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孤高の黒薔薇姫  作者: 咲良 ゆと
出会い
13/17

ダリアの憂鬱・1

※時系列的にメリッサ達の結婚式前から回想に入ります。

Anotherからの移動内容になります。

「ふたりだけでこうやってお茶をするのも最後かしらね…幼かった貴女がそんな歳になるなんて…」


「お母様、お城にいらして下さると嬉しいわ。色々と不慣れな所も多いのですもの…」


 夏の陽射しも陰り穏やかに秋を伝える風が吹く。


 少しだけひんやりとした外気に晒されてはいけないと邸宅にあるテラスの中、母娘ふたりだけでアフタヌーンティーを嗜んでいた。ふわりとベルガモットが香るお茶は母のお気に入りの物である。お祝いの時や行事の時になると棚の奥から持ち出し、母自ら淹れる。


「ふふふ…貴女の事ですもの。大丈夫よ。堂々と王太子妃として務めなさい」

「そうかしら…」


 初々しい娘を見ながら、自分の結婚を思い出す。メリッサの母であるセレスティは貴族の結婚に有りがちな政略結婚である。出逢ったのはこんな爽やかな青空の日だった。



***



 これ程までに青空が似合わない男などいないだろうと思わせる風貌。狡猾な顔立ちに紅の瞳は妖しく光る。

 

 此方を見る表情は値踏みするかのようで、公爵令嬢として育ったセレスティには悍ましく感じた。


 ドレスの裾を掴み淑女の礼を取る。本来であれば公爵令嬢である彼女からではなく身分が下の伯爵家である男からする必要があるが、セレスティに咎める力はない。それというのも全ては現公爵家当主である父が原因であった。


 公爵家の嫡男として生まれついた彼はそこそこ頭が良かった。世渡りも平均並みには出来る程度。普通であれば問題がなかった。


 けれど、公爵家を束ねる当主としての力量と考えるとあまりにも足りなかったのだ。結果、父は利の出ない儲け話に乗っかり資産を全て失った。残ったのは公爵家の爵位だけ。


セレスティは爵位を返し、平民として市井で生きていこうと考えていた。


 貴族のプライドなんて知らない。どうでも良い。元々セレスティは傲慢で己のプライドばかり気にする貴族が嫌いだった。しかし、貴族の中でも上位に位置する身分を持って生まれた彼女には嫌だからと立場を棄てる自由などなかった。

 出来るのはお忍びで町に下り友人を作る事が精一杯だった。


「セレスティ・カルティエと申します。伯爵様の活躍は存じておりますわ。慈善活動などにも力を入れているとか…素晴らしい事ですわね。私も妻となるからにはそれに恥じぬよう努めたいと思っておりますの。お願い致しますわね」


 決して受け入れるつもりがあるようには見えない伯爵に向かい笑顔を作る。


 自分の笑顔にどのくらいの威力があるのかセレスティは知っていた。貴族という立場を疎んでいながらも自らのすべき事を幼い頃から心得ていたから。


 人間離れした容姿を存分に活用し男性を籠絡する。魑魅魍魎が蔓延るこの世界で生きていく術であったが、その妖艶さから女性からは氷の微笑だと言われ、男性からは毒の姫だと恐れられていた。


「セレスティ姫様、お見知り置き戴き幸せに存じます。アランと申します。しがない伯爵でしか無い私ですが…公爵家に相応しくあるように心掛けたいと思っています。」


 そう言うと貴族の礼を取る。しかし、その礼はどこか慣れないように感じた。


(確か…伯爵家の養子だったかしら…まぁ、どうでも良い事ね)


 顔合わせの後、庭を案内して上げなさいと言われアランと共に外へ出る事となった。夏の終わりを向かえた庭はまだ青々としており、翳りのある陽射しと共に景色として不思議な色合いを見せる。どこかアンバランスな雰囲気は庭を歩くふたりのようであった。


 セレスティは心の中で溜め息をつきながらこれ以上話さなくとも良いのでは…という疑問を感じていた。


 そもそも政略結婚である。仲を深めなくとも家を栄えさせれば問題が無いし、向こうからすれば自分など爵位に付いたお飾りだろう。これ以上無駄な時間を過ごしたくはなかった。


「失礼を承知でお願いしたい事がありますの」

「何ですか、姫」

「まず姫は止めて頂けますこと?」


 アランは面白そうに目を瞬かせると、口角を片側だけ上げニヤリと笑った。


「失礼。それで、ご用件は?」

「貴方は爵位が手に入ればそれで良い。そうでしょ?」

「…」

「私は家が守られれば良いと思っておりますの。ですから、利害は一致していますわね。それで…ここからは提案なのですが、結婚したら私は地方に屋敷を構えて暮らしたく思いますの。もちろん、無駄遣いなどしませんし慎ましく暮らしますわ。社交界の時期のみ妻として役割を果たしたく思います」

「それは…私にとってのメリットは無いですね」


 セレスティは自嘲するようにコロコロと笑い声を上げた。


「メリットだらけではありませんか?爵位は貴方の物。お金も使わないと申しておりますので、邪魔にならない妻。そして…何も貴方に求めていませんし、愛人を作って頂いて結構だと申しておりますのよ?良い駒でしょう、私」


 男性にも矜持があるだろうが、セレスティにとっては今更気にならなかった。


 幼い頃は市井に降りる夢があった。


 それはあまりにも叶わない願いだとすぐに気が付いた。それならば愛する家族の為になるよう、女公爵を目指して男性以上に勉学に励んだ。社交界で妖艶に演じるのも然り。


 けれどそれもアランが公爵となるなら無駄な話しである。何も無くなった自分には隠居が相応しいとセレスティは考えていた。畑でも耕しながらノンビリするのも悪くないだろうと夢想する。


「あっはっは…」


 大きな笑い声に考え事をしていたセレスティはハッとして隣を見た。


「面白い話をする。姫、駄目ですよ。貴女は私の妻になる。後継者も必要でしょうし…逃げてはいけませんね?」

「…ですから、愛人でも作って下されば宜しいかと思いますと申したでしょう」


 セレスティは苛立ちを隠せずに言葉を吐いてからアランを睨み付ける為顔を上げた。


(何っ…!?)


 目の前が暗くなったと感じたのが先か、それとも感触が先なのか。気が付いた時には口唇に柔らかな物が押し付けられていた。


 あまりの驚きに思い切り手で目の前の物を退けようとする。けれど、男性の力に敵う訳はなく逆に抱き締められ、口を蹂躙される。柔らかなそれは、無遠慮の塊のような物である筈なのにどこか甘やかで思考が追い付かなくなる。セレスティはそのまま食い尽くさせるような感覚がした。


 …どのくらいそうしていたのだろうか。ゆっくりと口唇から相手の物が離れていく。目の前の男は鋭利な眼を細めながら愉しそうに呟いた。


「駄目ですよ。分かりましたか?」


 触れ合う程の近さで囁かれた言葉は、そのままセレスティの口唇に飲み込まれていった。

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