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孤高の黒薔薇姫  作者: 咲良 ゆと
出会い
14/17

ダリアの憂鬱・2

 『食事処・天竺牡丹』


 庶民の台所である市場の中心に店を構え、昼は大盛で安い定食で人気があり夜になると飲み屋として賑わう。庶民の懐に優しい品々は量も多く美味しいと評判の店である。


 店内は装飾などはされていないが木造で出来た建物の、その無骨さが下町の温かみを醸し出していた。


「あーはっはっ…それは面白い話だねぇ」


 昼の忙しさが一段落した店内で、店主は後片付けをしながら隣の女性と話していた。


「笑い事じゃないのよ!!貴族のお坊ちゃんかと思って甘く見ていた私が悪いけど…乙女のファーストキスよっ!!信じられないっ」


 慣れた手付きで食器を洗いながら大声で話す。彼女達は古くからの友人であった。


「格好良かったんでしょう?良いじゃない。どうせ隠居暮らしの予定だったんだから最後に美味しい思いしたと自分に言い聞かせて諦めなさいな」

「キアラ姉には分からないわっ!!」

「そうね。でも…セレス、貴女も悪いと思わない?」

「それは…まぁ…」


 市井で暮らす夢を見ていたのは姉と慕う彼女…キアラがいたからだ。

幼い頃、日々勉強を強いられ家が嫌になったセレスティは乳母の目を盗み町に出掛けた。しかし、迷子になり途方に暮れ大泣きしてしまった。そこに現れたのがこの一帯でガキ大将をしていたキアラだった。


 キアラは泣いているセレスティに事情を聞き出すと一緒に邸宅に行き謝ってくれた。一度であればそれで話は終わりなのだが…勉強で頭が一杯になる度に何度もセレスティは脱走した。どうしようもなくなった父は毎回娘を連れ戻してくれるキアラに月に何度か息抜きをさせて欲しいと願った。


 身分の事など弊害があるにも関わらずキアラは快く引き受けてくれ、それ以来セレスティにとって大切な姉のような存在である。


「だいたい…貴女、相手の伯爵さんとしっかり話しもしてないんじゃない?」

「だってどうせ爵位が欲しいだけよ。きっと」

「そうとも限らないと思うけどねぇ。セレスは容姿も整ってるし…貴女自身と結婚したいのかも知れないでしょう?」


 むぅ。と顔を膨らませるセレスティは年相応の幼さを感じる。平民に生まれた方が彼女にとって幸せだったのかもしれないとキアラは思った。


「それで…今日は最後まで手伝ってくれるの?そろそろ店開けなくちゃいけない時間なんだけど…」


 普段であれば夜の店仕舞いまでセレスティは手伝って帰るのだ。気分転換というのもあるが、もうひとつ理由がある。


「手伝いたいわ。今日は金曜日でしょう?きっと恥ずかしがりやな『彼』も来てくれると思うの。もう私も中々お店を手伝えなくなると思うし…」

「『彼』ねぇ…」



***



 夕方の開店と共に店内は一気に溢れ変える。途端に酒の匂いとそれに合わせた揚げ物など芳ばしい薫りが漂う。セレスティも最初は戸惑ったものだが今では看板娘としてちょっとした有名人であった。


「セレスちゃん!!今日出勤だったのー?」

「こっちで話そうよ!!」


「はいはい、取り合えず目の前のお酒片付けてね!!それと、唐揚げ今揚げたばかりなんだから喋ってないで食べてみて!!」


 ここらでは見ないストロベリーブロンドと翡翠色の瞳、白磁の肌を持つセレスティは庶民と言うには少々無理があった。どこか人間離れしたその容姿は美しさより恐ろしさを感じる。しかし、持ち前の気立ての良さと飾らない性格が親しみ易さを生み常連客に可愛がられていた。


 酒の入る場所とはいえ女大将であるキアラの性質もあり執拗に誘われる事も無いこの店はセレスティのお気に入りの場所であった。


 日が落ちて大分経った頃、一人の男性が店を訪れた。フードを目深に被った姿は他を寄せ付けない雰囲気を纏っている。そっと窓際のいつもの席に着くのを待ってセレスティは明るく声を掛けた。


「いらっしゃいませ!!久し振りですね」

「仕事が一段落したのでね」


 フードを外さない為に顔は全て見えないが、隠れていない口元で笑っているのだと分かる。


「注文はいつもので大丈夫ですか?」

「お願いします」


 少し怪しげな常連さん。それが彼に対しての最初の印象だった。陰も薄く気にならない。敢えて言うなら暗くて得体の知らない人という認識であった。


 その認識が変わったのはちょっとした事件からである。

 セレスティが店を手伝い始めた当時、キアラに反対されていた。生粋のお嬢様に出来る範囲など高がしてれているし、何より酒を出す場所は危険が伴う。勿論、店の外には分からないように公爵家の騎士達が用心棒として待機してはいたが、店内では守りきれるとは言い難い。更に公爵である父に知られては大変な事になる。


けれど、セレスティは少しだけだと押しきって手伝わせて貰っていた。

 最初客の少ない時間帯は良かった。元々セレスティは器用な性質であったし、覚えも悪くなかったからだ。しかし、何度目かの店番をしていた日突然店内がごった返す程混み合った。キアラに助けて貰いつつ必死でこなしていたのだが、一度注文を聞き取り間違えてしまった。それだけなら小さなミスで済んだが、ひとつのミスが焦りを生み結果あちこち失敗を重ねてしまったのだ。


『まだなの!?』

『こっちの注文が先だろう!!』

 客達は苛立ちが募り店内の雰囲気が悪くなる。すぐさまキッチンにいるキアラに状況を伝えなければいけないのは分かっていたが、迷惑を掛けてしまったという事自体にパニックになる。


『落ち着いて。深呼吸してみて下さい。飲み物は出すから注文に集中するといい』


 穏やかな声を掛けられ後ろを振り向くと彼がいた。フードを被った姿は怪しかったが、その隙間から覗く口元で笑みを作る。セレスティは張り詰めていたものがフッと落ちるような感覚がして、頭がクリアになった。


 彼に助けられたのもあり、その日はどうにか乗り越えられた。

 それ以来セレスティは彼に懐いている。



***



「それで?どうするの?『彼』。セレスは結婚するんでしょ。今までの様にここには来れないと思うんだけど」

「うーん…」

「何もかもが中途半端なのよ。先ずは婚約者が出来たのだから向き合ってみなさい。隠居するでも何でも相手を分からないといけないと思うわ」


 セレスティはキアラの顔を見れず視線を壁際の鏡に漂わせる。そこにはいつもより頼りなく見える自分の姿が映った。 

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