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19日目 図書と隠蔽(後編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「大丈夫、律?」

「っ!?……クロノス!」



 ゆっくりと目を開けながらモノクロになった世界を見回すと、俺の頭上斜め上でクロノスが宙に浮かびながら不思議そうな顔で見下ろしていた。


 良かったぁ……


 金髪碧眼の美少年が無事なことと本当に来てくれたことに人知れず安堵した途端、強張らせていた体が一気に緩んでその場に座り込んだ。



「律、立てる?」

「すまん、クロノス。情けないことに腰を抜かして立てないようだ」



 どうやら、自分が思っていた以上に俺はあの緊迫した状況に緊張していたようだ。顔も強張っていていつものように表情筋が動かない。


 そっと宙から降りてきたクロノスが体に力が入らない俺を見ると、納得したような顔をしながら片腕を上げた。



「分かった。それなら、目を閉じて」



 時の神様に向かって、何と情けないことを言っているんだろう。


 小さく苦笑しながら目を閉じて、再び指を鳴らす音が耳に届いた瞬間、体の後ろの方から柔らかいものに包まれるような感覚が伝わってきた。



「律、目を開けて良いよ」



 横から気遣うような声が聞こえてゆっくりと目を開けると、視界に映ったのはフロントガラス越しに見える図書館の外観だった。





「ここなら大丈夫でしょ?」

「あぁ、ありがとうな」



 大の大人達に取り囲まれる空間からセーフティゾーンとも呼べる車内に瞬間移動した状況に再び安堵すると、隣から呆れたような声が聞こえてきた。



「しかし、本当にやってしまうなんてね……この世界に住んでいる人間達って、もしかするとあの世界に住んでいる人間達よりも【厄介】ってやつかもしれないね」

「厄介……クロノスはそう思うのか?」



 時の神様がこんなことを言うなんて、神様からすればこの世界の住人達は質が悪いのだろうか?



「さぁ、僕はこの世界に住んでいる人間達のことを人間の言葉を使って言っただけだから」



 つまり、クロノス自身がこの世界の住人達のことを厄介なんて思っていないということなのだろうか。


 座席シートに体を預けているショタ神様を横目で見て小さく溜息をつくと、再び図書館の外観に視線を向けた。



「確かに、『直接人と関わりたくないが、外から来た人達に良いように思われたい』って思っている奴らよりも、ただ本を読んでた人間に向かっていきなり『【国家反逆罪】だ!』とか言って逮捕する奴らの方が厄介かもな。でも、どうして俺はそんな大それた濡れ衣で着せられたんだ?」



 さっきも言ったが、俺はただ大人しく本を読んでいただけだ。それなのにどうして……


 首を傾げている俺に、時の神様が何の気なしに答えを教えてくれた。



「それは、律がこの世界を知ろうとしたからだよ」

「えっ?」



 この世界の歴史を知ることが、罪に問われる?


 驚いて隣を見ると、紙パックに入っているオレンジジュースを一口飲んだクロノスが、興味が無さそうな目を前に向けていた。



「律がいた場所って、実は『反逆者』を炙り出すの場所だったんだよ」

「反逆者!?」



 あの歴史書コーナー自体が、実は国家反逆罪を着せる為の罠だったのか!?


 絶句している俺を他所に、表情を変えないクロノスはそのまま話を続けた。



「でも、単にあの場所に行っただけ【国家反逆罪】なんてものにはならない。まぁ、律に声をかけた人間が律に対して【厳重注意】と【出入り禁止】ってやつはするだろうけど」

「あそこに立ち寄っただけで厳重注意と出禁とか、それだけで十分やりすぎている気がするんだが」

「まぁ、それだけこの世界に住んでいる人間達にとって【大事な場所】って呼ばれる場所じゃないのかな」



 『大事』というより『危険』って言った方がしっくりくる気がする。



「だとしたら、俺が国家反逆罪で捕らえそうになった一番の理由って何だったんだ?」

「それは、律があの場所にあった本を読んだからだよ」

「えっ!?」



 俺があの場所にあった本を読んだだけで濡れ衣を着せられたのか!?



「特に、律が読んでいた本は、反逆者として捕まえるにはうってつけの本だったらしいよ」

「俺が読んでいた本……あっ!」



 あの【歴代首相図鑑】のことか……


 図書館で唯一本を思い出して思わず項垂れた。



「そう、律が読んでいた本って実は『裏切者』を炙り出す決定的な証拠として、この世界に住んでいる人間達が()()()置いた本だったんだ」

「噓だろ……」



 あれを読んだだけで、国家反逆罪で捕らえられるとか信じられない。


 あまりにもシンプルすぎる罠と理由に頭が痛くなった俺は俯いた顔を片手で覆った。



「だが、この世界の住人達が読む可能性だってあるはずだろ?」

「う~ん、律のいた世界なら少なからずあったのかもしれないけど……どうやら、この世界においてはありえないらしいんだよね」

「どうしてだ?」

「だって……『この世界の住人なら、この世界のことを知ってて当然』って【共通認識】ってやつをこの世界に住んでいる人間達全員が持っているらしいから」



 何だよ、それ。


 曖昧すぎる根拠を聞いて頭痛が酷くなった。



「だとしたら、この世界のことが書かれている本はどうしたら読めるんだ?」



 俺は、それを見るためにこの場所を訪れたんだが。


 頭痛が少しだけ収まったタイミングで顔を上げると、表情を一切変えないクロノスがあっさりと閲覧出来る方法を教えてくれた。



「それは、()()()()()()()()()だね」

「無理?」



 時の神様から『無理』という言葉が出てくるなんて……この世界には、神様でも立ち入れない不可侵領域があるのか?



「うん。だって、今の僕たちは【余所者】って呼ばれる人間って設定だから」

「余所者……」



 呆れたような笑みを浮かべるクロノスを見て、俺は既視感を覚えた。


 余所者だからこの世界のことを知ることが出来ない。それって……



「つまり、この世界のあらゆることを知ることは、あの世界が故意的に隠蔽していることと同じくらいのものなのか?」



 あの世界の図書館でも俺は、結果的にあの世界のことを調べることが出来なかった。恐らくそれは、AIが国家機密として故意的に隠蔽していたからだと思う。つまり、あの世界のあらゆることを人間達に知って欲しく無かったんだ。

 そして、この世界では、この世界のことを知ろうとする者に対して【国家反逆罪】という大それた濡れ衣を着せようとした。

 つまり、この世界でもあの世界と同様に歴史を知って欲しく無いんだ。



「へぇ~、律にしては随分と勘が良いじゃん」

「一言余計だ」



 満足そうな笑みを浮かべる様子からして、恐らく当たったんだと思う。本当は、当たって欲しく無かったんだが。


 再び小さく溜息をつくと俺の隣で、クロノスがいつものように小さく笑った。



「フフッ、確かにこの世界ではあの世界と同様、この世界に関するあらゆうことに触れて欲しくないらしいよ。主に観光客など他所から来た人間達に対してだけどね」

「……ちなみに、観光客もこの図書館に来るのか?」

「ううん。だって、この世界に住んでいる人間達は、観光客に対して『図書館は、禁止区域です』って言ってるから」



 やり方が極端すぎる。いくら何でも無理があるだろうが。



「それじゃあ、この世界のことが書かれている本は、一体どこに置いているんだ?」

「それはもちろん、この世界に住んでいる人間達以外は絶対に入れない場所に置いてあるのさ」



 まぁ、そんなところだろうとは思ったが……



「つまり、関係者以外立ち入り禁止の場所に置いてあるのか」

「関係者って何?」

「関係者っていうのは【その施設に働いている人間、もしくはその人間達が認めた人間】のことを指すんだ」

「ふ~ん……まぁ、本当はこの世界について書かれた本を全て【焼却処分】ってものをして無かったことにしたかったみたいなんだけどね」

「はっ?」



 全てを、焼却処分?



「どうして、そんなこと?」



 啞然としている俺の隣で、クロノスは何の気なしに口を開いた。



「それは、この世界に住んでいる人間達にとって既に知っていることを保管する必要が無いと感じたからだよ。特に、【歴史】ってものは、この世界に住んでいる人間達にとって【悪しきもの】だと思っているみたいだよ」

「悪しきもの?」

「そう、彼らにとっては歴史というもの自体が、彼らにとっての反逆者や裏切者に余所者と一緒に歩いてきたものだというものを事実として突き付けられる代物みたいなんだよね」

「そんな……だからと言って、歴史が無かったことになんて出来るはずがない。歴史は紛れも無い事実なのだから」



 それに、歴史というものは人間という生物を知ることが出来るかけがえのない財産なのだから、そんな安直な理由で無きものにするなんて正気な沙汰とは思えない!



「そうだね。それは、この世界に住んでいる人間達も分かっている。だから、彼らは自分達に不都合な歴史書は自分達の手で厳重に保管しつつ、反逆者を炙り出す為の道具として見せても問題無い本達をあの場所に置いているんだ」

「なるほど……だから、あの場所には俺のいた世界にあったような本ばかりがあったのか」



 それに、あの図鑑に【渡邊翔太】という名前が無かったのは、この世界を作った元凶だからだろう。


 どうやら、この世界にとって渡邊翔太という人物は、とても忌み嫌われているらしい。





「なぁ、クロノス。もう帰っても良いか?」

「それは別に良いけど……この世界の歴史書を読まなくても良いの? その気になれば、この世界に住んでいる人間達が保管している本がある場所まで連れて行けるよ」



 うっ、読んでみたいが……


 クロノスからの甘い誘いを断ち切るように小さく頭を振りかぶった。



「だとしたら、わざわざ車を飛ばして図書館に来る必要が無かっただろ? さっきみたいに、瞬間移動して俺にこの世界の歴史が書かれている書籍が保管されている場所に行けばいいだけの話なんだから。それに、お前が乗り気じゃないところを見る限り、この図書館にはお前が俺に知って欲しいこの世界の真実なんて無いだろ?」

「うん、そうだね」



 あっさり肯定した。恐らく、俺が『図書館に行きたい』という要望に付き合ってくれたのだろう。全く、俺に対してとことん甘い神様だな。



「だったら、このまま帰って飯食ってお前がやりたいゲームでも付き合ってやる」

「そう……あっ、律」

「ん、何だ?」

「今日もお風呂に入るんだよね?」

「当たり前だろ。それがどうしてたんだ?」

「あのさ……良かったら、今日は僕が律の背中を洗っていい?」

「えっ、別に構わないが……」



 そう言えば一昨日、突然このショタ神様が『お風呂』ってものに目覚めたんだよな。あの世界にも風呂はあったはずなんだが……



「ところで、時が止まったままで良いのか? このままだと車を動かすことが出来ないと思うんだが」

「それなら大丈夫。この車には、前もって加護を与えているから時が止まったままでも問題無く走れるよ」



 さすが時の神様。人だけじゃなくて物にも加護を与えることが出来るんですね。



「むしろ、時が止まっている方が僕としては都合が良いから」

「そう、なんだな」



 何故だか満足そうな笑みを浮かべるクロノスを他所に、俺は車にエンジンをかけた。




 旅行19日目

 今回は、俺の提案でこの世界の図書館に行くことになった。クロノスは相変わらず乗り気ではなかったが、あっちの世界で得られなかった情報が、もしかしたらこっちの世界では得られるかもしれない。

 そう淡い期待を抱きながらこの世界の図書館に訪れたんだが……どうやら、この世界でことを調べることは【国家反逆罪】になるらしい。

 『そんな大げさなことがあるのか!?』と思われても仕方ないのかもしれないが、残念ながら現実に起こってしまった。

 まぁ、幸いなことにクロノスが持つ神様の力で助かったのだが……図書館に着いて早々、受付嬢に身分確認と来館目的を伝えた後、俺と時司は左右にある専用図書館に行くように案内された時点で、ある程度身構えておけばよかった。

 ちなみに、この世界のインターネットでこの世界をことを調べようした場合、居場所を突き止められる上に社会的制裁が容赦無く加えられるらしい。怖すぎ!


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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