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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
99/117

邂逅~三州大秋山蜥蜴丸~

 昨晩泊まった宿の一室。

 その中央に、意識を失って以降、苦しそうにうめいているソフィーがいた。布団の上で横になり、その隣には蜥蜴丸が鎮座していた。

「……傷の具合は?」

《それ自体は浅いのじゃが……如何せん、敵の神技に毒物操作でも混じっていたのだろう、相当体力を消耗させられておる……》

「……そうか」

 その言葉に要は深く項垂れた。

《……御仁自身を責める必要は無い。むしろ、判断は全て間違っておらぬ。影継殿の治癒で少なからず解毒されたおかげで、一命は取り留めておる。その場で嬢を封神したのはむしろ最適な判断だっただろう》

 そんな様子を見かねたのか、蜥蜴丸はなんとかして励まそうとするが、やはり思うところがあるのか、要の表情は変わらなかった。

「……警告は出されていた。にも関わらず対策を怠った自分が全ての原因だ……もっと注意を払っていれば、彼女も怪我を……こんなに苦しむこともなかっただろう……」

《…………》

 悔いている人間に、それ以上の言葉をかけられず、蜥蜴丸は口を閉ざした。

 しばらくの間、沈黙が部屋を覆ったが、それも決意した蜥蜴丸が破った。

《御仁、申し訳ないが、席を外してもらえぬじゃろうか? 少しばかり嬢の治癒に専念したいのでな》

「……分かった。だが、絶対に助けてくれ……頼む……」

《……言われずもがな》

 その言葉を聞いて、要は後ろ髪を引かれる思いがありながらも、静かに部屋を出て音を立てずに戸を閉めた。

《……刀に毒、か……元寇げんこうを思い出すのう》

「そ……それは、矢に毒……ではありません、か?」

 布団から聞こえた声に蜥蜴丸は顔を上げた。

 息を荒くしながらも、ソフィーは目を開けていたのだった。

《……嬢、あまり無理はするでない。それと、意識があるのなら早々に御仁を安心させたほうがよかったのではないか?》

「いえ……無理して話せば、あの人は間違いなく、さらに自分を……責めるでしょう……なので、一言……言わせてもらえば、もう少し早くマスターを部屋から、出して、貰えれば……」

《……それは儂も悪かった。ただ、あそこまで心配な顔をされればむやみに追い出すこともできんのでのう》

「そう、ですね」

 言いながら彼女は、要に抱きかかえられていたことを思い出した。

 長い階段、山道、道路を細心の注意を払いながら下っていたため、朧気な意識で見えた表情は酷く強ばったものであり、時折小さな声で呼び掛けていたのだった。

 紡ぐように。

 足掻くように。

 手繰るように。

 その声で、彼女の身体は必死に【死】を拒むことができた。

「……これで二度目、ですね」

 なつかしそうに彼女はそう口にした。

 毒で痺れる手を、静かに左腕へと運んで撫でた。

 要が運ぶ際に触れていた場所は、偶然にも最初に助けられたときに触れられた場所であった。その時は力強く、そして今回は、割れ物を扱うかのような。

 しばらくの間、彼女は無言でそうしていたが、回想を終えると隣にいる蜥蜴丸へと視線を向けた。

「……蜥蜴丸さん……でしたか? 完全に、解毒出来るまでの、時間、は?」

《……全力で集中しても四日……じゃろうな。幸い嬢は少しばかり他よりも回復が早いのじゃが、少なくともそれくらいは掛かる。ただ、後遺症は残らないだろうから安心せい》

「……長い、ですね。自然治癒強化では天下一の傑物である蜥蜴丸らしくない発言では?」

《本来ならば即死確実の毒じゃ。むしろ一命をとりとめられただけでも御の字じゃろうが》

「……ですが、その日数はあくまで《無契約》での話、ですよね?」

 その言葉で、蜥蜴丸は彼女が何を考えているかを理解した。

《……確かに、嬢の考えている方法ならば、明日の晩までには元通りになるじゃろう》

「では……」

《だが、それは嬢の機を殺す結果になりかねん。目先の利益だけにとらわれれば、必ず後悔する時が訪れるぞ?》

 ソフィーが手を伸ばそうとした瞬間、蜥蜴丸は一歩身を引いて彼女の手の届かない場所にまで下がった。ソフィーが寝ている間に、彼女が釼甲を扱える『第三人類』であることは要の口から聞かされていたので、彼女が若竹に触れ、祝詞を知り、唱えあげれば、それで《契約》は完了する。

 それは確かに蜥蜴丸の望んでいたことだが、だからと言って焦り……ましてや毒で判断を鈍らせているかもしれない相手にすべきことでは無いと、考えての行動だった。

 福原の場合は簡易契約(正式な祝詞を唱えていない)であった為、即座に離れることは出来たが、一度契約すれば、余程の事が無い限り、その契約を断ち切ることは出来ない。

《儂という釼甲で妥協するか、それとも此度は安静にし、更なる名甲との巡りを待つか……嬢にも選ぶ権利が……》

「……志同じくする者は、如何なる障害も阻めることなし」

 蜥蜴丸の言葉を全て聞くことなく、ソフィーはそう言って遮った。

「……マスターから教わった言葉、です。蜥蜴丸さんも、この言葉は当然ご存知でしょう?」

《……それがどうかしたのだろうか?》

「……守宮やもり。蜥蜴丸の独立形態であり、人を守る、助けることに主眼を置いた釼甲だということは聞かせていただきました」

《……》

 ソフィーの言葉に蜥蜴丸は黙り込んだが、彼女は構わず話を続けた。

「恐らく貴方は、マスター・五十嵐要を主人としたかったのでしょうが、不運なことにあの人は影継という釼甲と既に契約していた……だから、今の今まで見守り役を務めていたのではないのでしょうか?」

《……否定はせんわい》

 そこでようやく蜥蜴丸は言葉を発した。

《確かに、儂は御仁の腕に惚れ、何らかの助けになりたいと思ったが……年季だけの老耄おいぼれなんぞ役に立つわけもない。それは重々承知している……》

「それでも、何か手伝いたい……そう思って薩摩ここまでマスターに付いてきたのではないのでしょうか?」

《……》

 図星だったのか、蜥蜴丸は彼女の言葉に反論することが出来なかった。

 ただ、そのまま素直に答えれば、年老いた釼甲のわがままになりかねない。そう思って蜥蜴丸は黙るということしかできなかったのだった。

「……少し、雑談をしますね」

 黙り込んだ蜥蜴丸を見て、ソフィーが不意にそんなことを言い出した。蜥蜴丸は訳も分からず首を傾げたが、彼女はそんな様子をあまり気にしていない様子だった。

「……とある人は、軍によって厳しい訓練を強いられ、感情という感情を捨てるよう徹底的に人格否定をされていました。その甲斐あってか、その人はあと少しで傷付けることだけに特化した、軍の意のままに動かせる人形になろうとしていました」

《……》

 蜥蜴丸は茶々を入れる気には到底なれなかった。

 彼女の話し方が、思い出すかのようのものであることを、瞬時に理解したためだ。

「ですが、ある日……他国の軍との合同訓練で、その人はとある男性に、惜しくも敗れてしまいました」

 言いながら彼女は毒で震える手で、左の肩を撫でた。

「……その人が生き残るには、ひたすらに勝ち続けなければいけなかった……生身の人間相手に負けるようであれば、作られた人形はいらない……それが、その人の所属していた軍でした」

 声が僅かに震え始めた。

 毒の為ではない。

 ありえたかもしれなかった未来に、恐怖した為だ。

「ですが、奇特な対戦相手が、その話を聞いてすぐに行動を起こしました」

 けれども、それもすぐに治まった。

「『これほどの人材をいらないと言うのなら、大和で預からせていただきたい』と、異国の上級将校相手に怖気つく事なく、そう言い切りました……ですが当然、ただで与えるにはいかず、将校たちは条件なしでは拒否。交換ならば物によって受け付ける、と……」

《……その御仁……いや、者は何を差し出したのだろうか?》

 慌てて言い直した蜥蜴丸に少しだけ笑いながら、彼女は静かに答えた。

「……自身の『血』、だそうです」

《……? 忍耐力でも試されたのじゃろうか?》

「……その人の所属していた國の技術力なら、それなりの血液があれば【その人を再現できる】……つまり、負けたその人よりも、勝った男性を作り上げることが出来れば……という結論で、交換が成立しました。まぁ、結論から言えば、作り上げること自体には成功したのですが、何故か完成したものは『常人以下の性能』だったので、大損でしたが……」

 予想外の結果に蜥蜴丸は驚きを隠せなかった。

 ほとんど当たりはついているが、その『男性』とやらが蜥蜴丸の想像通りならば、逆に驚異になるのではないかと思っていたためだった。

「……その男性の行動はそれだけで終わりませんでした」

 しかし、その驚きにも気付きながら彼女は話を続けた。

「心を閉ざしていたその人に対して、毎日のように話し掛けては切りかかられ、時には立ち上がれなくなるほどの重傷を負いながらも、次の日には包帯を巻きながらも訪れて……」

《……随分と熱心な者だったのじゃな》

「ですね。その熱意に負けて、その人は男性に付いていくことを決意しました……ですが、そこでようやく気付けたのですが、その男性は、守るべき人の為ならば自身を投げ捨てることにも躊躇いがなく、守るべき人が傷付けば、その人以上に心を痛める……そんな人でした……」

《容易に想像できる辺りが恐ろしいのう》

 その返答に、ソフィーは小さく笑った。

「……だからその人を少しでも安心させたいのです。だから、お願いです。私と一緒に、マスターの……五十嵐要さんの助けになってもらえませんか?」

《……》

 しばらくの間、返答は無かった。

 沈黙が部屋を覆い、彼女は静かに待った。

 そして五分後、蜥蜴丸はようやく口を開いた。

《祝詞は一度しか言わぬ。聞き逃さないように注意せい》

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