64.リリィの才能
翌朝、アルトとリリィはまだ太陽も出ていない時間から馬を走らせた。
約二四時間かけて二人が辿り着いたのは、工場が軒を連ねる街であった。あちこちの煙突から濁った色の煙が立ち上っているのが見える。
到着早々この地を治める子爵に挨拶を済ませた二人は、予定どおりこの街最大の冒険者ギルドのギルド長に任務の詳細を確認しに向かった。
受付で要件を告げると、すぐにギルド長の執務室へ案内された。
中に入ると、奥の机に腰掛ける人物がいた。
「騎士団のお二方! よく来てくれた」
そう言って立ち上がった強面の男は、その顔に似合わない人の良さそうな笑顔を見せた。上背があり、アルトとは頭二つ分ぐらいの身長差がある。
筋骨隆々なその姿は、執務室で座って仕事をするというよりも現場で先頭を切りながら指揮を取るタイプに見える。
男はアルトたちの前に立ち、手を差し出した。
「俺はグラム。この冒険者ギルドで頭をやってる。おっちゃん――じゃない、子爵殿から話は聞いたかもしれないが、俺は私設騎士団団長も兼任してる」
「騎士団第七近衛隊のリリィと申します」
「同じく、第七近衛隊のアルトです」
握手を交わしたグラムは二人の顔をじっと見る。
「二人の名前は噂で聞いてるぜ、魔法回路七つのお嬢ちゃんと王女様の命を何度も救って叙勲された坊主がいるってな。そんなイカつい噂を聞いていたもんだからどんな奴らかと思っていたが、仲良くやれそうな雰囲気で安心したよ」
そう言って豪快に笑い声を上げたグラムは、椅子に掛けてあった外套を羽織る。
「色々話すべきことはあるが、外を見て回りながらの方が手っ取り早く街の状況がわかるだろう。それに、被害に遭った場所も見せておきたい。とりあえず出よう」
「任務に関して外で話してしまっても問題ないのですか?」
「全く問題ない」
グラムは迷いなくそう言い切った。
「今回依頼した任務についてはこの街のみんなが知ってるんだ。この街の奴らはお前らが到着することを心待ちにしていたぐらいだ。小さい街だからな、問題はみんなで共有してみんなで対処しなくちゃやっていけねぇんだ」
グラムは、今歩いている場所がこの町で一番大きな街道だと紹介した。
確かに道に面していくつもの商店が立ち並んでいる。
しかし、その多くは店を閉めているようであった。街のメインストリートと表現するにはいささか活気が足りないように見える。
「なんだか静かね」
「ああ、確かにそうだな。グラムさん、この辺りはいつもこんな具合なんですか?」
「まぁ、ここ数日はこんな感じだな。盗賊に襲われるのが怖いってんで、基本はみんな戸締まりしてんだ」
「盗賊団の制圧を手伝う任務、そう聞いて来ましたが、かなり危険な盗賊なのでしょうか?」
リリィの疑問は当然のことであった。
元々北の地方は他の地方に比べて治安が悪い。そのような背景から、北方の領主の中でも治安を重く見る者は、館に常駐する兵士とは別に有力な冒険者を集めた私設の騎士団を抱えるケースが少なくない。
グラムは先ほど、自分が子爵の私設騎士団長だと話していた。つまり、この子爵領は十分に警備に力を入れているということになる。
普通の盗賊程度であれば、彼らがいれば十分なはずだ。
「実はな、その場に居合わせたヤツの話では、盗賊団の中に投獄された証の焼印を持つ人間が紛れていたらしいんだ。そいつらがあまりにも強いってんで、応援を要請したわけだ」
「投獄された証、ですか?」
「ああ、そうだ。子爵殿から聞いた話じゃぁ、他の北の領主たちのところにも似たようなヤツらが混じった盗賊が現れてるらしいぜ。いろんな場所で同時にそんなことが起きてるってことは、恐らくは……」
グラムが濁した言葉の先をアルトが引き取る。
「組織的な脱獄、ですかね。強制労働の鉱山施設は北部に集中していますから、北の地域が同時に襲われていることとも辻褄が合います」
「私、そんな話上の人から聞いてないのに……」
「大きな脱獄ともなれば色んなお偉いさんが責任を取らなくちゃならないからな、罪人がどうとかって話は揉み消されたんだと思うぜ。知らなかったのはお嬢ちゃんのせいじゃねぇんだし、気に病むなよな!」
今回騎士団では、アルトとリリィの他にもいくつかのチームが結成されていて、それぞれが同時多発的に出現した盗賊の対応に向かっていた。ミアも別のチームに参加して対応にあたっているのだ。
何故一気に盗賊が活発化したのか、アルトは疑問に思っていたが、グラムの話を聞いて合点がいった。
そうして話しているうちに、一行は被害にあったという場所にたどり着いた。
アルトは一目見てその異常さを察知した。
「これ全部、盗賊が……?」
「ああ。俺も現場にいた訳じゃないんだが、そう聞いている」
「アルト……こんなの……」
「ああ、少し強いなんてレベルじゃないぞ」
そこには焼け焦げた家の残骸があった。
それも一つや二つではない。破壊されている家の数は軽く十を超えているだろう。
事件から一週間程が経過しているため、現場はかなり綺麗に片付けられていたが、少なくない数の死人が出たことは、聞かずとも分かった。
例えば火炎魔法の上級スキルである〝ドラゴン・ブレス〟を唱えたとしてもこんな被害になることはない。
巨大なドラゴンの一撃が街を襲った、そう言われても納得してしまいそうな被害状況であった。
「どうしたらこんなことになるのかしら」
「グラムさんが知っている限り、元々このあたりに出没していた盗賊の中に、強力なスキルを使える人がいたという話はありましたか?」
「いや、基本的には魔法適性の低い、ならず者の集まりだ。強いやつでも使えるのは中級スキルレベルだったから、俺らでも全く問題なく追い払えた」
「よくある盗賊団ならそれぐらいが普通ですよね」
グラムの話から考えた結果、アルトが辿り着いた答えは恐ろしいものであったが、それをおいそれと口に出すのは憚られた。
もう少し確証が欲しい、そう思った。
「先ほどグラムさんは自分では見ていなくて、居合わせた人から話を聞いたと言っていましたが、その人からもう少し詳しく話を聞くことはできますか?」
「あー、できるかできないかで言ったらできるんだろうが……」
グラムはその先を何と言っていいか迷っているようだった。
「何つーか、怯えちまってるんだな。かなり。この辺りは元々空き家が多かったが、数少ない住民や、連絡を受けて駆けつけたウチの騎士団員はスキルを食らって焼け死んじまってる」
その言葉は、二人の心に重く響いた。
「現場を見て逃げてこられたのはたった一人なんだが、実は、まだ小さな女の子なんだ」
「そんな――」
リリィは思わず口を両手で覆った。
炎が上がり、家が崩れ、人が焼ける、そんな凄惨な現場である。
騎士団員であるリリィが想像するだけで気分が悪くなるような光景を、まさか少女が目の当たりにしていたとは思わなかった。
「あんまりにも酷い現場を目にしちまったもんだから、ショックが大きかったんだろうな。以前からの顔見知りの俺ですらほとんど話を聞けないような状態だった。正直なところ、あんたらに何かを話してくれるかは微妙なところなんだが、それでもいいか?」
情報が欲しいのは確かである。しかしながら、アルトとしても、被害者を必要以上に怯えさせるのは意図するところではない。
「この街を守るヒントがあるかもしれませんので、やはり一度お伺いしたいです。もし少し顔を合わせてみて無理そうなら聞き取りはすぐに諦めます」
「よし、いいだろう。そういうことなら案内しよう」
案内されたのは、先ほどの街道から一本奥に入った場所に建っている普通の民家であった。
道中の話では目撃者が九歳の少女だということだった。
グラムが先に入り、家族の了解を得てから二人も部屋に通される。
中に入ると、アルトは空気が澱んでいるように感じた。
ベッドの上、毛布にくるまって丸くなっているのがその少女であるらしい。赤茶色の長い髪が毛布の隙間から垂れている。
「嬢ちゃん、どうした、元気ねぇみたいじゃねぇか」
「…………」
少女からの返事はないが、グラムは続けた。
「お父さんとお母さんが心配してたぜ? ご飯もろくに食ってないんだってな」
「…………」
グラムが穏やかな声の調子で続けて少女に歩み寄るので、二人もそれに倣った。
「今日は中央の騎士団の人が来てくれたんだ」
「…………」
「あいつらを退治するために、お嬢ちゃんの話を少しだけ聞きたいんだ」
「――――て」
「ん?」
少女のくぐもった声が聞き取れず、グラムがさらに一歩近づく。
「何だって?」
「出て行ってって言ったの!」
突然の大きな声。
次の瞬間、少女の拳が布団の中から突き出される。
そばにいたリリィが反射的にその拳を受け止める。
「っと、これは無理そうだな」
グラムはそう言ったが、リリィが小さな声で囁く。
「グラムさん、少しだけいいですか」
「あぁ構わねぇけど」
彼女は膝立ちになって、受け止めた拳を両手で包む。
手のひらに、じんわりとした温もりを感じていた。
手の中の拳が小刻みに震えているのが分かった。
見れば、体を包んでいる毛布も微かに動いている。
「辛かったよね」
「…………」
「自分を守ってくれる人がやられていく中、自分だけ逃げるのは悔しかったよね」
「…………」
リリィは、とらわれたシャーロットを目前にしながら大竜スカルデッドに対抗する手段がなかった自分を重ねていた。
「でも、あなたが生きているのは、あなたが逃げる勇気を持っていたからよ」
「…………んぐっ」
少女のしゃくる音が聞こえた。
「その悪い人たちはとても強い。私たちだけでは倒せないかもしれない。だから、あなたが生きていたことに意味があるわ。あなたの言葉がこの街を救うの」
すると、少女はおずおずと毛布を開いて顔を見せた。
リリィがニコリと微笑むと、少女は彼女の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。
リリィは静かに少女の髪を撫でた。
新作『ドM勇者はダメージを受けるほど強くなる ~あれ、兄上は僕を成長させるためにイジメてきたんじゃないでんすか?~』を投稿しています。
「オートマジック」と同じく無双小説になっていますので、
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