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20日目 遊戯と常識(中編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「あっ、あの……?」



 時司の手を引きながらゲーセンに入ろうとした瞬間、入り口の両端に立っていた男性店員と女性店員に行く手を阻まれてしまった。


 えっ、何? 俺たち、何かしました?


 突然の出来事に戸惑いながらも人の良さそうな笑みで俺より少しだけ背の高い男性店員に声をかけた途端、男性店員が冷たい目で睨んできた。


 ヒッ! 俺たち、本当に何をしたんだよ!?


 内心で怯えつつも男性店員から目線を反らず横で手を繋いでいた時司を後ろに隠すと、男性店員が厳しい表情をしたまま顔を横に振ると同時に視線へとずらした。


 ん、何だ? というより、この男性店員、客に対して態度が悪すぎじゃねぇか?


 男性店員に対する心境が怯えから苛立ちに変わりつつも渋々横を見ると、そこには看板が立っていた。


 看板?


 眉を軽く(ひそ)めながら男性店員に軽く会釈をし、そのまま看板の方に近づいて看板の書かれていた内容を読んで理解した瞬間、納得しつつも絶句した。



『この先、16歳以下の入店を禁ずる(学生の場合は、必ず学生証を提示すること)。また、家族での入店も禁止とする』



 えっ、この店って16歳未満の入店禁止だったのか。しかも、家族での入店不可なんて……


 クロノスのおすすめで来店しようとしたゲーセンの入店条件に唖然としていると、先程会釈をした男性店員が満面の笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。



「いかがでしょう、お客様。お分かりになられましたか?」



『いかがでしょうか?』じゃねぇよ! こうことなら直接口頭で伝えても良かったんじゃねぇのか!?


 再び湧いてきた怒りの炎をどうにかこうにかして鎮火させつつ、声をかけてきた男性店員に体を向けると申し訳なさそうな顔で謝罪した。



「はい、ご迷惑をおかけしたみたいですみませんでした。いかんせん、こちらに来るのは初めてでして……」

「ほう、初めてですか」

「はい、そうですね」



 なっ、何だよ!? 看板を見なかったことがそんなに悪かったことなのか?


 困惑しながら答えた俺に、男性店員の口角が不気味に歪んだ。



「それは、おかしいことを仰いますね。何せ、この看板は……法律で設置義務が求められている看板ですから、この店以外でも目にされているはずですが?」

「えっ?」



 これ、法律で定められた看板だったのか! ということは、この看板に書かれてる内容も法律で定められたものなのか!?


 保護者同伴なら入店が許可されていた元の世界と比べて遥かにハードルが高くなっているこの世界のゲーセンの入店条件に開いた口が塞がらない俺を見て、男性店員の口角が更に歪んだ。



「それに、あなたもここの住人なら、この程度の常識はご存知のはずですよね?」



 歪な笑みで顔を近づけてくる男性店員に対して、心の中で大量の冷や汗を掻きながら顔を逸らそうとしたその時、後ろから服の袖を引っ張られた。



「ねぇ、パパ。ここには入れないの?」



 声に気づいて咄嗟に後ろを振り返ると、不思議そうな目で俺のことを見てくる時司と目が合った。


 そうだ、ここはこいつが行きたかった場所だった。


 その純粋無垢な目を見て落ち着きを取り戻した俺は、何故か啞然としている男性店員に向かって軽く会釈をすると、時司の前にしゃがんだ。



「うん。どうやらこのお店に入る為には、大きくならないいけないみたいなんだ」

「『大きく』って、パパみたいに大きくなったらってこと?」

「あぁ、そういうことだからごめんよ、時司。せっかく楽しみにしていたのに」

「ううん、良いんだ。僕がパパのように大きくなったら、またパパと遊びに来れば良いだけなんだから!」

「時司……」



 俺、今のお前の言葉で泣きそうになったよ。


 偽息子の温かい言葉と満面の笑みに思わず涙を零しそうになっている俺の服の袖が再び引っ張られた。



「それに僕、さっき通ったおもちゃがいっぱいある場所も遊びたい! そこなら、パパと一緒に遊べるよね?」



 俺、元の世界に帰って結婚して子どもが出来たら、お前みたいなパパのことを想える息子が欲しいよ。


 そんな明後日のことを思いながらパパ想いの時司が無邪気に放った提案を力強く肯定しようとしたその時、俺の後ろに未だに立っていた男性店員が無慈悲に否定の言葉をかけた。



「すみませんが、そちらに関しては、小学生低学年以上の入室は不可になっていますので、保護者同伴での入室は認められておりません。あと、これ以上居られると他のお客様の迷惑になりますので、速やかに退いて下さい」

「あっ、すみません……時司、行くぞ」

「うっ、うん」



 冷たい表情のまま早口で言われた注意事項と退去勧告に苛立ちを感じつつも申し訳なさそうな顔で時司の手を引いてその場から離れようとした瞬間、男性店員が再び俺のところに近づき、そっと耳打ちしてきた。



「今回は、『忘れていた』ということで見逃してあげます。ですが、次は無いですからね……()()()()()

「っ!?」



 どうして、俺の名前を!?


 囁かれた耳を片手で押さえて目を丸くしながら後ろを振り向くと、俺から離れてすぐに悪魔の笑みを浮かべる男性店員と、冷たい目で俺のことを見ている女性店員と、なぜか汚らわしいものを見る目をしている複数の来店客が俺たち偽親子のことを見ていた。



「パパ、どうしたの?」



 不安そうな目で服の袖を引っ張りながら俺のことを見る時司に、安心させるような笑みを向けた。



「いや、何でもないよ。それじゃあ、行こうか」

「うん!!」



 元気いっぱいに俺のことを引っ張る時司を微笑ましく思う反面、俺はゲーセンでのやり取りを思い出して小さく下唇を噛み締めた。





「パパ~~!!」



 時司の元気な声が耳に届き、ゲーセンに向けていた視線と意識をプレイルーム内に戻し、巨大ジャングルジムに備え付けられているすべり台の前にある長蛇の列に行儀良く並びながら元気よくこっちに手を振る時司に、口角を上げて小さく振り返した。


 ここに来る前に、俺がここに入れないことを時司に伝えると、案の定ではあったが時司は酷く落ち込んでしまった。

『どうしたものか……』と内心で焦りながら俺が隣接している保護者専用の部屋から見ていることを教えると『じゃあ僕、パパの分までいっぱい遊んでくるね!』と天使のような笑みを浮かべながら一目散にプレイルームに駆けて行った。

 正直、俺より遊具が勝ってしまった事実に僅かながら寂しい思いをしたが、ひまわりのような笑顔を浮かべる時司にそんなことが言えるわけがないので、偽息子の背中を見送った俺は、そのまま保護者専用の部屋に入って空いている席に座ると、プレイルーム内で無邪気に遊ぶ時司を優しく見つめていた。 


 俺にも子どもが出来たら、こんな風に子どもが遊んでいるところを見ているのだろうか?


 そんな現実味の無い夢のような未来を想像して自嘲気味な笑みを零すと、すぐ隣に座っていた女性が冷たく声をかけてきた。



「あなた、よくこの場所に居られますわね」

「えっ?」



 突然かけられた非難の言葉に驚いた俺は、慌てて前傾姿勢から背筋を伸ばしてプレイルームから隣の席に座る女性に顔を向けると、冷たい目をしたマダムと他の保護者達の目があった。


 えっ、また!? 今度は何だよ……


 既視感を覚える冷たい視線達に内心でうんざりしつつ、困ったような顔を取り繕いながら女性に声をかけた。



「あの、仰っている意味が分からないのですが?」



 というか、ここに来るまでに特に目立ったことは……したかもしれませんが、それとこれとは関係ない気が。


 ゲーセンでの一件が脳裏に過りつつも女性の顔を見ると、俺から一切目を逸らさない厳しい顔をした女性が鼻で笑った。



「ハッ、意味が分からない? それはこっちのセリフなのですが……まぁ、あの程度の常識を知らなかったあなただからここにいるんでしょうね」

「あの程度?」



 この見ず知らずのマダムが俺のことを酷くバカにしていることは理解出来たが……あの程度とは?


 困り顔のまま首を捻る俺に、マダムは侮辱するような目を向けてきた。



「あなたさっき、ここの()()()()()さんに注意されていたでしょ」

「そう、ですね」



 優秀なのかはさておき、確かに俺は先程店員さんから注意されたが……



「あの人、普段はお客様に対してとても温厚なのですよ。何せ、私の親戚なのですから」

「はぁ、そうですか」



 なるほど、あなたの親戚でしたか。『だからどうした?』と思っていますが。



「そんな人が注意したのですから、ただ事じゃないって分かっていらっしゃいますよね?……あぁ、あなたはここに来るのは初めてでしたね。それは、大変失礼致しました」

「いっ、いえ……元はと言えば、私の知識不足が原因なのですから、お店や店員さんにご迷惑をおかけしたことに関しては重々に反省しています」



 頭を下げる俺を女性は胡散臭そうな目で見つめていた。



「あなたが反省? あぁ、そうですか。でしたら……どうしてあなたは、いまだにここにいらっしゃっているのですか?」

「えっと、それは……」

「ですから、どうしてあなたは、店員さんや周りに迷惑をかけたのにも関わらず、いまだにこの場所にいらっしゃるのかと申しているのです。反省しているのでしたら、店員さんに注意された直後に子どもや周りのことを考えてこの場から立ち去るのが常識ってものじゃないですか?」



 常識? 持論の間違いでは?


 怒りを滲ませながら理不尽な常識を突き付けるマダムの言葉を心の中で小馬鹿にしながらそっと辺りを見回すと、先程から俺に冷たい目を向けてる他の保護者達がマダムの言葉に同調するように深く頷いていた。


 どうやら、本当にこの世界では常識だったらしい。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

そして、大変お待たせして申し訳ございませんでした!


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