二年前《別れの欠片》
『……間に合った! 無事か!?』
火の手が上がる崩壊都市の中、一騎の甲竜が釼甲の群れの一角を切り崩し、一人の女性のもとに駆けつけた。
…女性と言うには幼い雰囲気を漂わせているが、だからといって少女というには大人びているという微妙な年頃だったが、背は一学生の平均ほどの高さであった。
長い髪を右側上方で括り、黄金色の髪留めが炎から放たれる熱で輝いていた。
「あ、久しぶり。声しか聞こえないけど大分男らしくなっちゃって……お姉ちゃんちょっと淋しいな」
『そんなことを言っている場合か! これだけ相手をしてそろそろ無理が来ているはずだ! 熱量も限界だろう! 今すぐにでも姉さんは撤退を……!』
「ここで私が引いたら生き残った人の逃げる時間がなくなるでしょ? それに弟がそんな傷だらけで頑張っているのにお姉ちゃんが頑張らない訳にはいかないでしょ?」
『……だが……っ! 後方!』
話をしている最中、隙ありと読んだのか大剣を構えていた一騎が少女に勢い良く切りかかってきた。上段からの袈裟斬りは、世辞にも速いとは言えないが、奇襲としては充分な威力を持っていた。
否、持っていたはずだった。
「大きな声を出さなくても分かってるよ、っと!」
しかし、少女はまともに確認することなく振り返りざまに手刀を振った。それだけの動作にも関わらず、そしてその手刀が鋼に触れていないにも関わらず釼甲は両断され、慣性のままに上体が滑り落ち、下半身も遅れて地に倒れた。
「大事な話の最中なんだから邪魔しないでほしいね?」
中身のない鉄屑を蹴って足元から退かし、幾つか積み上がったことを確認すると、少女は再び弟と呼んだ武人に向き直った。
周囲の釼甲はその少女の実力に警戒心を強めたのか、一見隙だらけのように見えるというのに、包囲網を半歩分狭めるところで留まっていた。さすがに二の舞三の舞になるわけにはいかないのか、行動は非常に慎重だった。
「まぁ、とにかくもうしばらくは持ちそうだから、それまでは手助けはいらないよ。それよりも、まだ逃げ遅れている人たちがいるからそっちを助けてくれる? さすがに瓦礫に足を取られている人は私じゃ無理だったから……」
『……ここで敵の数を減らしてからでは……!』
「自分が為すべきことを履き違えないの!」
少女を説得しようとする武人を、少女は全て話される前に遮った。
その威圧感に圧されたのか、鋼の鎧を身に纏っているにも関わらず、武人は後退りをしていた。
「防人は戦えない人を守る、それが理解できていないというのなら、たとえ愛する弟とはいえここで叩き潰すよ?」
『…………分か…諒解』
そこまで言われては、すべきことを違えるわけにはいかないのだろう、武人は人々の声が聞こえる方へと身体を、そして姉と慕った少女には背を向けた。
しかし、後ろ髪を引かれる思いがあったのか、踏み出そうとしていた足が急に止まり、顔だけを自身の姉に向けた。
『……だが、後で必ず助けに来る。だから、それまでは無事に…』
「……分かってるよ。けど、遅れたら承知はしないよ?」
『諒解した、姉さん』
それだけ答えると、今度は迷わなかったのか飛火を点して包囲網を脱出した。
「それじゃあ、要君も頑張ることだし……」
職務を全うしようと務める弟を見送った少女は、再び自身を包囲している人間味のない鋼の人形たちと向き直った。
例え飛火や炎の爆ぜる音に満ちていても、よく通る澄んだ声だった。
「五十嵐家家長・五十嵐千尋が相手をしてあげる」
……戦闘鎮静後、重傷を負いながらも要は彼女と最後の約束を交わした場所に向かったが、残されていたものは彼女が倒したのであろう釼甲の残骸と、傷だらけになっていた黄金色の髪留めのみだった。
その後、國衛軍が可能な限り動かせる軍兵を総動員して搜索に当たったが、救助者の中に彼女の存在はなく、結果を知った五十嵐要は数日間声を殺して泣きはらしていたという…




