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20日目 遊戯と常識(前編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「パパ~~!!」

「お~~」



 小学生低学年まで遊べる大きなプレイルームの真ん中に聳え立つ子どもの安全に最大限配慮したジャングルジムで遊んでいる子ども達に混じって、頂上で満面の笑みを浮かべながら地上の保護者席にいる俺に向かって大きく手を振る時司に微笑みながら振り返すと、周りに気づかれないように小さく溜息をついて、すぐ近くにあるゲーセンの入り口に目を向けた。


 クロノス、本当はあっちで遊びたかっただろうに……


 ここに来ることを提案した時のクロノスのことを思い出すと再び小さく溜息をついた。





『さて、今日は大型連休前半の最終日になりますが……』



 いつもの時間に起床した俺は、顔を洗った後にリビングでクロノスが作ってくれた卵チャーハンに舌鼓を打ちながら、この世界のニュースを観ていた。


 このアナウンサー、この世界では人気あるんだろうなぁ。


 そんなしょうもないことを考えた俺に、対面から疑問を呈するような言葉が聞こえてきた。



「律、【大型連休】って何?」



 すっかり慣れてしまったショタ神様の質問に小さく溜息をつくと、視線をテレビから目の前にいる神様に移し、手に持っていたスプーンをそっと置いた。



「『大型連休』っていうのは……要は【人間達がたくさん休める期間】のことだ」

「ふ~ん、そんな期間があるんだね。でも、今テレビに映っている人間達って仕事をしているだよね? せっかく休みの期間を人間達自らで設けたのにどうして仕事をしているの?」

「それは、その仕事がこの世界にいる人達にとって無くてはならない仕事だからだ。全員休んだら、人間社会があっという間に崩壊してしまうかもしれないからな。それに、テレビに映っている人達に関して言うなら、この期間が過ぎたら別の日に長期休みを取るから、そこまで心配することでもないと思うぞ」

「その、【長期休み】っていうのが彼らの『大型連休』になるんだね。ちなみに、律は大型連休の期間は休んでたの?」

「そうだな……多分、小学生の時までは休んでたと思うぞ」

「『まで』ってことは、今は?」

「聞くな」



 思えば、大型連休を思う存分満喫したのって小学生の時までだった気がする。

 中学の時は体育会系の厳しい部活に入ったから練習三昧だったし、高校と大学の頃はバイト三昧で、社会人になってからは……言わずもがな。



「へぇ~せっかく人間達で決めた期間なのに、その期間に休まずに仕事をするなんて……本当、人間ってやることなすことが矛盾した生き物だよね」

「まぁ、そう言ってやるな。人間達の中には休みより仕事を優先させたい人間がいるようだぞ」

「そうなの?」

「あぁ、俺は会ったことが無いが、そういう人間がいるっていうのは聞いたことがある」

「そうなんだ~。ちなみに、律は休みより仕事を優先する?」

「よっぽどじゃない限りしない」



 俺の場合、『仕事を部下に押し付けるのが仕事』だと本気で思っていそうなクソ上司のお陰で仕事を優先せざるを得ないことが多いけどな。


 嫌なことを思い出して苦い顔をしている俺をよそに、クロノスは感心したように何回か軽く頷いた。



「そうなんだね。前に部下から『休んだら、作業効率が上がる』って聞いたことがあるんだけど」

「それはそうなんだが……」



 そんなことが当たり前のように罷り通るなら、俺のいた世界に【ブラック企業】や【過労死】なんてものは存在しないんだよ。

 特に、日本なんて世界トップクラスに休みが少ない国で有名みたいだから。

 これを勤勉と取るか何と取るか……


 小さく溜息をつくと再びテレビに目を向けた。テレビの中では、大型連休にはうってつけのアクティビティが楽しめる場所が紹介され、レポーターのお姉さんが満面の笑顔でアクティビティ体験をしていた。


 何だか、楽しそうだな。それにしても……



「この世界にもあったんだな、大型連休」



 あの世界にいた頃は、【休み】という概念が無かったから。





「ところで、人間達は大型連休をどうやって過ごしているの?」



 仲良く朝飯を完食した後、俺とクロノスで洗濯と片づけを分担してそれぞれ終えると、片づけ終わったダイニングテーブルの上に、互いに用意したホットコーヒーとオレンジジュースを飲みながら一息ついたタイミングでクロノスが聞いてきた。



「朝飯の時に話したことか。もしかして、気になったのか?」

「うん、そうだね」



 軽く頷いたクロノスからの問いかけに答えようと手に持っていたマグカップをテーブルに置くと思い出すように首を捻った。


 大型連休の過ごし方か。世間一般においての大型連休の過ごし方って確か……



「俺のいた世界での大型連休の過ごし方と言えば、大半が外出だった気がする。旅行だったり、レジャー施設やキャンプ場だったり、巨大ショッピングモールで買い物したり、飯を食いに行ったり、映画を観たり……ともかく、仕事や学校などで普段行かない場所に、家族や友達といった気の置けない仲間達と行く人たちが多かったと思うぞ」



 まぁ、俺たちの場合は大型連休関係無く現在進行形で旅行しているんだけどな。



「ふ~ん。外出、ねぇ……」



 感心したような返事をしたクロノスが、オレンジジュースを一口飲むと不気味に口角を上げながら面白そうなものを見る目で俺を見てきた。


 何だよ、その笑みは!? 嫌な予感しかしないんだが!?


 口角を引きつらせながら対面に視線を逸らさずにいる俺に、クロノスが一言だけ口にした。



「律、この世界のゲーセンに行こうか」





「ゲーセン?」



 最早恒例となりつつある時の神様からの突拍子も無い提案に、俺は目を丸くした。


 どうして、ゲーセン?



「そう、ゲーセン。僕、この世界のゲーセンに行ってみたいなと思って」

「それは、別に構わないが……急にどうした?」



 少しだけ冷静になった俺は怪しむような目を向けると、目の前の神様は得意げな顔をしながら頬杖をついた。



「まぁ、この世界を旅行している僕たちとっては『大型連休』なんてものは関係無いんだけど……どうやら、明日になったら僕はこの家から動けないみたいだから」

「動けない?……あっ」



 クロノスの言葉で、俺の脳内に先程テレビから流れてきたアナウンサーさんの言葉が蘇った。



『さて、今日は大型連休前半の最終日になりますが……』



 そうか、明日は大型連休の中休みの平日だから、この世界では【俺の子ども】であるクロノスは、この世界に住人達の目と俺のことを考えて動けないのか。

 『そんなの気にしなくても……』と言いたいところだが、昨日の一件で裏切り者や余所者に対する理不尽さは痛いほど分かっているから言えないんだよな……クソッ、この世界に住人達がもう少し旅行者に寛容であれば、こんなことを考えなくて済んだのに!


 小さく奥歯を噛みしめている俺をよそにクロノスは言葉を続けた。



「それに、あの世界の頃に行ったゲーセンでの律が興味深かったから、こっちの世界のゲーセンに行った時の律が気になったのさ」

「なっ、なるほど……」



 つまり、【渡邊 律】という人間の観察がしたいんですね。一体、何が時の神様の琴線に触れたのやら。あの時の俺は、クロノスの興味を示した景品を取っただけなんだけどな。





 そんなこんなで昼飯を済ませた俺とクロノスは、駐車場で偶然会った智子さんが持たせてくれた和菓子をお供に車を走らせると、複合型ショッピングモールに辿り着いた。



「へぇ~、ここが(この世界の)ショッピングモールか」



 思った以上に大きすぎる建物に言葉を無くしていると、服の袖が強く引っ張られた。



「パパ、早く行こう! 今日は、僕が行きたい場所に連れていくって言ったじゃん!」



 隣から可愛らしく非難の声を上げる時司と、なぜか俺に対して冷たい目を向ける無数の来店客の視線に耐え切れなくなった俺は、時司の前にしゃがむと営業スマイルを向けた。



「そうだな、ごめん。今日はお前が行きたい場所があったんだったよな。それじゃあ、行こうか」

「うん!!」



 満足した俺の(偽の)息子の手を取ると、大型連休でごった返しているだろうショッピングモールの中に入った。





「パパ! ここだよ! ここ!!」



 興奮気味に俺の手を引く時司に連れられるままショッピングモールの中を歩いき、時司でも遊べそうな巨大プレイルームを横切ると、遠くからゲーセン特有の賑やか音が聞こえてきた。


 初めて来た場所にも(かかわ)らず、フロアマップを見ることも無くゲーセンに辿り着けるなんて……さすが、時の神様!



 時司(クロノス)のチート能力に心の中で舌を巻きつつ、(偽)親子仲良くゲーセンの中に入ろうとした瞬間……入り口すぐ近くに立っていた男性係員と女性係員がすぐさま立ち塞がった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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