持っていないただのサラリーマンだ」

「チート能力? サラリーマン?」

「……ショッピングモールを歩きながら説明してやる」

「うん、分かった」



 クロノスから再び指を鳴らし、モノクロからカラーに変わった時の止まった世界の中で、俺とクロノスはゆっくりとした足取りでショッピングモールを見て回った。




 旅行20日目

 今日は、クロノスの提案でこの世界のゲーセンに行くことになった。

 何でも、あっちの世界にいた頃に訪れたゲーセンで、クロノスは自分の興味を示した景品を取ってくれた俺に興味が湧いたらしく、こっちの世界のゲーセンにも行ってみたかったとのこと。

 本当、ただの人間である俺には神様の琴線が全く理解出来ない。

 そんなことを思いながらクロノスのナビで巨大ショッピングモール内にあるゲーセンに行こうとしたのだが……どうやら、この世界のゲーセン事情は俺のいた世界以上にシビアで、16歳以下は入室禁止で家族入店も不可だった。

 冷たい目をしながら注意する店員には心底腹が立ったが、女性店員だけでなくなぜだか周りの視線も冷たく、時司が不安そうな顔で俺の袖を引っ張って来たので、一先ずは注意書きを見ていなかった俺が悪かったということで上手く場を収めた……つもりだったのだが、次に訪れたプレイルームで、店員とのやり取りが影響してくるとは思いも寄らなかった。

 まぁ、公衆の面前で店員に注意されたら、多少なりとも影響が出ると考えるべきだったのかもしれないが。

 でもまぁ、この世界の常識が持論で出来ていることにはさすがに驚いた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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