第九話 小夜育成計画
吹き飛ばされた七瀬の姿を見て、その場で立ち尽くす俺と小夜。弱ってはいたのだろうが、あれだけの化け物が実にあっさりと倒されてしまったものである。さっきまでの苦労と絶望は一体……。こうして俺たちが茫然としていると、後ろから心配そうな声が響いてくる。
「大丈夫ですか!?」
振り返ってみると、そこには息を切らした竹田さんが立っていた。ここまで走ってきたのか、被っているベールが半分ほど脱げてしまっている。どこでこの病院の異変を知ったのかは知らないが、ずいぶんと急いできてくれたようだ。
「なんとかな。見ての通り、生きてる。怪我もしてない」
「ふう、良かったです。急にお守りから変な力が伝わってきたので、びっくりしましたよ!」
「このお守り、そんな機能があったのか……」
俺は懐からお守りを取り出すと、堅く握りしめた。内緒で監視されていたような気もしないではないが、そのおかげで命拾いできたのだから安いもんだ。全くいい物をもらった物である。寺生まれ、さすがだ。今度彼女のお寺に行くことがあったら、千円ぐらいお布施しよう。
「しかし危ないところだったな。私も、竹田から貰った身上代符だったけ? あれがなかったら、今頃は魂を斬られていたぞ!」
そういうと、小夜は笑いながら胸ポケットに手を突っ込んだ。すると彼女は「おやっ?」と眉を歪め、ガサガサとポケットを漁り始める。
「どうした?」
「いや、確かにこのポケットに入れたはずなんだがな。身上代符がないんだ」
「あ、それでしたらエレベーターに落ちてましたよ。ほら!」
竹田さんがポケットから取り出したのは、確かに昨日見たのと同じ身上代符だった。青い絹製のそれは、意匠も大きさもぴったりと一致する。ということは、小夜は七瀬に斬られた時にはお守りを持っていない状態だったのか? 俺はにわかに背筋が冷えるのを感じた。
「おい待て、それだと小夜は何で生き残ってるんだ? 魂を斬られたはずなんだぞ」
「さあ? あいつがミスしたんじゃないのか? それか、気合で何とかなったとか」
「いくらお前でも、さすがに気合じゃなんとかならんだろ」
「いえ、意外となりますよ」
竹田さんは実にあっさりとした口調でそう言った。え、そういうものなの……? 専門家からの予想外の言葉に、俺も小夜も揃ってポカーンと間抜けな顔をする。魂とか霊とか、そういうものを扱うのには何か特殊な鍛錬とかが必要じゃないのか? 脳内で疑問符を浮かべる俺たちをよそに、竹田さんは解説を始める。
「ああいう霊的な物は、人間の精神に存在を大きく左右されるんです。ある意味、人間の認識によって成り立っていると言ってもいいかもしれません。極端な話、『鬼は強い!』って認識しているから鬼は強いんです。人間全体の認識が『鬼が弱い!』になれば、子どもでも倒せるようになるはずですよ」
「へえ……」
「個人レベルでも、それはある程度当てはまります。例えば霊と戦うときに霊を怖がったら、その分だけ相手は強くなるんです。逆に全く怖がらなければ、最小限の力で倒せます」
「じゃあ、あれだ。例えばみんなが『ゾンビには回復アイテムが効く!』って認識すれば、実際にそうなるのか?」
俺がそう問いかけると、竹田さんはうーんと唸った。彼女は首をかしげつつも、ゆっくりとした口調で答える。
「そうですねえ……。あり得なくはないと思いますよ。ただ、ゾンビに回復アイテムが効くと言うのはここ最近のゲームの話なので、効く場合と効かない場合があるでしょうね」
「例えば?」
「強力な薬ってイメージの強いものほど効くと思います。そうですねえ、抗生物質とか抗ガン剤とか……。逆に、風邪薬みたいに弱いイメージの強いものだったらあまり効かないでしょうね」
なるほど。だから点滴が効いて、しかも効く奴と効かない奴があったのか。俺はひとまずすっきりとした気分になると、ポンと手をついた。するとその時、俺たちの頭をキーンと何か得体の知れない金属音のような物が駆け抜けて行く。
「なんだ!?」
「マズイです、結界が解けます!」
「おいおい、どうするんだ!? こんなめちゃくちゃな状態、人に見られたらヤバいぞ!」
「私の方で何とか処理しておきます! お二人はとりあえず、病院の外へ出てください!」
焦った顔をした竹田さんに促されて、俺たちは急いで階段を駆け降りた。そしてエントランスを潜り抜けると、途端に世界に色が戻ってくる。目に飛び込んできた鮮やかな夕焼けに、俺と小夜は堪らず目を細める。ここ数年来、見たことがないほど色彩の強い、美しい夕焼けだった。その緋色の様は、まさに空が燃えていると言うのがふさわしい。
「やれやれ……一時はどうなるかと思ったが、助かったな!」
「ああ。けど、何かすっきりできない」
「ん? お守りがなかったことがまだ気になるのか?」
「まあな」
「そんなに気になるなら、ステータスでも見てみたらどうだ? 何か異変があるなら、それでわかるだろ」
「それもそっか」
俺はひとまず、小夜のステータスを確認してみることにした。すっかりお馴染となった思考をして、画面を呼び出す。すると――
・名前:神凪 小夜
・年齢:15
・種族:人間
・職業:高校生 剣士
・HP:160
・MP:0
・腕力:110
・体力:90
・知能:45
・器用:80
・速度:50
・容姿:135
・残りポイント:5
・スキル:神凪流剣術
「ポ、ポイントが増えてる!?」
俺は驚きのあまり、素っ頓狂な声をあげてしまった。慌てて自分のステータスも確認してみるが、残念ながらポイントの増加は1しかない。どうやら、貢献度によって分配されているようだ。
「クッソ、俺は1か……。貢献度的には仕方ないけど……」
「お、おい! ポイントが増えたのか!? それなら今すぐ頭に振ってくれ、明日の課題がヤバいんだ!」
鼻息を荒くして、恐ろしい剣幕で詰め寄ってくる小夜。目をカッと見開いた様は、オーガ(♀)だった頃にも匹敵する迫力だ。その背中からは炎が噴き出しているようにも見える。必死だ。めちゃくちゃ必死だ……! 俺はそんな小夜に圧倒されつつも、まあまあと宥めてどうにか落ち着かせようとする。
「落ちつけって! 七瀬は倒したけど、まだヤバそうな状況なのには変わりがないんだぞ。きちんと計画を立ててからポイントを振らなきゃ、後で後悔するって!」
「…………容姿に極振りしたお前が言っても……なあ?」
嫌味っぽい口調でそう言うと、小夜はジトーっと冷えた眼差しでこちらを睨んできた。まだまだ容姿極振りの恨みは忘れてはいないようだ。けど、ここで小夜にお任せするわけにもいかない。何せこいつは、ステータスの割り振りが出来るゲームを始めると、必ずステ振りで失敗する超初心者だからな。全部に均等に割り振るのなんて当たり前。以前には勘だけ適当にステ振りした結果、どう頑張ってもリセットしなければクリアできない状態にしたなんてこともある。現実でそれをやられたらおしまいだ。
「信用されないのもわかる。だけど、俺はゲームオタクだぞ! 今までどんなゲームだってクリアできなかったことは無い! 安心しろ、オタの誇りに掛けて完璧にステを振ってやるよ」
「ゲームと現実は明らかに違う気がするが……まあ、いいだろ。そこまで言うなら任せた! 明日までに考えてくれ」
ポンっと俺の肩を叩いてくる小夜。こうして俺は、明日までに小夜と自分のステ振りを考えることになったのだった――。
タイトルは某ゲームのタイトルを意識してみました。
元ネタが分かる人はどれぐらい居るのかな……?
感想や評価など頂けるとありがたいです。




