ダリアの憂鬱・3
『次の夜会は一緒に』
そう書かれた手紙と共にドレスを始め靴や髪飾りが届いたのはキアラの下から帰った数日後である。向き合えとキアラに忠告されたのもあり、セレスティは受け入れるつもりでいる。
しかし、何となく気持ちがのらず贈られた品を見ていなかったのだが、手紙の返事も書かなければならないと考え思いきって侍女達と共に開けてみる事にした。
(このドレス…?)
箱の中から出てきたのは森の中を映したような深い緑のドレスであった。上等な絹を使って作られたその品は若い女性が着るのに相応しく大きく膨らんだラインを描いている。
途中に切り返し部分として大振りのリボンが付いており、そこから透け感のある薄い布が何枚も重ねられ不思議な色合いになっている為、濃い色見のドレスではあるが全体的に重く感じない作りになっている。上品な美しいドレス。そんな印象である。
しかし、セレスティは何故このドレスなのか不思議に思った。
普段彼女が着るのは髪色や顔付きの幼さに合わせて、薄い色を基調としたドレスを着ている。伯爵であるアランもそれは知っている筈である。それなのに態々セレスティの選ぶものと真逆のドレスを贈るとは…。
「セレスティ様、試着なさいますか?」
「そうね…。着てみないと返事も書けないわ」
そのまま侍女に着付けて貰うと姿見の鏡の前に立った。
「よくお似合いですね」
そこには自分写っている筈なのに別人のような姿が写し出させていた。
元々白い肌は更に白く見え女性らしさを増幅させる。その肌に掛かるストロベリーブロンドの桃色がドレスの深緑に映え、一輪の花のように合わさる。そして何より同系色である瞳の色がいつもより引き立って見える。
「…濃い色って初めてだわ」
「伯爵様はお嬢様をよく見てらっしゃったのですね」
「会ったのは前回が初めてなのだけど…」
「本当にそうなのですか?一度会った方が選ぶドレスではないと思いましたが…」
ただ喜ばせるならセレスティが好む物を贈れば良い。形式的な物なら尚更の事。けれどそれならばこのドレスはどういう意味なのだろうか。セレスティは鏡の中の自分を長い間見続けていた。
***
「随分と嫌われたものですねぇ」
「あら、不埒な方に気を付けるのは淑女としての嗜みですことよ」
ぷいっとでも言いそうなセレスティにアランは苦笑をした。彼は今宵、セレスティに合わせて深緑を基調とした装いをしていた。洗練されたその姿は人目を惹き付ける魅力がある。
「やはり見立ては間違ってなかったようですね。大輪のダリアのようです」
「ダリア…ね。貴方も私が毒の姫だと仰有りたいのかしら?」
古くからダリアの根には毒があるとセレスティは聞いていた。大輪の華やかな花に根付く毒。アランはそう言いたいのだろう。
「あぁ。通説に騙されているんですね。ダリアには毒はありませんよ?そう云われてしまって可哀想な花です」
「…それは知りませんでしたわ」
「あまり広まっていないですから。…さぁ、着いたみたいですよ、お手をどうぞレディ」
優雅に手を差し伸べるアランに手を重ねる。少し冷たいその手は彼の雰囲気に似合いだとセレスティは思った。
***
『公爵令嬢が…ねぇ』
『破産寸前ですってよ…』
『それで伯爵と…成る程…』
(聞こえてるって。言うなら面と向かって言いなさいよ)
覚悟はしていたが夜会の雰囲気は決して心地の良いものではなかった。暇を持て余した貴族達は噂を好む。それまで社交界に君臨していたセレスティが転げ落ちる姿はさぞ面白い話であろう。
けれど、これからもこの世界で生きていくのであれば遣り過ごしていかなければならないと、気を引き締める。
「大丈夫ですよ。一緒にいますから。落ち着いて深呼吸してみて下さい」
(えっ!?)
疑問を口にしようとしたのも束の間、腰を引かれ密着する形になる。驚いて顔を見上げると赤めの瞳が優しげにセレスティを見つめていた。
「だ、大丈夫ですわ。慣れておりますもの…このくらい気にならないですもの」
慌てたようにセレスティが取り繕うとアランは面白そうに口元を歪めた。どこか子どもっぽいその表情に何故かセレスティの鼓動が速くなる。
「そうですか?困ったら頼って下さいね、婚約者ですし」
「えぇ、殿方の役割ですものね。紳士としてしっかりエスコートお願いしますわ」
セレスティも負けじと不敵な笑みを浮かべる。それは傾国と呼ばれるに相応しい、引き込まれるような妖艶な笑みであった。
***
ゆったりと花の香りのする湯に浸かると強張った手足が優しく解れていく感覚がした。何度行っても夜会は馴れないとセレスティは一人溜め息をついた。
(それにしても…アラン様は完璧な立ち振舞いだったわ…)
夜会の間、彼のエスコートは見事であった。セレスティに対しての遠回しの嫌味にも笑顔で対応し立場を弁えろと釘を指す。
徐々に会場の空気が変わっていきアランを中心として時間が過ぎていく。雌雄を決するとはこういう事を云うのだろう。公爵家に必要な素質であり、セレスティも勿論こなしていたが彼の振る舞いは格別であった。
出会った時に慣れていないと感じたのは気のせいだったのかもしれない。もしくは自分が養子だからと色眼鏡ど見てしまっていたのかもしれないと思った。実際に話してみなければ…接してみなければ分からない部分がたくさんあるのに自分は投げやりな態度を取ってしまい見えなくなってしまっていたのかもと独り反省する。
(キアラ姉の言う通りよね…)
人同士なのだ。向き合ってみなければ。触れてみなければ分からない。
浸かっている湯がいつもより香りが心地よく温かく包まれるような感覚がして燻っていた心が少し解れる気がした。




